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二人の旅はこれからも

 俺は充電器のコードを抜き、もう一度しっかり照乃の右手に接続した。入れ方が甘かったのかもしれない、そう思ったが一向に照乃のバッテリー残量は増えることはなかった。


「どういうことなんだ……これは」

「経年劣化、でしょうね……的矢さん、今のモバイルバッテリー、かなり長い間使ってるんじゃないですか? しかも頻繁に」

「確かにそうだ……」


 モバイルバッテリーの寿命は仮に毎日使った場合、1年~1年半と言われる。もちろん毎日使っているわけではないので、もう数年同じモノを使っているが……タイミング的には確かに一致する。


「だから最近、照乃が眠くなるタイミングが徐々に早くなっていたのか」

「はい……寿命が近づけば、電池の減りも早くなりますからね」

「で、遂に充電自体が出来なくなった……ちょっと待て、となるとこの先照乃は……どうなるんだ?」

「使わなくてもモバイルバッテリーの電池は減っていきますから、0%になったら……眠りにつくことになるでしょうね。充電できないわけですから、もう目覚めることはないでしょう」

「そんな……」

「それどころか、多分私は消えます……あくまで私はモバイルバッテリー、故障してしまえば魔法は解けてしまうでしょうから」


 俺は照乃のバッテリー残量を再確認した。かなり少ない……慎重に使ったとしても、おそらく今日中に尽きてしまうだろう。


「照乃、すぐに家に帰ろう!!」

「……ダメ、ですよ」

「何言ってるんだ、旅行どころじゃないだろ。修理に出せば、直るかもしれない」

「どこに修理に出すんですか? 私、今は人間ですよ?」

「あ……」

「それに……分かってるんです、もう直らないって。自分の身体のことは、自分が一番良く分かっています」


 どうして……照乃との旅行はこれからも続いていくと思っていたのに。考えてみればいつかは訪れる時ではある……電子機器はいつか故障するのだから。でも、照乃と一緒に過ごす時が楽しくて……見ないふりをしていたのかもしれない。


「ですから的矢さん……今日一日旅行を一緒に楽しませてください。最後の旅行……なんですから」

「まさか……こうなることが分かっていたから、一昨日急に旅行に行こうって言いだしたのか?」

「だって……本当のことを言ったら、一緒に旅行行ってくれないじゃないですか」

「馬鹿野郎……」


 俺は涙を拭き、その後照乃の望みを叶えるために旅行を楽しんだ。今の充電器が壊れているのかもしれない可能性も考え、新しい充電器を試したが……結果は同じだった。俺は終始笑顔でいる様に努めた、照乃が笑顔だったから……最後の思い出をかみしめるように。


***


 最期の一日を目いっぱい楽しみ、俺と照乃は家に戻ってきた。照乃のバッテリー残量は既に5%……もうほぼ寝ているようなものだ。


「照乃……」


 照乃の寝顔は美しい……無邪気で可愛くて。でも、今は……儚さの方が勝ってしまっている。いつもなら魅了される照乃の寝顔も、今の俺にとっては悲しさを増幅させるだけだ。


「ごめんな、照乃……俺がもっと大切に使っていたら、もっと長い間思い出を重ねることが出来たのに」

「……それは、違います」

「え?」

「的矢さんが大切に使っていてくれたから……私はこうして人間になれたんです。まずないんですよ……モバイルバッテリーが人間になるなんて」

「……」

「旅行が大好きで……MVPとか相棒とか言ってくれて……彼女みたいなものだって言ってくれて……そういう気持ちがたまらなく嬉しかったから、私はここにいるんです」


 偶然、ではなかった……照乃との出会いがただの神様の気まぐれではなかったとしたら……俺は自分の行いを、誇って良いのだろうか?


「ですから……胸を張って下さい。楽しい2人の旅行の思い出を……わたしにくれたことを」

「……分かった」

「これからは……諒さんと一緒に旅行を楽しんで下さい。私の分まで」

「し、知っていたのか!!??」

「立ち聞きしちゃいました……まったく、的矢さんも隅に置けないですね」


 どこか小悪魔チックな笑顔を浮かべた照乃のバッテリー残量は残り1%……この時が、来てしまった。


「私のことは……夢を見ていたとでも思ってください。短かったですが……楽しい夢」

「……そんなこと出来ねえよ」

「……的矢さん?」

「あんなに楽しかった時間を、夢だなんて思えるかよ!! 今まで言えなかったけど、俺はお前のこと……」

「……さようなら、的矢さん」


 その言葉と同時に、照乃のバッテリー残量は0%になり……涙を流して、照乃は消えた。照乃の表情は……最期まで笑顔だった。


***


「すまん、諒と一緒に旅行に行くことは……出来ない」

「そう、ですか……」


 照乃がいなくなってから……俺は諒との旅行を断った。諒は確かに魅力的な子だし、照乃も勧めてくれたが……やはり照乃以外の子と一緒に旅行に行く気にはなれなかったのだ。


 それから俺は何度も一人旅に出かけた。照乃に出会う前の日常に戻っただけ、なのに……心の底から楽しめない自分がいた。隣にいるべき人がいない、声が聞けない、あの無邪気な笑顔が見れない……それがあまりにも辛かったから。


「切り替えないと……いけないんだけどな」


 そんなある日、いつも通り出勤すると辺留が話しかけてきた。何だか妙に楽しそうだが、何かあったのだろうか?


