次元D:今にも落ちてきそうな満天の星空の下、俺はセックスしなかったサークルの姫と
「元帥でしょ、ロバートと小清水くんとヒュンくん、あと部長と副部長、それからジョージマンとは一回だけだけど、C棟の小講堂で。あ、OBの方の神崎さんとは飲み会抜けて外の非常階段で1回、それからホテルにも行ったっけなー……あの人コスプレ好きでさ~、鹿島風の衣装とウィッグ自前で持ってきててちょっと引いたよね、結構盛り上がったけど」
来週には、世界を終わらせるらしい直径20キロだか200キロだか――2,000キロだったか――の隕石が地球に落ちてくるっていう、8月31日の21時に、どうして俺がこんなヤツと2人でいるのか、果てしなくわからなかった。それも、大学の屋上の鍵をぶっ壊し侵入し、テーブルを広げ、椅子も部室から持ってきて……
「……エンド前、《失せろ/Get Lost》をカニへ」
「対応な~し、カニちゃんは墓地へ~……あ、地図トークンないや」
「これ使え」
「あんがと……ってかキミ、え、マジ、そのバインダー全部トークン!?」
「プレインズウォーカーのたしなみだ」
「へ~すご~、あ、この猫トークンかわいい~~~! なにこれ!?」
「コミケで買った。ターンもらうぞ」
アンタップ・アップキープ・ドロー。
世界の終わりが迫っていても、これだけは何も変わらない。パイオニアはいい。大学生のバイト代でまだなんとかなる範囲だ。就職したらモダンをやろうとは思っていたけれど、今となってはもう、意味のない予定表だ。だから今はこの、タルキールの後の世界に集中する。
相手はLO系……パイオニアでLOってあったっけ? あ、ディミーア切削か。いやでも見る限り青単……まだわからんがこいつのデッキには絶対ジェイスがいるから……なんにせよ長期戦がこちらの土俵、積極的にドローを進めて《厳しい試験官/Strict Proctor》を置いて……いや、じゃあカニに失せろは早計だったか……? いや、合ってるはずだ、カニは根絶やしに……
「…………ってか君、それ、サークルの全員とヤってねえか……?」
「あははは、キミ以外ね。も~さ~、なんでなん? ねえねえ、この際だから教えてよ。も〜、ホンっっト、私がいくら誘ってもつれなくてさ~」
「逆にこっちが聞きてえよ、なんで君はそう、ぽんぽんぽんぽんヤるんだ」
「え~、別にいいじゃん。私、する相手とはちゃんと言うもん、付き合うとかじゃなくて、セックスするだけだよ、って。相手はそれでいいって言うんだからさ、別にいいじゃん? 誰にも迷惑かけてないし」
「いや別に責めてはねえよ、理解不能ってだけだ……青白諜報土地タップイン……諜報は………………上……ターンどうぞ」
「もらいまーす。アンタップアップキープドロー……」
カニ以外のクリーチャーが入ってるとしたら、ローグ連中……いや、オーソドックスな青黒切削のリストは忘れたほうがいいな、あのデッキはLOってより墓地枚数でメリットを得る攪乱的アグロがベースで、普通カニは入らない……この先行3ターン目に何が出てくるかは……
「あ、ラッキー、2マナ、《ヴリンの神童、ジェイス/Jace, Vryn's Prodigy》。」
「…………着地どうぞ」
「あははははっ、そんな露骨にハァ!? みたいな顔しなくていいじゃん!」
「意味がわかんねーからだよ、なんでLOに神童ジェイスが入るんだよ」
「時間稼げるし、墓地の呪文唱えられるし、ジェイスカッコいいし」
「……はあ、最後のが一番わからんな。ギデオンの方がカッコいいだろ」
「え~~~、あんなのタダのマッチョじゃん、くさそう」
「バカ野郎、ギデオンは良いやつなんだよ。ジェイスだって作戦に困った時は自問したんだ。こんな時、ギデオンならどうしただろうか……って」
「え、ギデオンって死んでるの?」
「君なあ、ちょっとはストーリーのことも知れよ」
「知れって言ったって、フレーバーテキストだけじゃわかんないよ、公式サイトのストーリー、なんかちょーーーー読みにくいし」
「なんで君この大学入れたんだよ……」
「あはは、言っとくけど私、TOEIC満点の帰国子女だから」
「じゃあ原文で読めよ」
「イヤっ、もう英語は懲り懲りっ、私は日本で生きてくのっ」
「知らんがな……エンドならターンもらうぞ」
「あ、どーぞ……ねえねえ、それでさ、なんで君、私とシなかったの?」
「………………そっちのエンド前、《考慮/Consider》」
