06 兄のこと
私が父を父と呼ぶようになったのは、腹違いの兄がいなくなり、私が跡取りとして家に入ってからだ。
兄は奥様に似て優しい人だった。
見た目も父より奥様に似ていて、線の細い美男子だったし、頭も悪くなかった。
なにより、侍女として家にいた私を妹として扱い、いつも気にかけてくれた。
私と母を虐げていた父は眉をひそめたが、いつか必要になるからと勉強を教えてくれたり、マナーやダンスの相手をしてくれたり、時には父からかばってくれたり。
本当にいい兄だった。
そんな兄にお見合いの話が来たのは兄が十六歳になった時だ。
父は兄に婚約者候補として三人の少女を紹介した。
兄は似たような容姿の三人と何度かデートをして、半年ほどして一人と婚約したいと言った。
だが父はまだ早い、もう少しつき合うようにと言って、その話はなかなか進まなかった。
そうして一年が過ぎ、兄は十七歳になった。
流石に三人の女性と付き合い続けるわけにはいかないと、兄はもう一度父に婚約をまとめるようお願いした。
三人の家は似たりよったりで、特に大きな商売をしているとか、我が家と手を組んで良くなるとかそういったこともないから、誰を選んでもそんなに変わりはない。なのに、何故か父はのらりくらりとその話題を避け続けた。
理由が分からないまま、また半年が過ぎたころ、あるパーティー会場で兄が襲われそうになった。
本命じゃない婚約者候補たちによって、睡眠薬を飲まされ個室に連れ込まれたのだ。
奥様も母も、こうなるのではないかと思っていたらしい。
偶然を装ってそのパーティーへ参加し、連れ込まれると同時に踏み込んで兄を助け出した。
それを知った父は怒り狂った。
計画が台無しだと。
父は兄にも自分と同じようなことをさせようとしていたのだ。
自分は二人だったから、兄には三人。
妻とするのにちょうど良い少女が一人。
そして家から追い出されそうで利用しやすそうな、兄の容姿を気にいった少女が二人。
でも兄は父のようにゲスじゃなかった。
紳士的に付き合い、最後には一人を選んだ。
父は、それが気にくわなかった。
選ばれなかった二人をけしかけ、既成事実を作らせようとしたのだ。
これには兄も怒った。
怒って、本命の彼女とともに隣国へと旅立った。いわゆる駆け落ちだ。
父は、さらに怒り狂った。
クソみたいなプライドを傷つけられたと、たまたま運悪く流行り病で死んだ使用人の子供を兄と偽って葬式を出し、私を跡取りとしたのだ。
兄は、出て行く時
「カレン。逃げるなら一緒に行こう」
って、言ってくれた。
本当は奥様や母も連れて行くつもりだったんだろう。
でも奥様も母もここにいると言った。
だから私もここにいる。
そう言った。
兄の足手まといになりたくなかった。
それに、その気持ち、それだけで、十分だった。