宿泊施設の決め方と過ごし方
「的矢さん、お風呂出ましたよ」
「お、おう……」
「どうしたんですか、ちゃんと服は着ていますよ?」
「それは分かってるんだが……」
タオルで拭いたであろうとはいえ、濡れてしっとりした髪に赤みを帯びた肌、近くにいて感じる温かさ……元々相当な美少女である照乃なだけに、こうも色気を増す要素が加わっては平常心でいろという方が無理だ。シャワーの音も聞こえて、変な気分になったし。
「そういえば今回は素泊まりですけど、いつもそうなんですか?」
「まあな。これは好みの問題だからあくまで俺の場合だが、とにかく俺は外での活動時間を少しでも長くしたい派だ。つまり、宿泊施設はあくまで体を休める場でしかない。食事は外でご当地グルメを自由に味わいたいしな」
「宿泊施設の食事で、ご当地グルメを幅広く味わえるかは分からないですしね」
「うむ。だからチェックインの時間も可能な限り遅く、22:00辺りを目安にしてる。で、次の日は5:00~6:00くらいに起きて出ていく、これが俺の旅行の基本パターンだ」
「た、体力使いそうですね」
「さっきも言ったが、あくまで俺の場合だ。早めにチェックインしてゆったりすごして、朝9:00くらいに出るのも良い、個人の好みでパターンは決めて良い」
正直なところ、俺が一人旅を好むのはこのハードなやり方に付いてこれたり好む人が少ないだろう、というのもある。大抵話すと驚かれるからな。
「チェックインの目安を22:00にしている理由はあるんですか? 23:00でもOKってところもありますし、それだけ飲みの時間を長く出来ますけど」
「それもアリだが、大浴場がある宿泊施設は大浴場は23:00までってパターンが結構あるんだ。22:00チェックインなら、ギリギリ入れるからな」
「大浴場、良いですよね。開放的ですし、雰囲気もあって」
「何より疲れがしっかり取れるのが良い。俺の旅行は体力勝負だから、宿泊施設で疲れをしっかり取るのは重要だ。ゆえに宿泊施設を選ぶ際は、大浴場のある無しは結構重要視してるぞ」
「今回はそういう宿泊施設がなかったんですか?」
「そういうことだ。駅からの距離もあるし、それだけで決めるわけにはいかない」
実際、すべての条件を満たす宿泊施設を見つけるのは難しい。ある程度取捨選択をしていかないといけないのは確かだ。
「宿泊施設を決める上での注意点は分かりましたけど、宿泊施設に来てからの注意点とかあるんですか?」
「あるぞ。まず最初にすべきことは……スマホとモバイルバッテリーの充電をすることだ」
「モ、モバイルバッテリーの充電はさっきしましたが……」
「これは照乃の眠気問題のある無しに関わらず、すべきことだ。宿泊施設の部屋に入る頃には基本、疲労困憊だ。すぐにベッドに寝転んで、そのまま朝まで爆睡とか珍しくない」
「分かるような気がします……」
特に俺の旅行はハードだし、たくさん色々なモノを買って荷物が多くなって重くなり、更に体力を消耗するから、あるあるだ。
「それはつまり、スマホやモバイルバッテリーの充電をせずに次の日を迎えてしまうということだ。旅をする上で、これは死活問題ってことは分かるな?」
「お、恐ろしい……私もずっと眠いままで旅行は嫌ですよ?」
「だから、部屋に入ったらすぐに充電器を取り出してコンセントに繋いで充電をすることだ。出来れば複数同時に充電できるよう、専用のタップとかを買っておくと便利だな」
「コンセントが複数あるとは限らないですからね」
実際、コンセントが部屋に一つしかないという宿泊施設は珍しくない。さすがに既に刺さっていくコードを勝手に抜くわけにもいかないし。
「それからすぐにお風呂に入ること。面倒でも風呂に入ると入らないとでは疲労の取れ方が全く違う、面倒ならシャワーでも良いから入ることだ」
「私はお風呂に入らないなんて選択は出来ないですね」
「そこは人によって違うからな。それから、今日買ってきたモノの整理もすべきだ。これによって、特にリュックを使っている場合収納スペースを増やすことが出来る」
「重要ですね。買っている時はどこに何があるかまでしっかり考えないで収納してしまいますから、場所の把握という意味でも良いかもです」
「そういうことだ」
こういうことを出来るタイミングというのは、意外と少ない。外で荷物を広げて整理整頓、というのは防犯にも関わるし、宿泊施設の部屋でやるのが妥当だろう。
「あとは今日のスケジュールの消化具合のチェックと、明日のスケジュールのチェックも必須だ。それによって、明日の行動も変わってくるからな」
「特に電車の時刻は確認しておかないといけませんね」
「で、これはベッドに寝っ転がりながらやると快適なんだが……ここで寝落ちしないよう気を付けるのも重要だ」
「どうしてですか?」
「布団を被らずに寝てしまう可能性があるからだ」
「あー……なるほど」
これは旅行に限らずの、まさにあるあるだ。照乃も気持ちが分かるのか、うんうんと頷いている。
「一見大したことないように見えるが、実はこれは結構重要なことでな」
「そうなんですか!?」
「部屋の電気を消して、しっかり布団を被って寝る、これによって本当の意味でしっかりと疲れを取ることが出来るんだ。同じ時間寝ても、電車で座って寝たり机に座って寝落ちしたりすると、何だか眠気が取れていない感じがする経験は誰しもあると思う」
「わ、分かるような気がします……」
「そういう意味では、今日のスケジュールの消化具合のチェックと明日のスケジュールのチェックは部屋の椅子に座ってやった方が良いかもな。寝っ転がりながらは、やはり寝落ちの危険性がある」
「寝っ転がりながらのスマホは、楽しいですからねえ……」
気持ちは非常によく分かるし、俺もついやってしまうが……体力勝負の旅行で疲労回復がしっかりできないのはまずい、リスクマネージメントは大事だろう。
「それじゃ、今言ったことを済ませてから寝るとしようか、明日も早いぞ」
「はい。ですけど……ちょっと残念ですね」
「何がだ?」
「日中は的矢さんにくっついて充電出来ましたけど……今回ばかりは出来ないじゃないですか」
「……まあ、照乃自身のバッテリーが減っちゃうからな」
「それじゃ、さっさと済ませてしまいましょう!!」
ちょっと残念と思ってしまっている自分がいるような気がするが……考えてみると、部屋が同じっていうのも十分まずくないか? 俺、今夜しっかり寝ること……出来るかな?