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03 恵比寿の《不毛の栄光/Barren Glory》[FUT]



 一体全体、こいつ、なんなんだ?




〝 完璧な世界とは何も無い世界だ。争いを起こす者も罪を犯す者もいない世界だ。――― 円盤の大魔術師、タラン 〟




 世界で僕しか真剣に使ったことないんじゃないかってカードのイラストが描かれている、恵比寿ガーデンプレイスに立ち、僕は思った。


「……マジでなんなん……?」


 実際に呟いてもしまった。 人間、あり得ない場所にあり得ないものを見るといろいろ、あり得ないことをしてしまう。


 世界が崩壊しなきゃ、僕みたいなキモオタ陰キャくん育ちで社会の最底辺サイドをほっつき歩いている人間は、一生縁がなさそうな恵比寿ガーデンプレイスのエントランスど真ん中に、そのアートがある。


 荒廃しきった、枯れ草色の大地。草木一本もなく、目を惹くのは地割れと、きっともう数百年、人は立ち入っていないだろう、って建物だけ。まさしく、ポストアポカリプスのような光景。重く立ちこめた雲の、ほんのわずかな切れ間から差し込む太陽の光もどこか、土埃の色に染まっているように見えて、この世界ではきっと、太陽さえもかつての暖かな光を投げかけることはなく、ただただ大地と、生命を焼く、なんて思わせる。


 ……だから、か?


 人類が誰もいなくなってしまった地球の上に描くには、たしかにふさわしいアートだけれど……。




 《不毛の栄光/Barren Glory》。




 このカード以外に何もコントロールしていなければ勝てる、特殊勝利カード。僕はMTG人生の三分の一ぐらいをどうやって特殊勝利するかに賭けてきたからよくよく知っているけれど、そこまでメジャーなカードでもない。条件がキツすぎるし、やっぱり、このカードのアートを恵比寿に描く理由はよくわからない。新宿の《稲妻/Lightning Bolt》、渋谷の《落星の祈祷/Starfall Invocation》と並べて考えてみても、隠された意味が浮かび上がってきたりは……しなかった。うん、わからない。


 やっぱり、ポストアポカリプスだから、滅びっぽいこのカードを描いたんだろうか? だったら……渋谷の全体除去は《滅び/Damnation》にした方がよかったんじゃないか? それとも、この先に出てくるってことか?


 駅のチョイスも謎だ。新宿と来て渋谷と飛んだのに、どうして次は恵比寿なんだろう? 一応、ここで見つけてからも二日間、渋谷~恵比寿間をくまなく探してみたけれど、アートのある気配はなかった。死にかけていた人が描いたSOSなんかは見つかったけれど。




 意味があるのか、ないのか、それもよくわからない。




 ただそれでも、確実ではあるのだ。世界が崩壊してからも、ここに誰かがいたことは。


 恵比寿ガーデンプレイスとMTGがコラボしてたなんて話は聞いたことないし、してたにしたって、こんな、かなり昔のマイナーカードを地面に描くのはあり得ない。




〝 完璧な世界とは何も無い世界だ。争いを起こす者も罪を犯す者もいない世界だ。――― 円盤の大魔術師、タラン 〟




 フレーバーテキストをもう一度読む。崩壊した世界にはこれ以上ないってくらいぴったりのテキストだけど……でも、じゃあ、なんでアートだけ描いたんだ? フレーバーテキストを理由に選んだんなら、フレーバーテキストを書くんじゃないか?


 考えれば考えるほど、よくわからなくなっていった。この謎を解けばひょっとすると、人類が崩壊した理由もわかるのかもしれない、なんてこともふと思ってしまうけど――残念ながら、人類が滅んだ理由はもうわかってる。思い切りスッキリしない理由だ。


 ウィルスの流行、戦争、超常現象、自然現象、そのコンビネーション。


 ミッドレンジデッキの戦う手段みたいにバリエーション豊かな原因が折り重なって、積み重なって、最初のヤバイやつ――ウィルスの流行があった5年後にはもう、東京を出歩いてても誰ともすれ違わなくなっていた。ここまでスムーズに世界が滅亡するなんて想定外だったけれど、もっと想定外だったのは僕が生き残ったこと。僕と……このアートを描いたヤツが。


 けど、ようやく僕はその可能性に思い当たる。




 このアートを描いた人も、もう死んでいるかもしれない。




 でも……だとしたら、なんだってんだ?

 今のところ僕には、やりたいことなんてない。

 このアーティストを追う、以外には。




 僕は決意を新たにして、また自転車にまたがった。次は目黒か、それとも飛んで、品川辺りか。




 僕は、次は《機知の戦い/Battle of Wits》だったらいいな、と思いつつ、ペダルを回し始める。

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