「ねえってば~、けっこ~ショックだったんだけどな~」
「……………………諜報は、墓地。ドロー」
「やっぱ、童貞捨てる時は好きな子とがいい、とか?」
「……アホ」
「あははは、赤くなった~、やっぱ童貞なんだ~」
「あの、あのなあ、当たり前だろ……君がセックスしたこのサークルの面々、童貞でないやつ、いたってのか? こんなクソオタクの集まる、クソオタサーに、童貞以外がいるわけないだろ、常識的に考えて」
「ジョージマンは高校のとき、彼女とバンバンやってたって言ってたよ」
「あの、年がら年中ジャージの元引きこもりがか? 引きこもってた時母親殴ったら自分の手の骨が折れた、というオモシロ悲しいエピソードの持ち主が?」
「え、じゃあウソだったの!?」
「ウソも何も、そういう見栄だろ」
「へ~、男の人は、なんか、大変だね~」
「相変わらず君は……何考えてるかさっぱりわからんな……ターンもらうぞ、アンタップアップキープドロー……」
空に流れ星が走る。ふと見上げてみると、あちこちに見える。まるで……まるで……
「すっごー……ねえねえ、なんか、こういうカードなかったっけ?」
「…………SLD。シークレットレイアーの、テーロスの神様たちのカード。星座モチーフの」
「そうそう! あれ、綺麗だったなー……」
盤上から顔を上げ、星空を見上げる彼女の顔。
壁に吊したLEDランタンの明かりに照らされるその姿は、テーロスの人間味あふれる神々なんかより、ずっと綺麗だった。今にも落ちてきそうな満天の星空よりも、ずっと。
腰まである長い黒髪は艶やかで、流れ星とランタンの灯りにきらきらと輝いている。丁寧に編み込んだハーフアップのツインテールは少し子どもっぽかったけど彼女にはそれ以外の髪型以外、ないように思う。白いフリルブラウス、紐リボン、ネイビーブルーのサスペンダースカートは、たとえようもなく似合っていたし……たとえようもなくオタサーの姫だった。
「SLD……ジョージマンからプレゼントされてなかったか、君?」
「もらったけど、ほら、あの文字しか書いてない土地のセットだった」
「…………あいつアタマどーなってんだ……?」
「あははは、一回私が、おもしろーい、って言ったの、覚えてたんだよ。姫はこの良さがわかる方だから、って言ってさ。まあ……くれるって言うんだからもらったけど」
「……なあ……俺も疑問だったんだが……姫って呼ばれてたのは、君にとって……なんていうか……」
「…………なんていうか?」
「予想内、だったのか? それとも……想定外、だったのか?」
「ん~……? よくわがんにゃい!」
「あのなあ、だから……その、聞いたことあんだろサークルの姫とか、サークルクラッシャーとか、そういうの。君、サークルの外からはほぼほぼ、そういう扱いだったってのを、知らなかったってのはちょい、ムリがあるだろ」
「あははは、それもそーか。えへへへ……まあ……想定内って言えば、想定内かなー……ホントはもっと、うまくやるつもりだったんだけど……」
「…………まあ、うまくはやってたんじゃないか? 結局このサークルは、最後の最後まで、クラッシュはされなかったわけだし……土地置いて……エンド」
いつかはクラッシュしたのかもしれないが、その前に地球がクラッシュするわけだから、気にしたってしょうがない。サークルの連中は実家に帰ったり、旅に出たり、姫を最後のランデブーに誘って断られたり、いろいろだった。けれど誰も最後まで彼女を悪く言ったり、憎んでいたり、そんなことはなかった。連絡がとれないのを悲しそうにしてたけれど。
俺は世界が終わるまで特にやることも、やりたいことも、やるべきこともなかったから……誰かいるかな、と思って大学の部室に行ったら彼女と出くわし、そしてなんだかんだでここに至る、というわけだ。
「それは……まあ、そういうの、ちゃんとしたもん。セックスするけど別に、それは……なんていうの、ほら、こういうフリプと同じで、特に特別な意味はないよ、って、する前に絶対ちゃんと言ったし」
「フリプはセックスだったのか……」
「あははは、すごいね、じゃあ大会はなんだろ、公式セックス?」
「やめろやめろやめろ、カドショが特殊性癖の集いになってしまう。プレイヤースポットライトカードが全然別の意味になってしまう」
「あははははははっ……はー…………ねえねえ、それでなんで、私とセックスしてくれなかったの? そんなに私のこと嫌い?」
