バッテリー残量とすやすや照乃さん
その後2軒目・3軒目と居酒屋を巡り、今は予約したホテルに向けて俺と照乃は歩いている。いや、正確には歩いているのは俺だけだ。照乃は、というと……
「まったく、いくら強いからって調子に乗って飲みすぎだぞ」
「良いじゃないですかあ、初めての旅行の夜の飲みなんですから」
「だからって、俺がおんぶしないといけないくらいはなあ」
「ふふ……これはこれで役得です♪」
いや、役得なのは俺なんだが……というように、今俺の背中には照乃がいる。そうなると自然と背中には照乃の胸が当たるわけで……大きいからなあ、照乃の胸は。そもそも2軒目・3軒目と巡る度に照乃が俺に寄りかかってきたり抱きついてきたりする時間が増えていったわけで……
「おかげでスマホの充電はフル満タンだが、俺の理性は尽きる寸前だよ……」
「何か言いました?」
「いや、何も。それにしても眠そうだな、照乃は飲むと眠くなって甘えるタイプか」
「……半分正解で、半分間違いですね」
「どういうことだ?」
「ここじゃ何ですから……ホテルに着いてから話します」
***
俺は照乃をおんぶしたままホテルに入り、部屋の鍵を貰って部屋に入った。フロントの人のニヤニヤした表情が痛かったが、今日はもはやそういう表情は慣れっこである。
「それで、さっき言っていたことなんだが……さっきより更に眠そうにしてないか?」
「実はですね……これはお酒の飲み過ぎが原因じゃないんです。正確にはそういうのも少しはありますが、ほとんどはバッテリー残量の問題なんです」
「バッテリー残量って……モバイルバッテリーのか?」
「はい。私はバッテリー残量が少なくなればなるほど……眠くなっていくんです」
そういえば……本格的に照乃が眠そうな様子を見せたのは、1軒目の居酒屋で俺に抱きついてきてからだ。今日は複数回充電している、いくら俺のモバイルバッテリーは大型とはいえバッテリー残量は30%前後になっているだろう。
「具体的は、どのくらい眠くなるんだ?」
「50%を超えていれば問題ないんですが、40%台になるとちょっと寝不足程度、30%台になるとあからさまな寝不足、20%台になると完徹レベルの寝不足、10%台はもはや半分寝ている状態ですね」
「0%になると……どうなるんだ?」
「強制的に睡眠状態になります。充電してくれればちゃんと起きますから、安心してください」
「機械で言うスリープ状態ってわけか……だったら、どうして居酒屋で俺に甘えてきたんだ? 言っただろ、もう名所巡りは終わったし電池残量は心配ないから充電しなくても良いって
「だって……せっかくの的矢さんとの初飲みなんですよ、楽しみたいじゃないですか」
そう言った照乃の頬は赤く染まっていた。その気持ちは嬉しいが……それで照乃が動けなくなってしまっては元も子もない。
「とにかく、一刻も早く照乃の充電をするぞ。今、充電器出すから」
「その前にお風呂入りたいんですけど……汗かきましたし」
「ダメだ、眠い時のお風呂は危険だからな」
「……心配してくれるんですか?」
「当然だろ」
「……分かりました」
そう言った照乃は少し嬉しそうだった。その間に俺がお風呂を済ませ、戻ってきた頃には照乃のバッテリー残量もある程度まで戻り、眠気も随分な無くなったようだ。
「それじゃ、お風呂に」
「まあまて、完全に眠気が無くなってからだ」
「もう、過保護ですね」
「てか……モバイルバッテリーなのにお湯に浸かって良いのか?」
「そんなの大丈夫に決まってるじゃないですか、人間になったんですから」
「と言ってもなあ」
さっきまでバッテリー不足でスリープ状態間近みたいな事態に陥っていたわけで、改めて照乃はモバイルバッテリーなんだなあというのを実感したのだ、心配するのも無理ないだろう。
「あと少ししたら、お風呂入らせてくださいね」
「照乃って、もしかしてお風呂好き?」
「そりゃ、女の子ですから」
「……あと少ししたらな」
照乃がお風呂に入っている姿を想像して、ちょっと興奮してしまったのは内緒だ。シャワーの音とか服を脱ぐ音とか聞いて、変な気分にならないか今から心配かも……
「そういえば、宿泊する時の注意点とかあるんですか?」
「そうだな、まずは事前に酔い覚まし系のドリンク剤やお酒のつまみは買っておくことだ。お酒は割とホテルでも買えたりするけど、それらは買えないケースが多いからな」
「ホテルでも、お風呂入った後に一杯飲みたくなりますからね」
「あと、チェックインの時間は余裕を持つことだ。いくらスマホの地図アプリを使ってナビしたとしても、迷う時は迷う。その事態も想定して、な」
「初めて来る地で尚且つお酒が入っている状態ですからね、重要です」
「万が一遅れる場合にはちゃんと事前に電話連絡をすることだ。寛容なホテルならまだしも、厳しいホテルはキャンセル扱いになることもあるからな」
実際は遅刻=即キャンセルというホテルには俺は出会ったことはない。だが、これはマナーの問題だ。旅の疲れを癒し、明日への準備をさせてくれるところだ、リスペクトは持たなくてはいけない。
「あ、充電完了しました。それじゃ、お風呂入ってきますね」
「お、おう……」
果たして俺の理性が持つのかどうか……そんな俺の心配はどこ吹く風で、照乃は鼻歌を歌いながらお風呂場へと向かったのだった。