16 私の答えは……
「カレン、面会ですよ」
指導係のメイさんが、教会の裏口から叫んだ。
洗濯中だった手を止め声の方を見ると、メイさんの隣に男が立っていた。
すこしくたびれた服装なのに、溢れる気品と風格。
「殿下……」
「知り合いでいいのね? なら帰る時に、声をかけて」
私の表情は見えても、声は聞こえなかったのだろう。メイさんはそう言って建物の中へ戻って行った。
私は慌てて立ち上がり、男に向かって頭を下げる。
「カレン、そんなことしなくていいよ。私はもう王族じゃないからね」
言われてゆっくりと顔を上げると、殿下―――――リオン元第二王子は困ったように肩をすくめた。
「……どうして、ここへ?」
「ミアからみんな聞いたんだ。私のために……」
「違います。殿下のためじゃありません。私のためです」
リオン様の言葉を遮って、私は言う。
「私がちゃんと断わらなかったから、勘違いさせてしまった。そしてミア様との仲を壊してしまった。だから……殿下のためじゃありません。私が、嫌だったんです」
リオン様は真面目な顔でこちらを見ている。
学園に居た時よりもずっと精悍な顔立ちになった。
だけど、瞳は卒業式で最後に見た凛とした王子様ままで。
強くて優しいそのまなざしに、安堵する。
「ミアが、全部話してくれた。どうしてカレンがあんなことをしたのかも、カレンが私と会いたくない、と言っていたことも」
「それは!」
「カレン、少しだけ私の話しを聞いて欲しい」
リオン様はそう王子様の笑顔で私を制した。
そして、また真面目な顔になる。
「この三年、父や兄の仕事を手伝ったり、いろんな国を尋ねたりと、寝る間もないくらいただ我武者羅に働いた。卒業式の日、カレンを断罪して、もう会わないと決めたから、忘れようと頑張った。でも、気がつくといつもカレンのことばかり考えていた。忘れよう、考えたらいけない、そう思いながら、それでもずっと考えていた。
ずっと誰にも言わなかったけれど、ミアにはそれが分かってしまうみたいで、先月、ミアに全部教えられた。
カレンは私のために、あんなことをしたんだと。
すべて私が悪いのに、学園のみんなを巻き込んで、断罪なんて事をして……なにより、一番大事なはずのカレンを傷つけてしまった。
本当は、会いに来るなんて駄目だと思った。
でも、どうしても会いたかった……君に」
リオン様は、そう言って私の前に跪いた。
「私は何も持っていないけれど、今度こそカレンを守る。カレン、お願いだ。どうか私の手をとって欲しい」
「……私……私は……」
涙があふれて、前が見えない。
リオン様のことは今でも大好きだ。
でも、でも……
「カレン様! どうかリオン様の手をとってください」
「え! ミア様?」
教会の裏口から、見知った顔が現れた。
驚きすぎて、涙が引っ込んだ。
まじまじとミア様を見つめる私をよそに、裏口からは次々に人が出てくる。
「そうですよ。私たちが幸せになれたのは、貴女のおかげです。貴女も是非幸せになってください」
「ヒューイ様?」
「もう、いいのよ。カレン」
「そう、貴女は十分にやったもの」
「もっとちゃんと学園のことを教えるんだった。ごめんよ、カレン」
「奥様! お母さん、お兄様?」
「代表して元・副生徒会長の私から。カレン! 私たちは勝手な思い込みで、貴女を助けなかった。それは私たちの罪。カレンだけのせいじゃない。私たちが幸せになるためにも、カレンも幸せになって欲しい」
「……みんな」
「そうよ、貴女は何も悪くない! リオンが一番悪いのに、そんなリオンを男にしてくれたんだから、もう自分を責めないでちょうだい!」
「愚息の行動だけで、カレン嬢の意見も人となりも知らず断罪を許してしまった。私も同罪だ」
「父上、母上」
「父上? 母上? えっ! えっ! 国王陛下に王妃様? えっ?」
「カレンは稀に見るいい子だ。教会でも誰より真面目に、文句も言わずに仕事をこなし、たくさんの恩恵をもたらしてくれた」
「神官さま?」
「本当に、こんな田舎の修道院で真面目に生活ができる。三日で逃げる人ばかりなのに、一年よ! こんな所で終わる子じゃないわ!」
「メイさん!?」
田舎の修道院の小さくも無い庭に、あり得ないほどの人があふれている。
足元で跪き私を見上げるリオン様。
その後ろにずらっと並び、心配そうに私を見ている人たち。
「カレン。どうか、私と一緒にこれからの人生を歩いて欲しい……お願いだ! 結婚してくれ!」
リオン様が叫んで、頭を下げた。
皆が息を飲む音がする。
これで断れる人間がいたら、ぜひその極意を教えて欲しい。
だって、私は、リオン様が好きだ。
好きで、好きで、好きだから……答えは、一つしかない。
私は伸ばされたリオン様の手に、自分の手を重ねた。
そして、リオン様がまた私を見上げるのを待って、大きく頷く。
「…………はい」
私とリオン様はそのまま結婚式を挙げた。
準備はミア様と王妃様、そして学園の仲間たちがやってくれた。
それはこんな山奥で、プロポーズ直後の結婚式とは思えないほど豪華な結婚式だった。
だからこの結婚式は伝説に
……………なってはいない。
……………と、思う。
―――――――――多分。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
カレンのお話はこれで終わりです。
またよろしくお願いします。