「………………君のターンだぞ」
「だから言ってんの。ねえ、なんで?」
「…………なんでって……だから、童貞だからだよ。童貞だから、セックスは彼女か、奥さんとするものだと思ってるし、付き合ってもいないのにそういうことをするのは、良くないこと……というより、そういうことをしたら、自分が嫌ってきた連中と同じになってしまう、と思っているから、か……」
「でもさあ……みんなおんなじ感じだったよ、君と、そういう考え方」
「まあ、全員童貞だったんだろ? じゃあ似たようなもんだろ」
「でも、距離詰めてさ、ボディタッチ多めにして、肯定してあげて、こっちから誘ったらみんなオッケーしてくれたもん。君だけだったんだよ、部屋飲みで二人きりになって、ノーブラでぎゅってして、しようよ、って言っても、断ったの」
「ケッ、情けない連中だぜ、それぐらいで自分の信念を曲げるなんてよ」
「信念なの?」
「意地ともいう。ターン、進めてくれませんかね?」
「いやっ。ねえねえ、じゃあ今さ、しよ、って言っても……ダメ……? どうせもう世界は終わるんだし、このままじゃ、童貞のまま死んじゃうよ……?」
「…………ジャッジー! ジャジャジャジャジャッジー! 遅延行為とセクハラですー! ジャッジー!」
「もー! なんで逃げるの? 怖いの? あ、怖いんでしょ! それかちんちんめちゃめちゃ小さいとか! 小さくてむけないタイプのヤツだとか! あと、あと、マジのロリコンで1桁相手じゃないとダメだとか! うんこ好きとか!」
「俺のちんちんは肩にかつげるぐらいですぅ~、昨日は人妻モノASMRの脅迫陵辱快楽墜ちシーンでシコりましたぁ~、あとうんこはオモシロだから好きですぅ~、べろべろばぁ~のうんこちんち~ん」
「ばーかばーか! ばーか!」
「……ったく、なんでそんなにしたがるんだよ、君は、そもそも。セックスなんて君にとって、別に大したことじゃないんだろ? じゃあ別に、しなくてもいいじゃないかよ」
「大したことなくはないもん。気持ちいいし、男の人のセックスしてる時、なんか必死になってくれるの、好きだし。私でそんなになってるんだ、って思うと……こう……なに? 承認欲求? みたいなの、みちみちー、って満たされるし」
「じゃあもう満たされたろ、サークルのほぼ全員とヤったんだろ?」
「足りないもん。君とだけしてないもん。だからしたいんだもん。今だってそうだもん」
「もんもんもんもん言いやがって……別に俺じゃなくたっていいだろ、世界滅亡まであと1週間あるんだ、承認欲求を満たしつつセックスできる相手なんて、いくらでも見繕えるだろ、君ぐらい可愛いなら」
「………………そーだけどー……」
「ったく……あのなあ、そもそも…………そもそも、セックス以外に、いろいろ、あるだろ、もっと」
「お、童貞がなんか言ってますね」
「だっかっらっ、そういうことじゃなくてっ、だから……セックスだけなのかよ? なんかこう、もっと、いろいろ、あるだろ?」
「いろいろってなに」
「いやだから、別に、普通にカレシ作って、そいつとイチャイチャするとか、そういうのじゃ、ダメだったのか?」
「……あのねー、本当に好きな人と付き合えるなんて、そんなの、それこそ幻想だよ。たいていみんな、たまたま付き合っただけの相手を、私はこの人が好きなんだ、って自分を騙してやってくの。男も女も、みんなそう。でも、私はそんなのイヤなの」
「……だから、別に、世の中の全員、恋愛しなきゃ、ダメなのか?」
「恋愛しないで何するのさ」
「だから…………ジェイスのことを考えるとか、モダンのライブラリーアウトはどうだろうって試してみるとか、マジックじゃなくても、面白いゲームに本は山のようにあって、美味いメシだって腐るほどあるだろ、なんでそんな……恋愛関係ばっか……」
「それが一番面白いもん。しょーがないじゃん。私はそーゆー人間なの……それにジェイスのこと考えろって、なに、私に夢女になれと?」
「ちげーよ、だから…………だから……」
「だから?」
「…………アモンケットでボーラスにボコられて、記憶喪失になってイクサランに飛ばされて無人島で死にかけてたジェイスが、幻で作り出したリリアナと会話してる時は、どんな感じだったんだろう、とか…………ヴラスカに拾われて、海賊船の甲板で、彼女と話している時、どんな顔をしてたんだろうとか……平和になったラヴニカで2人がコーヒーを飲む時は、どんな会話をするんだろうか、とか、別に、別にマジックじゃなくても……」
