14 私の知らない所で……
「なかなか来ることが出来なくてごめんなさい」
ミア様はそう言って笑った。
隣には、嬉しそうにミア様を見つめるヒューイ様。
二人はとても幸せそうだ。
「ミア様、学園では申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。私のせいで、せっかくの学園生活を台無しにして、ご迷惑をおかけして……」
私が頭を下げると、ミア様に肩を抱かれた。
「カレン様。わたくしたち……迷惑だなんて思っていませんわ。それどころか、思いがけなく楽しい学園生活だったと思っていますの」
ゆっくり頭を上げてミア様を見ると、かわいらしくほほ笑んで私の顔を覗き込んだ。
「確かに普通の学園生活ではなかった。でも、まるで流行の小説みたいで、面白かったよ」
ヒューイ様も、笑顔でそんなことを言う。
いやいや、それは違うでしょ、とつっこみたかったけれど、神妙な顔で二人を見つめるにとどめた。
「ミア、私は子供たちを見てくるよ」
「なら、神官様にお土産を渡してくださる?」
「あぁ、任せてくれ」
ヒューイ様がそう言って離れると、ミア様は教会を見回した。
「ここは、わたくしがずっと支援してきた教会ですの。陛下にお願いして、カレン様を保護する場所をこちらにしていただいたの」
ミア様はこともなげにそう言った。
侯爵令嬢で、リオン様の婚約者となった人だ。それくらい当たり前なんだろう。
「とても素敵なところです。皆さん優しくて……私なんかがお邪魔してしまって申し訳ないくらいです。もっと厳しい場所を予想していたので……」
「リオン様が用意していた場所も、ここと同じような場所でしたわよ。パーティーではあんなふうにおっしゃっていましたけれど」
私が首を傾げると、ミア様はさも面白そうにくすくすと笑った。
「今日伺ったのは、カレン様のお家の話をさせていただくためですの」
ミア様はそう笑顔を消し、居住まいを正した。
私もなんとなく背筋が伸びる。
「カレン様が男爵家から勘当され、修道院へ送られた後、カレン様の父・フレイア男爵は、カレン様のお兄様の死亡届が王家への偽証となり逮捕されました。偽証はフレイア男爵一人の犯行と立証され、既に刑は確定し現在服役しています。男爵夫人は偽証の告発への報償として、男爵との婚姻解消と慰謝料の請求が認められました。男爵家の家督は、フレイア男爵の爵位を剥奪し、一時的に男爵夫人に移行されています。カレン様のお兄様が隣国から戻り次第復籍し、継ぐことを認められたからです……ここまでが、卒業式までにリオン様がお調べになり、陛下に奏上され陛下により決裁されたことです」
ミア様は一息でそう言い切ると、ほっとしたように息をついた。
そして、また笑顔になる。
「カレン様については……フレイア元男爵が親子の縁を切るとおっしゃったようだけど、罪が確定して死亡届が差し戻しになりましたが、男爵夫人の嘆願でカレン様は男爵令嬢のままですわ。そして、元男爵のお姉さま――――カレン様から見ればおば様に当たる方が、カレン様との養子縁組を望まれています」
「おば様が……?」
「はい、お兄様の駆け落ち先がその方のところだったみたいですわね。お兄様が養子に入る事になっていたようですが、お兄様は男爵家を継ぐことになったのでその代わりに、と言うことでしたわ。そう言うことですから、カレン様のお気持ち次第ですが、男爵夫人はカレン様にいつ戻っても良いと伝えて欲しいとおっしゃっていました」
……奥様、侯爵令嬢に伝言を頼んだんですか……?
最後の言葉に目を見開いていると、ミア様はコロコロと笑った。
「カレン様、知っていまして? 男爵夫人とカレン様のお母様は、今の社交界ではある意味、王妃様より力がありますのよ」
「え?」
「男爵夫人とカレン様のお母様は、恋愛小説を語る会の代表と副代表なんですの。王妃様はその一番目の会員で、わたくしの母は二番目。今では、社交界の女性のほとんどはその会員になっていますわ」
は?
お母さんたちは一体何をしているんだろう?
