05 東京の《対抗呪文/Counterspell》[EMA]
田町の《サメ台風/Shark Typhoon》。
浜松町の《創造の歌/Song of Creation》。
新橋の《石の雨/Stone Rain》。
有楽町の《黙示録、シェオルドレッド/Sheoldred, the Apocalypse》。
道を行けば行くほど、アートは見つかった。どれも巨大で、駅前でなくても大きな国道に描かれているのもあった。上に上げた4枚だけじゃなくて、品川を出発してから計10枚は見つかった。
《黄金架のドラゴン/Goldspan Dragon》は東京大学のキャンパス。《苦花/Bitterblossom》は水上バス乗り場。《血染めの月/Blood Moon》はヨドバシカメラ。《この町は狭すぎる/This Town Ain't Big Enough》は浜離宮。《時を解す者、テフェリー/Teferi, Time Raveler》は東京タワー。《巨像の鎚/Colossus Hammer》は銀座の大通り。
フレーバーテキストのないカードもあった。古いカードもあったし、新しいカードもあったし、有名なカードもあったしそうでないカードもあった。高いカードもあったし、安いカードもあったし、僕が好きなヤツも、嫌いなヤツもあった。一体全体《時を解す者、テフェリー/Teferi, Time Raveler》を描くなんてどういう神経をしてるんだ?
僕は正体不明のアーティストの足跡をたどりながら、徐々に徐々に、少しずつ、何かが分かったような気がした。
そして東京駅に到着して、動く人影を見つけた時。
ゆっくりと自転車を走らせ、人影に近づく。そいつは駅前の広大なスペースに陣取り、地面にかがみ込みながら、せっせと手を動かしている。
ペンキはねでスゴいことになってるクリーム色のつなぎを着たその人は、僕の自転車が近づいている音に気付いていないのか、それとも気付いていてもどうでもいいと思っているのか、顔は上げなかった。
数十メートル地点まで近づいて、人影が男性だとわかる。僕と同い年ぐらいの、二十代中盤の、これといって特徴のない男。影の薄そうな顔が、少し唇を尖らせながら、せっせせっせとアートを地面に塗り込めている。
僕は数メートルの距離に陣取って、そこで自転車を止めた。
自転車を止めて、そのアートを眺めた。
《対抗呪文/Counterspell》。
ジェイスが花火みたいになってるアートのカンスペ。男は今まさに、その花火みたいなマナを、ピッピッピ、と散らしている最中だった。手はせわしなく動き続け、僕の目にはもう完成しているようにしか見えないそのアートに、男はまだ手を加えていく。
それから数十分してようやく満足したのか、男は大義そうに、ふう、と大きな息をつき、顔を上げた。脇のバケツにブラシを放り込み、数歩下がってアート全体を見据える。その出来栄えに満足したのか、うんうん、と頷き、ポケットからタバコを出してくわえると、慣れた手つきで火をつけた。
僕は、一体いつぶりに生きて動いている人間を見たのか必死で思い出そうとして、すぐやめた。それをはっきり思い出したら、きっと、泣いてしまう。今だって、男が一言でも喋れば、ぼろぼろと泣いてしまいそうだった。
生きている人間。
生きて動いている人間。
生きて動いて、MTGのアートを描いた人間。
「…………どんなもんだい?」
男はタバコをうまそうにふかしながら、僕の方は見ずに言った。僕の存在にはとっくに気付いていたはずだけど、それが男から出た最初の反応だった。
人の声が僕の鼓膜を震わせ、僕は喉が詰まって何も言えなくなった。けど、なんとか深呼吸して、答える。
「なあ……一個だけ、聞いていいか」
男はニヤニヤ笑いながら自分のアートを、カンスペのアートを眺めながら、黙って頷く。
「どうして、描いたんだ?」
僕はもう、その答を知っている気がしたけれど、男の口から聞きたくて、問いかけた。
数秒の沈黙の後、ちらり、男が僕を見た。自転車にまたがったままの僕の姿は、男にはどんな風に映っただろうか。できれば、まっとうな人間に見えてるといいけれど……イゼットのTシャツなんて、着てくるんじゃなかったかな、いやむしろいいか。
「MTGを、マジックを、やっていたいからだよ」
男はそう言って、一息、大きくタバコを吸うと、ピッ、と指で弾いて捨てる。くるくると円を描いたタバコは、道路に落ちてコロコロ、かさかさ転がった。崩壊後の世界の、誰もいない東京駅前にその音は、やたらと大きく響いた。
「あんたは、どうしてここまで来たんだ?」
男が僕に歩み寄ってきて、尋ねた。
僕はその答を数十通りも思いついたけれど、どれも本当には思えなかった。数十秒黙りこくってしまって、男の顔を見る。本当に、これといって特徴のない顔だった。イベントで対面になったとしても、試合後には即座に忘れているだろう、そんな顔だった。
でも、そこで気付いた。だから、言った。
「MTGを……マジックを、やっていたいからだよ」
僕の答に、男はにんまり、チェシャ猫みたいな笑みを浮かべた。
ああ。スパイクみたいに紙をしばくだけじゃない。ティミーみたいにデカブツをたたきつけるだけじゃない。ジョニーみたいに電波を受信するだけじゃない。ヴォーソスみたいに背景世界を探求するだけじゃない。
ふとした瞬間。日常の、隙間、隙間。
怒り狂うゴブリンのフレーバーテキストを思う。武器職人トッゴについて思う。ドカバキの歌を思う。
シェオルドレッドの価格を思う。統率者としての可能性を思う。ミッドレンジでの使い方について思う。
ギデオンはもう死んでいるんだよな、と思う。テヨくん今どうしてんのかな、と思う。ボーラスとウギンは2人でなにしてんだろ、と思う。
ショップにいたヤバイヤツを思う。そいつ自分との違いを思う。いつまで自分はマジックをやってるんだと思う。
カードを処分したらいくらになるかな、と思う。しないだろうな、とも思うし、してみようか、とも思う。
世界が崩壊して、MTGのアートをでっかく駅前に描こうと思う。
そのアートを、アートを描いたヤツを追いかけようと思う。
あらゆる瞬間。日常のあらゆる隙間。
僕らはMTGをやっている。
マジックにふれている。
魔法にかけられ続けている。
世界が崩壊したって、魔法はいつまでも、解けることはない。
それを呪いと呼ぶか、祝福と呼ぶかは……まあ、気分次第だけど。
「…………デッキ、持ってる?」
僕が男に問いかけると、男は大笑いした。
「今までのアート、何も見ないで描いてたと思ってたのかよ!」
とりあえず今日のところは、祝福と呼ぶことにしたい。
「カード資産は全部持ち歩いてるんだ、俺」
「そりゃまた……ところで、どういう基準で選んでたんだ? 結構謎だったんだけど」
「ハハ、そりゃ悪いことしたな。基準なんてないよ。俺の好きなカード、友達が好きだったカード、初めて引いたレア……ま、色々……そうだ! 秋葉原に何描こうか迷ってたんだけど、アンタの好きなヤツを描こう! なんにする!?」
〈了〉




