09 戦いの始まり
次の日の朝、私は寝不足の頭に鞭打って、朝早くから校庭でミア様を待っていた。
ミア様は私の想像していたより少し早い時間に登校してきた。
貴族の令嬢としてかなり早い、一般の生徒にはちょうどいい、そんな時間だ。
「ミアさん! お話があります!」
馬車から下りて、校舎へ向かうミア様に私はそう叫んだ。
同じように登校してきた生徒たちが何事かとこちらを見る。
「カレン様、でしたわね?」
ミア様は綺麗な姿勢で足を止めた。
「はい。カレン・フレイアと申します」
「私に、どんなお話が?」
「どうしてあんな嫌がらせをするんですか?」
「嫌がらせ?」
「そうです。教科書を破ったり、無視させたり、みんなミアさんがやらせているんでしょう?」
私はなるべくお腹に力を入れて叫ぶ。
校庭中に聞こえるように。
ミア様は、困ったように首を傾げる。
少しずつ生徒が集まってきて、私とミア様の周りに人垣が出来て行く。
後少しひっぱらないと……そう思ったら、ちょうどリオン様の乗る馬車が到着した。
「私、ミアさんの気持ち分かります、でも、やっちゃいけなことってあると思うんです」
「ごめんなさい。私、カレン様が何を言っているか分からないわ」
リオン様が馬車を降りた。そして、慌てたようにこちらへ走ってくる。
「私がミアさんに認めてもらえないのが悪いのは分かっています。私への嫌がらせも許します。でも、もうリオン様を縛るのはやめてください!」
「ミア、カレン」
リオン様が人垣を割って私のところへ駆け寄ってきた。
「リオン様!」
私は振り返り、リオン様を見上げた。
周りの人は一斉に頭を下げる―――――ミア様も、だ。
そう、これが普通だった。
私が見ていなかっただけで、皆そうしていたんだ。
「ここは学園だ、頭を上げてくれ……一体何があったのか教えて欲しい」
リオン様がそう言って、近くにいた生徒を見た。
「恐れながら、そちらにいらっしゃるフレイア嬢が……」
「リオン様、ひどいんです」
生徒の言葉を遮って、私はリオン様に飛びついた。
「カレン、人前だ」
リオン様がびっくりした顔をして、私を引き離そうとする。
「あ、ごめんなさい。でも、ミアさんがひどいんです」
私もそれにあわせて体を離し、今度はミア様を思い切り指差す。
リオン様の顔がまた、さらに驚いた顔になった。
よし、このまま行ける、そう思った時、人垣が割れて一人の学生が飛び出してきた。
ミア様がその学生に向かって笑顔になる。
「ヒューイ様!」
「あぁ、ミア。大丈夫かい。どうして一人で先に行ってしまったんだ」
「ごめんなさい、ヒューイ様。今日はどうしても早く来なければならない用事があったんです」
「なら、昨日のうちに言ってくれればいいのに」
「だって、ご迷惑をおかけしたくなかったんですもの」
心配顔の男に、ミア様がぷいっと背を向け、様子をうかがうような仕草をした。
「美少女がやると、本当に可愛いのね……」
近くの誰かが言った言葉に、リオン様が頷いているのが横目に見えて……少し寂しい気持ちになったけど、眼前ではまだ二人の世界が続いている。
「愛しいミアのためならどんな願いだって叶えるつもりだ。朝早く君を迎えに行くくらい何でも無い。どんな小さな願いも言ってくれない方がどんなに辛いか!」
「ごめんなさい、ヒューイ様……」
芝居がかった仕草の男に、ミア様は振り返り、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
男は途端に破顔してミア様の足もとに跪き、男は両手を捧げた。
「あぁ、そんな顔をしないで。私のお姫様。これからは何でも私に言ってほしいだけだよ。さぁ、どうか姫君の手をとる権利を私に」
ミア様は頬を染め、ゆっくり男の手にその手を重ねる。
誰もが無言でその光景を見つめる中、一人苦虫をかみつぶした顔をしているのはリオン様だ。
―――――いい、カレン、臨機応変よ!
母の声が聞こえた気がして、私はこれに乗ることにした。
「素敵……」
私の知りうる最高のうっとり顔を思い浮かべて、私はそうつぶやいた。
リオン様が驚いたようにこちらを見た。
「カレン?」
「ああ、なんて素敵。彼こそ私の理想の王子様だわ!」