次元?:Type 0≓Isekai
異世界転生した自分のチート能力が、マジック:ザ・ギャザリングのカード効果実現であると知って黒川大我は、微妙な顔をした。
マジックはルールのあるゲームだ。最強無双カードがあったとてそれは万能ではないし、対抗する策は必ずある。なければすぐに禁止される。そもそもカードパワーはフォーマットごとにわかれているし、なにより営利企業が販売している商品だ。新弾の最強カードが次弾の最強カードに負けるのは運命。だがそんな運命さえ、総数2万枚を超すカードを組み合わせたシナジーの前には時折、覆されてしまう。だから人はマジックをやめられないし、カードゲームオタクが最終的に行き着く場所はマジックなのだ。
だが。
転生したナーロッパ世界にはルールもフォーマットもなかった。だから当然レベル1ジャッジさえおらず、もちろんウィザーズ・オブ・ザ・コースト異世界支社もあるはずはなく、大我はすぐ、自分がこの異世界最強であると悟った。
土地を置かなくともマナが自分から出るし、覚えている限りではあるがどんなカードの力もいつでも好きなだけ使えた。おまけにどれだけ非紳士的行為を働いたとしても、誰にも裁かれることはなかったし後々SNSでお気持ち表明されることもない……後者は少々残念だ。大我はイベントでのマナー違反をあげつらう長文noteを「チー牛がチーチー泣いてらぁww」と、酒を飲みながら見るのが趣味だったから。
さておき、大我の転生したナーロッパ世界では、《サバンナ・ライオン/Savannah Lions》を召喚し、《巨大化/Giant Growth》した大我が空に投げ、ナーロッパなレッドドラゴンをブロックさせることさえ可能だった。ライオンはその後落下死したが……すげーまじの《垂直落下/Plummet》じゃんww、と、大我は喜んだ。彼はそんな邪悪な男だ。そして自分の邪悪さを誹られると、かつて憧れた悪役のようになれている、と、驚喜し、ならそれっぽく振る舞わないとな、などと思い、自分ではクールな悪役にぴったりの不気味でイカレた笑い、と思っているニチャニチャした奇天烈な笑顔――コミュニケーション能力に著しく欠けた人間特有の、表情や仕草を現実の人間関係からではなく漫画やアニメから学んだ者特有のオーバーで、それでいてどこか歪な――笑顔を浮かべ、言うのだった。
「この世界には悪が必要なんだよ……」
それを聞くとまあたいていの人間は、こいつに関わるのは時間の無駄だからやめよう、と彼のそばを離れていく。そんなわけだから彼は人生の、95%以上の時間を1人で過ごしていたが、彼自身はそんなこと、まったく、欠片ほども気にしていなかった。俺の知性や奇才さは、凡俗では理解できないのだな、ぐふふぅ勃起モンだぜ……などと思っていた。
好きなプレインズウォーカーは《時を解す者、テフェリー/Teferi, Time Raveler》。
相手だけ縛る快感がたまらない。
好きなアーティファクトは《罠の橋/Ensnaring Bridge》。
アグロバカがジリジリしてるアホ面が、やがて勝てないことを悟ってはき出すように言う「負けました」は大好物だ。
好きなクリーチャーは《瞬唱の魔道士/Snapcaster Mage》。
故意か偶然かギリギリ分からない範囲で見えにくくした墓地のスペルでハメたときの相手の間抜け面はマジック最高の瞬間だ。
そんな大我が異世界に転生し、力を手に入れたのだから、それはもう、好き放題やった。
戯れに召喚したギサとゲラルフに一地方を任せていたら王の軍隊をさしむけられることもあったが、《残骸の漂着/Settle the Wreckage》一発で消し飛ぶ軍など、相手にならなかった。ギサとゲラルフは死体が消えて不満そうだったけれど……湧いて出てきた平地(2312㌶)で、400年続いた神聖王国を丸々、白マナの豊かな場所にできた時は小一時間笑いが止まらなかった。後々そこには《サバンナ・ライオン/Savannah Lions》の群れを放った。放っておけば猫のロードに進化しないかな、とも思ったけれど、それはなかった。少し残念だったから平地には結局、イニストラード人を召喚し入植させ村を作らせた。
