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念願の彼女(?)との旅行

田尾(たお)、この後どうする? 金曜だし、飲みにでも」

「悪い、明日用事があって朝早いからさ」

「朝早いって……また旅行か?」

「ああ」


 会社の同僚の辺留虎之介(べる とらのすけ)が、ため息をついた。俺としては早く家に帰って準備をしたいのだが、何だかんだでこの会社の同僚は気のいい奴が多い、あまり無下にするのもためらわれるのだ。


「本当好きだよなあ、旅行。しかも一人旅だろ?」

「そんなに変か? 一人カラオケも一人焼肉も珍しくない時代だぞ」

「そうだけどさ、やっぱりみんなでワイワイ盛り上がる方が楽しくないか?」

「それも確かに楽しいと思う。だけど、一人旅はまた違う楽しさがあるんだよ」

「まあそれはお前の自由だけどさ、彼女と一緒に旅行とか考えたりしないの?」「

「……いつかはそういうのも良いかもしれないな。それじゃ」


 辺留との会話を打ち切り、俺は帰路についた。彼女との旅行か……正直憧れはするが、現状俺は独り身だ。今のところ色っぽい話もないし、それよりも明日からの旅行の準備をすることが先決だろう。


***


「明日明後日のタイムテーブルはこんな感じで良いか。しかしAIの進化は本当に凄いな、あっという間に作ってくれるもんな」


 俺、田尾的矢(たお まとや)は自宅で明日からの週末1泊2日の旅行の準備をしている。辺留が言っていたように、俺は旅行が大好きだ。社会人2年目の20代前半ということで貯金はそんなにあるわけではないが、煙草は吸わないし賭け事にも興味はない。安アパート暮らしでアプリ課金もしていないので、旅行資金くらいは貯めることは出来るのだ。


 先程旅行のタイムテーブルを作り終えたが、大半はAIに頼んだ。『〇〇の名所は?』『〇〇のグルメは?』『それを踏まえて、タイムテーブル付きの1泊2日の旅行プランを』というように入力すれば、瞬時に作ってくれる。最もAIも万能じゃない、すべての情報が載っているわけじゃないし、情報が古い場合もある。そこはネット検索と照らし合わせて作る必要がある、それもまた楽しいものだ。


「まあ、あとは当日に微調整していけば良いか。準備はあくまで準備だ」


 準備はあくまで準備、これは俺の持論だ。どんなに下調べをしていっても、現地に行かないと分からないこともある、トラブルだって起きる。逆に言えば、それがあるからこそ旅行は楽しいとも言える。幸い、今の時代はスマホの進化が凄いので対応がしやすい。道案内も、タクシーや電車やバスを調べるのも、アプリやAIで出来る。


 タイムテーブルも、その日の状況によって随時修正していく。その辺りはAI様様だ、事情を書き込めば瞬時に修正してくれる。基本、1泊2日や2泊3日で多くの場所を回りたがりな俺にとって時間短縮は非常に重要なだけに、ありがたい話だ。


「さて、大体の準備は出来たし、あとはスマホの充電をするのを忘れないようにっと。あ、モバイルバッテリーの充電も確認しないと……よし、問題ない」


 今の時代の必需品であるスマホだが、アプリやAIを多用する俺の旅行では最重要アイテムと言って良い。そして、それと同じくらい重要なのがモバイルバッテリーだ。スマホも電池切れになっては使えない。しかし、スマホを多用する俺はいくら事前に100%充電しても足りない。


 充電器を持って行っても、コンセントに繋いで充電できる場所は限られているし、そもそも充電している間は動けない。その点、モバイルバッテリーはその分多く電池を持っていけるようなものだし、いつでもどこでも充電出来て、充電しながらスマホ操作や移動もできる。俺が使っているのはフル充電しておけば、約3回分100%充電できる大型のモノだ。


「毎回思うよなあ、今回の旅行のMVPもこいつだって」


 俺はずっと使っているモバイルバッテリーを手に取り、感慨深く見つめた。俺の旅行がいつも成り立っているのは、充実したものになっているのは、こいつのおかげだ。こいつがいるからスマホの電池の残りを気にせず使える、頼れる相棒だ。


