二日目の朝とスタートの心得
「おはようございます、的矢さん」
「……あ、ああ、おはよう」
起きたら目の前に美少女がいて、思わず驚いてしまった。いや、照乃と同じ部屋で寝たのだから当然なんだが……今までは一人旅だっただけに、起きて誰かがいるというのにどうしても違和感を感じてしまうのだ。それが照乃みたいなとびっきりの美少女となると、また……照乃がコーヒーを持っていたら、どう見てもギャルゲーの1シーンである。
「私はもう顔洗ったり髪乾かしたりはしましたから、いつでも出れます」
「……分かった。俺もすぐに済ませてくるから、今日の予定の確認でもしていてくれ」
「了解です!!」
照乃が顔洗ったり髪乾かしたりしているシーンを見たかったから残念……という気持ちは一旦置いておこう。まあ、家でいつでも見れるし……いや、それも普通に考えればおかしいのか?
「それにしても早いですねえ、ホテルの朝食取ってからチェックアウトしても良かったのでは?」
「もちろんそれもアリだが、何度も言うが俺の旅行は時間が命だ。多くのレジャー施設が9:00くらいに開始することと、次の県に行く場合は特急や新幹線で大抵は数時間ロスすることを考えると、早く出るに越したことはない」
「ま、まあ確かにそうですが」
「それに、ホテルの朝食にご当地グルメはあまり期待できない。もちろんホテルにもよるが、過度な期待は出来ないだろうな」
「ご当地グルメにこだわらなければ、アリということですね」
俺としても決してホテルの朝食を否定するわけじゃない。何を求めるか、何を優先するかで取捨選択することが大事ということだ。俺と照乃はチェックアウトを済ませ、あっという間に駅に着いた。何だかんだで、宿泊先は駅に近いに越したことはない。
「さて、切符も買って発車時刻まで少し時間があるわけだが、ここですべきなのは……駅弁を買うことだ!!」
「まさに電車旅のお楽しみですね。昨日は買えなかっただけに、気分が高揚します」
「で、ここで大事なのは……ご当地グルメが入った駅弁を買うことだ」
「好きなのを選んじゃいけないんですか?」
「もちろんそれは人それぞれだが……次の県に行くということは、これが今いる県のご当地グルメを味わえる最後のチャンスということになるだろ?」
「な、なるほど」
実際、スケジュールに組み込んでいたが食べれなかったご当地グルメを駅弁で味わえる、なんてこともある。案外侮れないのだ。
「まあ、今の時代駅弁やお土産・居酒屋グルメで他県のご当地グルメを揃えてあるなんてのは珍しくないから、今日これから行く県で今いる県のご当地グルメを味わうことは出来るかもしれない。でも、必ず出来るという保証はないだろ?」
「そうですね。それに、その県のご当地グルメはやっぱりその県で味わいたいです」
「まさにその通りだ」
今の時代、保存技術も発達しているから他県で食べても基本は美味しい。でも、やっぱり気分的にその地で味わいたいと俺は思うし、そう思う人は少なくないだろう。効率だけですべてを図ることは出来ない。
「あ……でも、駅弁屋さん閉まってるみたいですね。やっぱりここまで朝早いと」
「まあ、あるあるだな。でも大丈夫だ、コンビニがあるからな」
「コンビニですか。確かに駅内にコンビニがあることは珍しくないですし、朝早くからやっていますが……駅弁、売ってるんですか?」
「店によってだが、駅内にあるコンビニだと売っていたりすることもあるぞ」
「あ、売ってますよ!!」
俺と照乃はご当地グルメが入った駅弁を買い、ついでにお茶とつまみを買った。そろそろ発車時刻になるので電車に乗り込み、席に着いた。
「今回は駅弁、運よく売っていましたけど、売ってなかった場合はどうするんですか?」
「駅弁は諦めて、お土産の中からすぐ食べれそうなモノを選んで買うのが良いだろうな。お土産であれば、駅内のコンビニでは大抵売っている」
「なるほど」
「まあ、いざとなったらご当地グルメにこだわらず普通におむすびだのサンドイッチだのを買うのも手だぞ。コンビニのそれらは同じチェーン店ならどこも同じように見えるが、地域によって品揃えは少し違ったりする」
「確かに、関東では見かけないおむすびやサンドイッチを見た気がします」
これも実は旅行をする上での密かな楽しみだったりする。普段当たり前のように行って当たり前のように買うコンビニ商品、それが地域によって微妙に違うのを見ると割とニヤリと出来たりするものだ。
「そろそろ電車、発車しますね」
「ああ、この県の旅は終わって次の県に舞台は移る」
「……良い県でしたね」
「そうやって余韻に浸ることも大事だと思うぞ。一つ一つの県にそれぞれの魅力がある、俺の旅は時間が命だが時にそうやって良さをゆっくり噛み締める時間も必要だ」
「またこの県に来たら、もっと多くの場所を回ってみたいですね」
一日一県では、とてもその県のすべてを味わうことは出来ない。でも、また来る楽しみを残しておくという意味では悪くない。電車が発車し、俺は車窓から景色を眺めながらそう思うのだった。