屈強な修羅であるイニストラード人の軍勢を筆頭に、オドリックを秘書に、大我は世界征服を始め、やがて魔王と呼ばれるようになった。
千の呪文を操り、万の軍勢を従え、億の命をもて遊ぶ、究極の邪悪、魔王タイガ。
魔王タイガは異世界の大陸、9割を征服し、その威光は異世界の隅々まで轟いた。本人は青と黒をベースにした魔王っぽい衣装と魔王っぽい城を作らせご満悦だった。この異世界を遊び尽くしたらよその異世界に行こうと、召喚したガラクからプレインズウォーカーの灯を自分に移植していたので、この世界がどうなろうと知ったことではなかった。ただただ、おもちゃを壊して遊ぶ5歳児のように、気ままに世界を弄んだ。
異世界は、破滅の瀬戸際に追い込まれている。
だがそんなある日、占領していた街が次々と解放されている、という知らせが魔王タイガの元に届く。
「ああ? どういうこったよ?」
魔王城の玉座、見目麗しいダークエルフの青年の姿をしているタイガが不機嫌そうに言った。手元の、血のように紅いワインを満たしたグラスに、ぴしり、ヒビが入る。
「わからないリック。大陸西岸の生き残りどもの街を包囲していた、第一不死師団との連絡が途絶えたオド。同時に、生き残りどもの街と、騎士王国グランが同盟を表明、各地で反乱が勃発中血トークン」
語尾にオドかリックか血トークンとつけろ、夜寝る前はレア枠食ってすいませんと祈れ、と強く命令されているオドリックは精悍な外見に似合わない狼狽をその顔に浮かべ、玉座に跪き報告を続けた。
彼の話によると第一不死師団を率いていたギサとゲラルフは行方不明。反乱の鎮圧にあたった第二暗殺師団クジラダンスルーム(改名させた)も現在連絡が取れず、第三地獄師団のアスモラノマルディカダイスティナカルダカール(本名)に至っては、どうやってかタイガの支配を抜けだし、鉱山都市群を統べる鉄血同盟と手を組み魔王城へ進軍中だという。
「は? っざけんなよ、なんでだよ」
ぱりんっっ、手にしていた飲みかけのワイングラスをオドリックに投げつけるタイガ。オドリック自身が彼に給仕したワインが、彼の額をぬらし、流れていく。だがそんな扱いが日常茶飯事のオドリックは、毛ほどの動揺も見せずに続ける。
「原因は今のところ不明オド。宮廷テフェリーたちが今究明中リックが……各地で蜂起した軍団たちは、目下のところ魔王城へ進軍中、このままでは数日中にここは、戦場血トークン。魔王閣下、どうか、どうか、ここは冷静な判断を……」
あらゆるタイプのテフェリーを計数十人集めた宮廷テフェリーなら、1週間も経たずに原因を解明してくれるだろうが……軍勢はそれより早く魔王城に到達するだろう。
だが、タイガは眉をしかめただけだった。
「……ま、いいけど……わっかんねえな、なんで勝てるって思うかな」
オドリックの焦りが伝染し、玉座から浮きかけた腰を再び、戻した。どんな状況にあろうが、今のタイガが異世界最強であることは、間違いないのだ。
あらゆる呪文は、好きなだけ《対抗呪文/Counterspell》できる。
百万の軍勢も《至高の評決/Supreme Verdict》の前では赤ん坊。
軍隊を全滅させてやった後は全農地に《石の雨/Stone Rain》を降らせてやれば、その内土下座外交しに来るだろう。そしたらまずは《コジレックの審問/Inquisition of Kozilek》、女だったら……そうだな……今回は……
「地雷ど~~~~~~~~~~~~ん!!」
間抜けな叫び声と、天地が割れたような轟音が轟き、タイガの不埒な思考が中断された。魔王城の謁見の間の天井を正体不明の軍団が突き破り、今まさにタイガめがけて降下中だった。白、青、黒、赤、緑、5色の不定型な力の塊が、数百、数千。飲み込まれてしまえばタイガでさえきっと、ひとたまりもないかもしれない。