恋愛小説を語る会……とは一体。
「そして、あの一件が起った原因は……王妃様らしいです」
「あの一件、ですか?」
「えぇ、学園での一件ですわ」
不思議に思って眉をよせると、ミア様の眉間にも皺が生まれた。
「陛下はカレン様と結婚させることで処罰とするつもりだったようですが、私とリオン様の話を陛下から知った王妃様が、リオン様のことをとてもお怒りになって……すぐに勘当せよとおっしゃったようなのです」
王妃様は政略結婚でこの国にいらした。
国王陛下とは幼いころからの婚約者だったけれど、隣国とはいえ距離がありあまり交流のないまま結婚式を迎えた。
運よく王妃様と国王陛下はすぐに意気投合し、今では国民から愛される夫婦になっているが、恋愛小説を愛していた王妃様はやせ細るほどに結婚生活を心配していたと言う。
だからこそ、リオン様とミア様の婚約を決めた時も、まだ早いと一番反対し、決まってからはミア様との付き合い方を何度も指導していた。
それが、リオン様の浮気……それも、恋愛小説の師匠とあがめる人たちの娘をたぶらかしたと、王妃様の怒りようは未だかつてなく、国王陛下も王太子様も、ミア様のお父様とお母様でも鎮めることができず、とうとう王妃様が師と仰ぐ奥様と母が王宮へ召喚された。
奥様と母は自分たちの監督不行き届きもあるのだと、平身低頭で謝罪を繰り返し、リオン様にこそチャンスを与えて欲しいと国王陛下と王妃様に願い出たのだそうだ。
王妃様は渋ったものの、卒業式までにリオン様が自分の力で区切りをつけることが出来たなら……と、最終的に奥様達の申し出を受け入れた。
それで、奥様たちは陛下の許しを得て、学園と保護者全部を巻き込んだあの舞台を作りだした。
「学園の先生たちも、保護者の皆さまも、最後は私たち生徒次第……そうおっしゃったそうです。私は、カレン様が必死にリオン様を救おうとする姿を見て、リオン様のためと言いながら私のことしか考えていなかったと思い知らされました。……あの学園でリオン様とカレン様を見ていた人たちは、きっと同じ気持ちでしたわ。だからこそ……」
ミア様はそう言淀み、ほうと切なげなため息をついた。
そして、この話は終わりだと言うように、笑顔になる。
「カレン様。カレン様はこれからどうなさいますか?」
そう尋ねられて、固まる。
―――――これから?
「男爵家にお戻りになりますか?」
家に戻ってもいいと言われても、兄が帰ってくるなら、たとえ侍女だとしても私は邪魔だろう。
ましてや王子様に不敬を働いた女だ。社交界だってきっと許してはくれない。
兄や兄の家族に嫌な思いをさせたくない。
「いえ、私は、もう少しここにいます。そして出来れば、どこか私がお役にたてるような修道院にお世話になりたいです」
私の言葉に、ミア様は目を見開いた。
そして、暫く私を見つめてから、ふわりと笑った。
「そうですか。ではわたくしが微力ながら、カレン様の望みがかなうようお手伝いをさせていただきますわ」
「お願いします」
私はゆっくりと頭を下げる。
「えぇ、お任せください」
そう言ったミア様は、その後恋愛小説の素晴らしさを語り始めた。
尽きることのない話題とミア様の様子に呆気にとられながらも、話を聞くのはとても楽しかった。
ヒューイ様が迎えにくるまで話は続き、辺りが薄暗いと気がついてやっと席を立った。
「カレン様」
「はい」
「また来てもいいですか?」
「もちろんです! 是非また恋愛小説の話を聞かせてください」
私は心からそう告げると、ミア様は今日一番の笑顔を見せた。
「カレン様」
「はい」
部屋の出口でそう振り返ったミア様は、今度は不安そうな表情を浮かべている。
言いにくそうに口を開けたり閉めたりするミア様に、私は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「カレン様、もし……」
ミア様はそこで大きく深呼吸して、私の方へと向き直った。
そして、まっすぐに私を見て、ミア様は続ける。
「カレン様、もしリオン様がカレン様に会いたいと言ったら……会っていただけますか?」