「楽しみだよなあ、田尾」

「何が?」

「お前なあ……今日、新入社員が来るって言ってただろ?」

「ああ、そういえば。でも、そんなにはしゃぐようなことか?」

「それがな、かなり可愛い子らしいんだよ。楽しみにもなるだろ」

「……紅宮に言いつけても良いか?」


 慌てる辺留を無視して、俺は朝の挨拶をする部長の方を向いた。新入社員ね……素直な子だと良いんだが。


「えー、以前伝えた通り、今日から新入社員が入ります。若くて優秀な子なので、良い刺激になると思います。それでは、自己紹介をお願いします」

「……え?」


 部長から依頼を受け、部屋に入ってきた子を見て俺は目が点になった。見慣れた無邪気な笑顔……どう見ても


「初めまして、茂庭照乃と申します。みなさん、これからよろしくお願いします!!」

「照乃……」


 思わず俺が呟くと、照乃は悪戯っ子っぽい笑顔でウインクをした。現実……だよな?


***


「照乃、これは一体……」

「ふふ、その前に……私のスーツ姿どうですか? 結構様になってません?」

「あ、ああ。そりゃ照乃なら何でも似合うだろうが」


 休憩時間になり、俺と照乃は休憩室に行って二人で話をしていた。聞きたいことが山程ある俺とは対照的に、照乃はどこまでもマイペースだ。いや、確かにスーツ姿の照乃も可愛いが。


「私もよく分からないんですけど……何だか完全に人間になっちゃったみたいなんです」

「ま、マジで!?」


 俺は照乃の右手を確認したが、確かに充電するための部分がない。信じられない話だが……照乃の言う通りなのだろう。


「ですから、これからはバッテリー残量とか経年劣化とかを気にしないでいられるわけでです。仕事場も一緒ですよ」

「……照乃!!」

「ま、的矢さん!!??」


 俺は思わず照乃を抱きしめた。理由なんかどうでもいい、照乃が目の前にいること……また一緒に日々を過ごせることがたまらなく嬉しい。あの時伝えきれなかった気持ちも……伝えることが出来る。


「照乃……好きだ。俺と、付き合ってほしい」

「はい……もちろんです」

「はぁ……予想通りですか」


 その声に、俺も照乃もびっくりして思わず飛びのいてしまった。そこには頭を抱えた諒がいた。


「的矢君に彼女さんがいることは何となく気付いていましたけど……そりゃこんな可愛い子じゃ、勝てないわけです」

「もしかして、あのタイミングで俺に声をかけたのって」

「はい、彼女さんと別れたんじゃないかと思って、ダメもとでアタックしたんです。もちろん、傷心で心配だったのもありますけど」

「な、なるほど」

「その様子じゃ、私が入る余地はなさそうですから……諦めます。大切にしてあげてくださいね」


 そう言って、諒は去っていった。大人しい印象だったけど、案外計算高い面も持っているのもしれない。


「諒さん、泣いてましたね」

「……」

「的矢さんのことを好きだって気持ちは、本物だったんだと思います。ですけど……私も譲るわけにはいきません」

「照乃?」

「あの時はああ言っちゃいましたけど、キャンセルです。的矢さんと一緒に旅行を楽しんで良いのは……彼女である私だけです!!」

「……俺も照乃以外と一緒に行くつもりはないよ」


 そう言って、俺と照乃は笑い合った。一度は幕を閉じたと思った俺の照乃の物語、でも思わぬ形でそれは続いていくことになった。いや、そもそも出会いがああいう形だっただけに、もしかしたら今回のこともお互いの気持ちが引き起こした必然だったのかもしれない。


 一人旅は楽しい、しかし今の俺にとっては2人旅はもっと楽しい。でも、それは誰でもいいわけじゃなくて……照乃と一緒の旅だから、何だと思う。照乃の無邪気な笑顔に癒されながら、俺と照乃は次の旅行の計画を立てるのだった。


~完~

 最期まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。私の趣味から始まったこの作品、無事完結させることが出来てホッとしています。的矢と同じく私は旅行が好きでして、日本全国色々なところに一人旅に行っていますので旅行記とかを書くことも出来たのですが、そういうのは結構書いている方がいらっしゃるようなので、なら私は旅行のノウハウを書いてみようという形で書いたのがこの作品なのです。


 これにて完結ですが、いつか正式に恋人同士になった的矢と照乃のその後の旅行記なんてのも書けたらなあと思っていたりもします。さっき、旅行記は他の人に任せるって言っただろというのはツッコミなしで(笑) 最後に、私の作品ではお馴染みのキャラの名前に込められた意味を紹介して終わりたいと思います、ありがとうございました!!



田尾的矢たお まとや田尾たおを別の読み方にすると【たび=旅】


茂庭照乃もば てるの⇒【モバイルバッテリー】を文字っています


辺留虎之介べる とらのすけ⇒苗字と名前を逆にして読むと、【とらべる=トラベル】


紅宮諒こうみや りょう⇒苗字と名前を逆にして読むと、【りょこう=旅行】

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