「ッッ! …………ハッハァ! やっぱご同類か!」
玉座から飛び退き、即座に戦闘態勢を整えるタイガ。見上げれば、5色の不定型な力の塊の群の中央、20代中盤らしき男の姿が見える。このナーロッパ世界にはあり得ない、Tシャツとジーンズ、それから、黒いリュックサックに黒縁メガネ。
「プレインズウォーカー!」
タイガは叫び、歓喜した。MTGプレイヤーのことをプレインズウォーカーと呼ぶ習慣は、さっむぅ……ww、と思っていたが、こういう状況ならアリだ。
頭の中で適したスペルを思い浮かべつつ、相手の戦力を測定。だが……正体はいまいち、つかめなかった。クリーチャーであるかどうかもよくわからない。もやもやとした、オーラの塊のような、不定形で、しかし実態を持っていて、数百体……5色……どことなく輪っぽい形……十字の線っぽい形……。
「…………レ、レイラインズッッッ!!!!!」
《オパール色の輝き/Opalescence》によってクリーチャーと化した、数百の力線が襲いかかるその数秒前、相手の力、デッキを見破ったタイガは得意げに叫び……叫び…………叫び………………。
…………やべえ。
……エンチャント全体破壊のスペルなんて覚えてねえよ!
「《解呪/Disenchant》《解呪/Disenchant》《解呪/Disenchant》《解呪/Disenchant》! …………か、《活性の力/Force of Vigor》!」
ようやく効率の良いスペルを思い出し、計6つの力線が割れるが、海の水をコップ一杯汲んだほどの効果しかない。《神聖の力線/Leyline of Sanctity》がタイガの上にのしかかる。《予期の力線/Leyline of Anticipation》が彼の首を締め付ける。《虚空の力線/Leyline of the Void》が彼の下半身を押さえつける。力戦を束ねるTシャツの男が笑う。だがその笑みで、タイガの心が平静を取り戻す。
この俺を、ナメやがったな。
「《食肉鉤虐殺事件/The Meathook Massacre》X=2那由多!!!!!」
力戦が今はクリーチャーであることをようやく思い出し、具現化した食肉鉤とブッチャーナイフを振るう大男が、宇宙開闢にも等しいマナを注ぎ込まれ謁見の間に荒れ狂う。力線たちは宝石が砕けるような音を響かせ、その全てが一瞬で割れた。状況起因処理かどうかは誰にもわからなかったが、割れたことはたしかだ。それにタイガは常に、無限マナ、無限ドロー……どこかに隠れているだろう《オパール色の輝き/Opalescence》を対象に《解呪/Disenchant》すれば良かっただけなのだが、それでも、なんの問題もなかった。
「…………地雷使いのネタ野郎が、この俺をナメてくれたなァ、オイ?」
不敵に笑い、いつもの装備を唱える。2色の剣10本、頭蓋を囲うグロテスクな武器、ファッキンジャパニーズウェポン……
「タダで死ねると思うなよ、最後には、殺してくださいお願いします、って、俺の靴ナメながら懇願させてやるよォ……くかかっ、覚悟しろよ、俺はな、俺をナメた野郎を一度たりとも許したこたぁねェんだよォ……魔王ナメてタダで済むと思うんじゃねぇぞ、ネタデッキ野郎が……」
力線を全て破壊されてもTシャツの男は笑みを崩さなかった。謁見の間の中央に降り立ち、ただ黙って、笑顔のまま、数十メートル離れたタイガを見つめている。その顔にますます苛ついたタイガは叫ぶ。
「クソが! 何笑ってんだテメエ! あぁ!? クソが、テメエらネタデッキ野郎はいっつもそうだ、一発ネタ披露して一笑いありゃ満足ってか、せいぜいストレージあさりながらシコってやがれ、テメエ、死んだからな? くくッ、こんだけ俺をキレさせやがってよ、えぐって、刻んで、すりつぶしてやっからよ、テメエ、覚」「あーヤダヤダ、イキリオタクくんがオスぶってオラオラやってるのほどみっともないもんはないね。チー牛がチーチー鳴いてるだけにしか聞こえないって、なんでわかんないかな」
