移動時の楽しみと準備
新幹線に乗る駅に到着し、俺と照乃は新幹線の切符を買った。出発時刻まで旅のお供である食べ物と飲み物を選定中だ。
「照乃、何買うか決まったか?」
「いえ、まだですけど。的矢さんは?」
「俺は既に決まってる、これだ」
「えっと、ペットボトルのお茶にサンドイッチ、それにおつまみのお菓子ですか」
「どうした、何だか意外そうな顔してるが」
「いえ、的矢さんって結構食べるって聞いていたんで、少ないなあと」
なるほど、最もな疑問だ。照乃も何を買うか決まってないようだし、説明すべきか。
「確かに俺はよく食べるし、旅行の最大の醍醐味の一つはグルメだ。でもな照乃、人間の食べれる量は限度がある、なのに旅行先に着く前にモリモリ食べていたらどうなる?」
「あ……せっかくの旅行先のグルメが食べれなくなります」
「そういうことだ。もちろん、スタートの駅で駅弁を買うのを否定はしない。だけど、やはり弁当っていうのは量が多くて腹が膨れるだけに、サンドイッチくらいにとどめておく方が旅行先のグルメを心置きなく楽しめると思うんだ」
「まあ、確かに。スタートの駅周辺で食べれるものは、食べ慣れているのもありますしね」
「それもあるな。駅弁を楽しむなら、旅行先で買える駅弁を楽しみたいところだ」
その後、照乃はおにぎり2つとミネラルウォーター、ポケットチョコを買って新幹線に乗り込んだ。チョコというのが、いかにも年頃の女の子らしい。
「いよいよ出発しましたね、到着は数時間後ですか」
「それまで何をするかは個人の自由だが、この時間も案外大事だぞ。何せ俺の旅行は『一日一県、可能な限り多くの名所を回る』だからな」
「な、なるほど。そういえば席は指定席を買いましたけど、自由席ではダメなんですか?」
「ダメと言うわけじゃない、空いている時はそれも選択肢に入る。でも、基本俺は指定席派だ」
「ふむ、その心は?」
実際、これは旅行を何度か重ねないと痛切に感じることが出来ないだけに、無理もない。
「まず、自由席だと座る位置を選べるとは限らないということだ。基本みんな窓側を選びたがる、実際切符を機械で買う時は窓側を勧められるだろ?」
「確かに……どうしてみなさん、窓側を好むんでしょうか?」
「まず窓からの景色を見やすいということ、それと窓からの直射日光がきつい場合とかにカーテンを閉めやすい位置だからだろうな。まあ通路側でも頼めば閉めてもらえるだろうが、言いづらいケースもある」
「まあ、確かに知らない人に頼むのは勇気がいりますしね」
「あとは、窓に物を置くスペースがある。もちろん通路側にも駅弁や飲み物を置く折り畳み式のテーブルみたいのがあるが、それは窓側にもあるだけにプラスオンで窓側の方が得だ。あと、場合によってはコンセントもあるだけに、パソコン作業や充電に便利だ」
「確かに、窓側の方がお得に感じますね」
まあ、実際これだけ違えば窓側を選ぶ人が多いのは仕方がない、料金も同じだし。
「かといって、通路側が一方的に不利とも言えない。窓側は通路側に人がいる場合、壁と人に圧迫されるのが嫌という人もいるし、通路側の方がトイレなどの用事で席を離れる時に便利だ。実際、通路側を好んで選ぶ人もいるぞ」
「やっぱりこれも好み次第というわけですか」
「そういうことだな。だが、通路側であろうと座れる場合はまだいい。指定席を取る最大の理由は……座れないという事態を防ぐためだ」
「新幹線で座れないって……もしかして、結構辛いですか?」
「かなり辛い、特に行楽シーズンで混んでいる時期に座れなかった場合は拷問だ」
俺の真顔に、照乃は少々驚いているようだ。美少女は驚く顔も可愛いが……とか言っている場合ではないな、これはしっかり教えないと。
「考えてもみろ、新幹線は遠方に行くために使うだけに乗車時間は基本数時間単位かかる。その間、ずっと立っていたらどうなる?」
「か……かなり疲れますね」
「だろ? 特に旅行時は荷物を多く抱えている場合が多いだけに、余計体力を消耗する。ただでさえ旅行ってのは慣れない地を歩き回るんだ、疲労をいつも以上に溜めるだけに本来座って休める移動時間に逆に体力を消耗していては本末転倒だ」
「まして、的矢さんの旅行はかなりハードですし……」
「そういうことだ。それに体力面だけじゃない、精神的にもスタートから疲弊してしまってはその後を楽しめない。スタートはゆったり、余裕を持っていきたいところだ」
自由席で節約も悪い選択肢ではない。だが、やはり俺の旅行形態には合わないのだ。
「そういえば、的矢さんはキャリーケースじゃないんですね」
「ああ、俺はリュックサック派だ」
「基本的に旅行に行く人ってキャリーケースを使う印象があるんですが」
「まあ、実際そういう人の方が多いだろうな。たくさん収納できる、重くてもキャスターが付いているから転がせばいい、中身の整理整頓もしやすいときたもんだ」
「でしょう? 凄く便利な印象があるんで、どうして使わないのかなと」
まあ、これは誰もが気になることだろう。俺とて試したことはある。だが……
「これは理由としては1点だけだ。でもな、この1点が非常に重要なんだよ」
「そ、その1点とは?」
「両手が使えることだ」
「あ……確かに、キャリーケースは常に片手が塞がりますね」
「たかがそれだけ、と侮るなかれ。旅行において両手が常に使えるのは非常に大きい、まず自由自在にスマホが使える」
「スマホ全盛のこの時代、それだけで大きな利点ですよね」
特に俺の旅行はスマホをフル稼働させるだけに、両手は常にスマホを自由自在に使える状態にしておきたいのだ。
「あと、走る時に便利だ。キャリーケースを片手に走るのは結構しんどいし、遅くなる」
「た、確かに」
「それと、階段とか山中の険しい道を歩く時だな。旅行では歴史的建造物や豊かな自然を楽しむために、階段や山中を歩き回るケースが多い。両手が使える状態でもきついというのに、片手が塞がっていると更に負担が大きくなる」
「そ、そうですね」
「あとは写真も両手が使えると非常に撮りやすい。撮るたびにキャリーケースを置いていたら、正直じれったい。俺は特に写真を多く撮るだけにな」
「キャ、キャリーケースも万能じゃないんですね」
照乃はちょっと困惑しているような感じだ。まあ、キャリーケースがあればOKみたいな先入観はあるだろうし、無理ないか。
「とはいえキャリーケースが非常に便利なのは変わりない。これも状況によって使い分けが大事だ」
「次からは、私もリュックサックを選択肢に入れてみることにします」
「さて、それなりに話したし、ちょっと食事タイムにするか」
「そうですね。はい、的矢さん」
「えっと……どういうことだ?」
照乃がポケットチョコを手で取りだし、俺に勧めてきた。いや、別に俺は甘い物は嫌いじゃないし、むしろ好きだが……
「色々教えてくれたお礼です。それに、甘い物は頭を回転させるのに役立つって言いますし」
「あ、ああ。じゃあ、頂くよ」
「ふふ、美味しいですか?」
「……まあな」
正直、照乃の眩しい笑顔に見惚れていて味はよく分からなかった。見た目大学生くらいの美少女から手渡しでチョコを貰う、実は結構役得だったりするのでは? 他の席から『リア充爆発しろ』って声が聞こえてきた気がする。