「俺にとってはこいつが彼女みたいなものだな、ははは……!!??」


 その瞬間、モバイルバッテリーから眩いばかりの光が放たれ、俺はびっくりして手を離した。やがてモバイルバッテリーは形を変え、目の前には一人の女の子が立っていた。


「初めまして……じゃないかな。いつもありがとうございます、ご主人様」

「ご、ご主人様って……」


 ここはメイドカフェではないはずだが……てか、それ以前にモバイルバッテリーが女の子になったことに疑問を抱けよと。頬をつねってみたが普通に痛い、夢では……ないか。


「どうしたんですかご主人様、そんな信じられないものを見たみたいな顔をして」

「いや、この状況で驚くなと言う方が無理なんだが」

「擬人化や転生に溢れたこの時代に、何を言ってるんですか」

「それは創作の中の話であってな……てか、やっぱそうなのか?」

「はい、私はモバイルバッテリーの茂庭照乃(もば てるの)です、照乃と呼んで下さい」


 俺は深く考えないようにした。目の前でモバイルバッテリーが女の子になった瞬間を見ているわけだし、照乃の言う通り『そういう時代だ』と考えた方が賢明っぽい。しかし……


「名前、そのまんまだな」

「ご主人様だってそうじゃないですか、田尾って」

「いや、読み方は『たび』じゃなくて『たお』だから。まあ、会社の同僚にもそうやってからかわれることあるけどさ」

「旅行好きですからね、ご主人様」

「とりあえず、そのご主人様っていうのやめてくれ……なんかむず痒いし世間体もあるわけで」

「それじゃ……的矢さんで」


 名前呼びも慣れていないんだけどなあ……しかもこんな若い子に、だ。照乃は見たところ大学生くらいだが、正直かなり可愛い。もし大学に通っていたら、キャンパスのアイドル的存在だろう。胸も大きい……約3回分100%充電できる大型のモノだから、なのだろうか。


「俺のフルネーム知ってるみたいだけど」

「そりゃ、旅行の時はいつも的矢さんと寄り添っているわけですし」

「何か誤解を招く発言だが……となると、俺のことは大体知ってる感じか?」

「いえ、あくまでも断片的におぼろげに覚えている程度ですね。一応、人間界で生きていく上での最低限の知識くらいはありますけど」

「……それを聞いて安心したよ」


 一人旅の時は誰も見てない聞いてないだけに、結構思い切った発言や行動をしているからなあ……照乃に知られたらさすがに恥ずかしい。


「見たところ旅行の準備をしているみたいですけど」

「明日から行くんだよ」

「それじゃ、人間になって初めての的矢さんとの旅行ですね!! デートです、デート」

「デートって……俺達はそんな仲じゃ」

「……私にとっては的矢さんは、長く一緒の時間を過ごしてきた唯一無二の人です。そういう仲に……なりたいんです」


 照乃はそう言って、頬を赤らめた。破壊力が……凄い!! 照乃レベルの美少女がこういう表情をするのは、正直反則だ。


「俺も……嫌ではない」

「本当ですか!!?? あ、でも確か的矢さんっていつも一人で旅行行ってますよね?」

「一人旅が好きだからな」

「それじゃ、私は……」

「……別に他の人と一緒に行くのが嫌なわけじゃないし、照乃と一緒にいるのは今更だろ? 姿がモバイルバッテリーだろうが、人だろうがさ」

「的矢さん……」


 辺留にも言われたが、元々彼女との旅行には憧れていた。それがこんな可愛い彼女と一緒になんて出来すぎだし、俺自身彼女には愛着もある。ずっと世話になっている『頼れる相棒』なのだから。


「明日からの旅行、よろしくな。あ、そういえばこれからスマホの充電どうするんだ? 人の姿になったわけだけど」

「私自身の充電は簡単ですよ。ほら、右手に充電器と繋ぐ箇所がありますから、今まで通りで」

「なるほど、こうやって繋げば……って!?」

「どうしたんですか、的矢さん?」


 充電器を繋ぐ際に照乃の手に触れてしまい、妙にドキドキしてしまった。柔らかくて温かい手だ、毎回これは心臓に悪いので照乃自身にやってもらうことにしよう。


「スマホの充電をするには?」

「これも簡単です、私がスマホを手に持てば自然と充電されます」

「なるほど。あ、でもその場合充電中は俺はスマホを使えないな」

「それも心配ご無用です、こうすればいいんで」

「て、照乃!!??」


 急に照乃が俺の肩に寄りかかってきたので、またしてもドキドキしてしまった。良い匂いがする……


「的矢さんがスマホを持って、私が的矢さんに触れれば間接的に充電可能です」

「いや、確かに嬉しい……じゃなくて、公衆の面前でこれはまずいだろ」

「平気ですよ、私見た目は大学生くらいでお酒も飲めるくらいの年齢設定ですから。的矢さんも20代前半ですし、周囲から見ればただのバカップルにしか見えません」

「まあ、確かにちょっと年下の彼女、で通るか」


 だとしても恥ずかしい気がするが……照乃とイチャイチャしないとスマホの充電が出来ないのだ、ここは堂々とイチャイチャすべきだろう!!


「明日からの旅行、楽しみですね」

「そうだな」

「今までは的矢さんの旅行を補助する役割でしたけど、これからは一緒に思い出作れるんですね」

「今までの思い出は?」

「言ったじゃないですか、記憶は断片的でおぼろげだって。的矢さんの傍にいた記憶はあっても、具体的で鮮明な思い出があるわけじゃないんですよ」

「……なるほどな」


 それなら、俺が照乃にしてあげるべきことは一つだ。いや……俺が照乃にしてあげたいこと、だな。


「照乃、一人旅行のベテランとして、照乃に旅行の楽しみ方やコツを伝授してあげよう」

「本当ですか、楽しみです!!」

「だが俺の旅行は甘くはないぞ、ついてこれる自信はあるか?」

「もちろんです、今までずっと的矢さんの傍に寄り添っていたんですよ?」

「それもそうだな。大切な思い出……たくさん紡いでいこう」

「……はい」


 こうして今までの相棒が突然彼女になり、俺の旅行ライフに新たな彩りが加わることになった。俺はこれからの照乃との旅行への期待に、胸に膨らませるのであった。

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