「……ちょっと待って、え、ジェイスってヴラスカとくっつくの!?」
「……なんで知らねえんだよオマエ……」
「だってだってヴラスカってヘビじゃん! ヘビ女じゃん!」
「マジックの世界じゃ特に変わった外見でもないだろ。それにあの2人は、MTG内でもベストカップルの呼び声が高い公式カップリングだぞ」
「え、なんで? なんか、アレでしょ、ヴラスカってワルモンじゃなかったっけ? ジェイスはイイモンでしょ?」
「小学生か君は……だから……」
それから俺は彼女に、ジェイスとヴラスカのことを話した。対戦はすっかり置き去りになってしまったけれど、今はそれでよかった。
俺なりに、真剣に、話した。
ヴリンの天才児としてのジェイスの生い立ち、悲劇的な灯の目覚め、そしてヴラスカの生い立ち、ラヴニカ次元の概況、ゴルガリの死生観とヴラスカの矜持……そして、イクサランでの数奇な巡り合わせと、まるで冗談のような、だからこそ、奇跡みたいな船長と航海士としての時間、そして灯争大戦。ボーラスの遠謀とギデオンの犠牲。リリアナの奮起。あとニッサのせいでぶっ壊れたヴィトゥ=ガジーに、灯争大戦の間中、誰かを探しているような素振りだったナヒリ、もちろんテヨトラット、テヨとラットのことも……夜がとっぷりとふけゆくまで、たっぷり話した。
俺が語る壮大なMTGの物語を、彼女は時に息を呑み、時に首を振り、時に涙ぐみ、最後までしっかりと聞いていた。こんなに気持ちよく誰かと話せたのは、生まれて初めてだった。灯争大戦を超えファイレクシア辺りまで語りたくなってしまったほど。
「…………へー……じゃあ、この後、ジェイス、酷い目に遭っちゃうんだ……かわいそ……」
きらきらした目で、盤上にいた神童ジェイスを見つめる彼女。
「プレインズウォーカーの灯の目覚めはたいていそうだよ。アジャニは兄貴をボーラスに殺されて、チャンドラは目の前でバラルに父親を殺されて母親も燃えちゃって……ギデオンは……あいつは……自分の驕りのせいで仲間をみんな失って……たいていそんなだよ」
「…………ってか、さ……」
彼女はジェイスを置き、盤上のカード1枚1枚に、目を配る。
「ひょっとして……こういう土地とかにも……ストーリーが、あったの……?」
「あるやつないやつあるし、まだないやつが多いだろうけど……ショックランドは、たいてい、その色のラヴニカのギルドの本拠地的なところだよ。青白ショックはたしか、新プラ-フっていう、アゾリウス評議会の本拠地的なところ……灯争大戦でドビンとチャンドラが対峙して、引っかけられてラザーヴさんのスリケンを目に受けたのはたぶん、ここの最上階とかそんなニュアンスの場所だった気がする」
「………………」
彼女はそこまで聞くと、何も言わず、急に、俺の手を取った。
「へぁ、ちょ、な、なんだよ」
「ねえ……あのさ……」
「…………しないぞ」
「うん、知ってる……あの……」
あれだけ明け透けに性の話をしてたというのに、今更何を恥ずかしがることがあるのだろうか? 頬を染めて、うつむき、ちらちらと上目遣いにこちらを見るその仕草は……その仕草は、俺でなければヤられてしまっていただろうが、俺にそんな、あからさまな姫仕草は通用しないと……
「もっと……教えて、くれないかな、こういうの……」
「…………は?」
「だから、その……ストーリーのこと。ほら、もう、ネット通じないでしょ、調べようって思っても、ムリだし……だめ? あの……えーと、さ……その、だから……あー……あの……」
両手が、俺の右手を包み、潤んだ瞳が、俺の目を見据える。
その頬は、いつの間にか、場にあればクリーチャーに速攻と+1/+0修正を与えそうなほど紅く染まっていて。
タップしたら何かしら数パーマネントに影響を及ぼしそうな深い色の瞳が、俺を見る。
「……っていうか……世界が終わるまで、一緒にいたいんだけど、だめかな……?」
俺は顔を真っ赤にして、首を縦に振ることしかできなかった。その後しばらく、オレたちは無言で、ただ、握り合った手と手で、お互いの体温だけを感じていた。空は相変わらず、今にも落ちてきそうな満天の星空で、流れ星はケーキの上に降る粉砂糖のようだった。
「…………これ……俺、落とされたってことになんの?」
「あはは、私、じゃない?」
〈了〉