そして、新たな声がした時もう、タイガの体は動かなかった。
「っ……!?」
驚愕に目を見開くタイガ。だが思考はまとまらず、口さえはっきりとは動かない。
「無限マナなのにさあ、剣10本に十手とバターで自分で殴って殺すってオマエやっぱバカだろ?」
視界の脇から、別の男が顔を出した。満面の笑みを浮かべる男は、ぺしぺし、とタイガの頬を叩き、それでも彼がぴくりとも動かないことに満足したのか、タイガから視線を外す。
「オドさん、協力あんがとね~! 後はなんかまあ、自由に生きてちょ! あ、そうそう、北のレムル王国にサリアさんとグレーテさんいたから、行ってみたらどう?」
それまで謁見の間の隅で闘いから隠れていたオドリックが、ようやくそこで姿を現す。男の言葉を聞いて、心の底から安堵したような息をつき…………つかつか、動けなくなったタイガの前に来ると、胸元から血トークンを取り出し間抜けに開いたままの口に突っ込み、思い切り拳を振りかぶり数十発殴ると、それ以上関わることさえイヤになったのか、無言で去っていった。去り際、魔王を捕縛した2人の男に慇懃な礼だけ残す。
「ダメだよオマエ、オドさんをあんな扱いしてさあ……オドさん、自分の手で殺すって息巻いてたから、なだめるのに苦労したんだぜ?」
まだ、どうして自分が一切の行動を封じられているのかわからなかったタイガだが、それで得心がいった。毒かなにかを、オドリックに盛られていたのだ。だがどうして? 召喚したクリーチャーは自分に絶対服従のはず……。
「…………哀れだね、オマエは。青の役割にクリーチャーのコントロール奪取があることも忘れちゃってるのか。本当に哀れだよ、オマエは」
めまぐるしく表情を変えるタイガを見て男は、深く、深くため息をついた。
「よおダイちゃん、もういいのかい?」
レイラインズの男の方がようやく口を開いた。
「ああ、陽動ご苦労さん。悪かったね、使っちゃって。今度なにかおごるよ」
「いいってことよ、オレはアレさ、一般通過プレインズウォーカーってやつ……でも、そいつどうするんだい? 女神様からの依頼は、もう二度と悪さできないようにしてくれってことで、別に殺しても殺さなくてもいいってことだったろ?」
「うーん、どうしようかな、あんま考えてなかったんだよな……ダイちゃん、なんかアイディアない?」
「そうだなあ……アライくん、《精神隷属器/Mindslaver》使える?」
「もち」
「こいつに《Juzam Djinn》無限体と《マスティコア/Masticore》無限体召喚させるのは?」
「いいけど……テフェリーさんたちがまだどっかで、こいつの支配下にいるからな……毒が消え次第インスタントの全体破壊で逃げられる」
「じゃあ普通に殴り続ける? 《さまようもの/Wandering Ones》無限体とかに」
「うーん、それもいいんだけど、普通に殺すのはちょっとね、ラクすぎ? こいつ、数百万人殺してるんだぜ」
「たしかに…………あ! じゃあさじゃあさ! 《日々を食うもの/Eater of Days》を無限に召喚させるのは!?」
「それは………………どうなるんだ?」
「………………わかんね。でも単純質量でこの世界がヤバいか」
「……いや、《獄庫/Helvault》の中に閉じ込めときゃいいんじゃないか?」
「え、いける?」
「やってみるか」
「やってみよー!」
やってみないでくれ、とも、タイガは言えなかった。
獄庫の中で無限体の《日々を食うもの/Eater of Days》に囲まれ、無限×2ターン飛ばされた大我は、無限と、無限×2はどちらが多いのだろうか、という数学的な思索に耽りながら、歴史の終わりまでを過ごした。
やがて異世界は平穏を取り戻し、タイガにまとめられていたイニストラード人たちがオドリックの指揮の下、魔王領に新たな国を作り、瞬く間に大陸を統一するのだが……それはまた別の話。
〈了〉