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08 母と、奥様と




 リオン様が早く帰ってしまったので、私もいつもより早く家に帰った。

 家では母と奥様が話があると待っていた。

 なんだか雰囲気が悪い。


「カレン、旦那様のところに王家から使いが来たわ」


 最初に口を開いたのは、奥様だった。


「お茶会で噂は聞いていたの。でも学園のことだからと黙っていたのよ。でもそうも言っていられなくなった……貴女、王子様に手を出したの?」


 酷い言い方だ、と思った。

 でも怒れない。


「……そんなこと、していない」


 自分でも驚くくらい弱々しく首を振った。だって、そうじゃないことはもう分かっている。それでも……心のどこかで、自分は悪くないと言い訳をしたかった。


「本当に?」

「王子様だって知らなかったんです。凄く親切にしてもらって……それで……」

「それで?」

「話をしていた、だけです」

「……そう」


 奥様は厳しい目で私を見つめ、ため息をついた。


「でも、王子様はそうは思っていなかったみたいね。貴女のお婿さんになるそうよ」

「そんな!」

「旦那様は大喜びよ。王家と縁が出来たって……」


 そこまで話が進んでいたのかと、目を見張る。


「カレンは王子様の事が好き?」


 奥様の問いに、私は戸惑う。


「それは……」

「本心を言ってちょうだい。一緒になりたい?」


 リオン様のことは好きだ。即答できる。

 でも、違うのだ。リオン様の相手は私ではないのだ。私であってはいけないのだ。


「好きだけど、そう言うことじゃないんです。私は、こんなこと望んでなかった!」


 私がそう言うと、母と奥様は顔を見合わせて私に背を向けた。

 涙が出てきた。

 目を反らしている間に、こんなことになっていたと、自分の気持ちを口にする。


「カレンには恋愛小説、読ませなかったかしら?」

「読ませたわよ?」

「そうよね。私ったらてっきりヒロインになりきって王子様に近付いたのだと思っていたのだけど……違うのかしら?」

「どうかしらね? 噂で聞く限りそれっぽかったけれど……」


 二人で私に背を向けてこそこそ話しているけど全部聞こえてくる。

 恋愛小説? ヒロイン?


「お母さん? 奥様?」


 何の話をしているんだろうと、声をかけると二人はちらりとこちらを見て、また背を向けた。


「なんか違うみたいね」

「そう、みたいね」

「ヒロインに浸ってやっているんだと思っていたけど……」

「そうね、貴女の娘ですものね。元がいい子なのよね」

「あら、それって私を褒めてるの?」

「……昔の貴女のことよ」

「まぁ!」

「それより、もう少し情報が必要じゃない?」

「でも、急がないと、間に合わなくなるわ」

「どちらにしても、カレン次第よ」


 二人がそろって私を見た。


「カレンもそう思っているなら良かったわ。私たちも反対よ。王子様はこんな所に来ていい方じゃない」


 咳払いして、奥様の話は急に元に戻った。

 その通りだ。リオン様は、あの父に近づけていい人じゃない。

 大きく頷く。


「王子様を助けたい?」


 母が聞いてくる。

 当たり前だ。さらに頷く。


「そう、なら話は早いわ」

「そうね、王子様を助けましょう」

「え?」

「カレン、今日まであなたはヒロインだったけど、明日からは悪役令嬢になるの!」

「悪役令嬢?」

「そうよ、カレン。貴女は王子様に、婚約破棄されるのよ!」

「婚約、破棄?」


 はっきり言って何を言っているのか分からない。

 だけど、母も奥様も、真剣な表情で、どうやら冗談を言っているわけではなさそうだ。


「ほらほら、ぼうっとしない。時は一刻を争うわ」

「今日は徹夜になるわよ! 台本は任せてちょうだい」

「カレン、王子様の命運は、あなたの演技力にかかっていのだから、死ぬ気でやるのよ」

「王子様を助けたいのでしょう?」


 徹夜に、台本? 演技力って何?

 矢継ぎ早に言いながら、母も奥様も動き出す。


「待ってください! 何言ってるんですか?」


 思わず叫ぶと、二人は手を止め私を見た。


「カレン、これから半年で、王子様を元の王子様に戻すのよ」

「元の、ってどうやって!?」

「王子様を完膚なきまでに振って、嫌がるようなことをして、そして嫌われる」

「貴方は王子様も愛想を尽かす位、馬鹿な女になるの」

「それが貴方の仕事」


 そんなの上手くいくわけない、それこそ小説じゃあるまいし!

 二人の言葉にもう声も出ない。


「幸いこの家には取り潰すのにちょうどいい悪事もあるし……あとは、貴方の演技力と王子様の覚醒にかかってる」

「でも……そんなことしたら……」

「根回しはもうすんでいるわ」

「そうよ、伊達に社交界で顔と恩を売っているわけじゃないのよ」


 二人が私に駆け寄ってくる。


「カレンに貴族社会のことを教えなかったのは、私たちの責任だわ」

「私たちは末端でも生まれた時から一応貴族で、当たり前のように貴族社会のことを知っていた。だから、貴女も分かっているって思ってしまった。それに旦那様が家庭教師を呼んだから、大丈夫だと確認もしなかった」

「カレンはおとなしいし、この邸でも皆に好かれている。だからきっと学園でも目立つことなく、上手に馴染んでくれると思っていたの」

「でも、そんな甘いものじゃないって、私たちは忘れてしまっていた……」

「噂を聞いた時すぐにこうして話を聞いていれば……」

「私たちがちゃんと教えていれば、こんなことにはならなかったのに」

「そして、こんな風にしか貴女を救えない」

「カレン、ごめんなさい」

「ごめんね、カレン。」


 矢継ぎ早にそう言って、奥様と母は私に向かって頭を下げた。


 確かに何も教えてもらっていない。

 でも、教えてもらわなかったから、こうなったわけじゃない。

 自分が、こうなるような行動をしたのだ。

 ここで侍女としての仕事を習うように、学園でも誰かに聞けばよかったのにそれをしなかった。無視されたからと言ってすぐに諦めてしまった。


 さっきよりずっと大きな涙で、下を向いた二人の背中が滲む。


「……もう、みんなに嫌われているから、これ以上嫌われることも、悪くなることも無い。でも、リオン様が悪く言われるのは嫌だ。だから……私、やる。私、リオン様を必ず助けて見せる!」


 涙を袖で拭いて、拳を握り叫ぶ。


「カレン!」


 母が弾かれたように私を抱きしめた。


「本当にごめんね、カレン」

「お母さん……私、最後までちゃんとやるから」


 力を込めてそう言うと、奥様も私を抱きしめた。


「カレン。貴女ばかりに嫌な思いをさせやしないわ。貴女をこんな風にしてしまった元凶も、私たちもちゃんと罰は受けるつもり」


 奥様の低い声に、眉を寄せる。

 どう言うことだろう?


「私たちがどうしてここに残ったか教えるわね」


 母も奥様も、にやりと笑う。


「あの男を痛い目に合わせるためよ」




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