転生したらラヴニカだった件 その⑨
「ラルさん、ラルさん、ラルさんラルさんラルさん! ぶつ、ぶつ、ぶつかりますよラルさん! ラルさんってば!」
「慌てんなよウガジン! ぶつからねえさ!」
「でででも、この、このままじゃ、や、やだ、いやだーッ!」
「ハハハハハハハ! ぶつかるわけねえだろ!」
風を切り、風が巻き、雷鳴が轟き、叫ぶ。
「ぶつけるんだからなァァァァ!!!!」
「ラルさん、ラルさん、アアーッ!!!!!」
……あれぇぇぇぇぇぇ! と、叫ばなかっただけ褒めてほしい。僕らを乗せたグライダーは、ニヴィックスからとんでもない速度で空を駆け、へたしたら2分もないぐらいで目的地へ到着した。東京都庁――改め、新々プラーフ。さっきドムリが入り口辺りで散々暴れ回ってた場所の、最上階の、ある部屋に。
ぐわしゃぁぁぁぁぁん、とガラスの割れる凄まじい音と衝撃、そしてラルさんがグライダーから僕を背中につけたまま飛び降り、部屋の中に転がり落ちる。ばらばらとガラス片が降り注ぐけど、ラルさんの気遣いか、雨交じりの暴風で吹き飛ばされる。できれば人を背負ったままガラスに突っ込まない方向に気をつかってほしいけど、あんまり贅沢は言えない。
「ようバーン! そちらのお客様にイゼット超速便がお届け物だ!」
グライダーは壁にめりこむ寸前、空中の青と白のルーン魔方陣に捕らえられ、その速度を全て失っている。背後にはプロビデンスの目によく似た、アゾリウスの紋章。その前の大きな執務机に座り、そよ風が吹いた程度に眉を上げるヴィダルケンの男と、その背後にもう一人。
「ザレック。色々と予想はしていたが、君は私が想定したより、些か知能の面で問題があるようだ」
大きなため息をつくドビン・バーン。けど、ラルさんは笑う。僕はようやく立ち上がって、そんな二人と、背後の一人を眺める。
「少なくとも俺は、オマエみたいに自分が完璧だとは思ってないさ」
「少なくとも私は、君のように自分が正しいとは思っていないがね」
「そうかい? 俺は正しさなんて求めちゃない。ただ元のラヴニカの方が気に入ってるだけでね」
「そうかね? 私も完璧ではなくそれを求めているだけだよ。こちらの方がより近いと思ってね」
この期に及んでまったく落ち着き払っているドビンは、テーブルの上でアニメの司令官みたいに手を組んでいる。
「まったく、気にくわない野郎だ」
「同意する。君は癇に触る人間だ」
2人は睨み合い、その中間に向け空気が圧縮されているような緊迫感が走る。そして。
「…………ジョニー」
スパイクはそんな2人が目に入っていないかのように、ただ、僕だけを見つめている。
「……………………スパイク……?」
10センチぐらい縦に押しつぶしたみたいな固太りの小太り。一重の目が、良く言えば異様に鋭くて、悪く言えば異様に目つきが悪くて、指紋だらけの黒縁眼鏡越しでも、こいつは世界に対し、自分に対し、1回たりとも満足したことないだろうな、って思う。不満や怒りを燃料に動いて、より多くの不満や怒りを体の内側に押し込んでく。そんな生き方だろう、って思わされる。灰色のスウェットはだるだるで、履き古しのジーンズはビンテージじゃなくてただボロい。
初対面だ。もちろん。
でも、まるで初対面の気がしない。
向こうもきっと同じだろう。彼が絵に描いたような小デブタイプのカードゲームオタクなら、僕は僕で、絵に描いたようなガリガリタイプのカードゲームオタクだ。小心者で、ビビりで、どこか虫じみてるけど、昆虫の中でも食物連鎖の下の方にいるようなタイプ。
「ふふ、物事がこうも思い通りに運ぶと、むしろ警戒してしまうな」
スパイクが言う。外見に似合わない、物静かな口調だった。
「……あんた、何がしたいわけ?」
僕は尋ねる。
結局のところ、僕はこのラヴニカが好きじゃない。
サイバーパンクな街はネオ神河で間に合ってるし、魔法の世界に銃があるのはやっぱり興ざめだ。グルールが爆弾を持ってたら単なるテロリストだし、ボロスが暴徒鎮圧放水車を持ってたらそれはただの警察だ。第一、それをスパイクがやるのはまるで余計なお世話だ。
「ヴォーソスの呪い、と聞いたことはあるかい」
「…………あんたが言ってた、って聞いたけど」
「そうだね。そしてそれはウソなんだ」
「は?」
「言ったとおりだよ。ウソだ。そんなものはない。ラヴニカに銃がないのは、ただ、ないからだ。特に理由はないんだ。宇宙人が地球に来たらきっと、似たようなことを尋ねるだろう? どうしてこの星にはファンモロゲッチがないんだ、それでどうやって生きていけるんだ、不自然だから何らかの作為があるはずだ、というようなことをね」
くすくす笑うスパイクに、背筋がうすら寒くなった。いや、怖いとかそういうのじゃなくて……共感性羞恥、ってやつだ。
自分の変わり者、奇才っぷりをアピールするため、漫画かアニメで覚えた犯罪者のマネをしてるようにしか見えないしゃべり方や笑い方を、スパイクはしてた。僕みたいなクソキモ陰キャオタクくんがやりがちだけど……いざそれを他人がしてるところを見ると、率直に言って死にたくなる。
でも同時に。
スパイクがその演技を、かけらとも演技と思ってやってないのもわかった。傍目にはヘッタクソな、まるでエロ動画で学生服着てるおじさんの男優さん並の演技にしか見えなかったけれど……少なくとも彼は、心の底から、言いたいことを言いたいように言っているだけだ、とわかる。そんなのは生まれて初めてだった。
「じゃあ、あんたは、いったい何のために、どうやって……」
「君だよ、ジョニー」
「僕?」
「君で、最後なんだ。それで私の願いがかなう」
「あんたの願いとは」
「Eだ」
「は?」
「君が、最後の、Eなんだよ、ジョニー」
「Eって、アルファベットの、E?」
「わかりやすくしようか」
頬で笑ったスパイクは、大げさに手を広げる。不思議に光り輝く指先が、宙に文字を描く。
F.I.R.
「私がF。イクサランをうろついていたティミーがI、ネオ神河にへばりついてたヴォーソスがR。ジョニーがE、四人にわけられた次元改変の力を合わせれば、君を殺してEを手に入れれば、私が多元宇宙の神となる。改変ではなく、新たな次元の創生さえ可能となるだろう。私はそこで、完璧な世界を作る……バーンくんの手を借りてね」
色々と突っ込みたいことはあったし、なんでだよ、と叫びたくもなったし、どういうシステムなんだよとぼやきたくもなったけど。
納得は、してしまった。
カードパワーの低下による売上鈍化を恐れるあまり、オーバーパワーが過ぎる禁止カードを連発し、挙句の果てにはヴィンテージ以外すべて出禁の史上初のカードさえ刷ってしまった、一時期のMTG開発コンセプト、F.I.R.E。2人殺して成長して、次元丸ごと改変できるぐらいパワフルになった自分の転生チートを、なぞらえて呼んでるだけだろうけど。
「ああ、そういう……」
「納得してもらえたならよかった。同郷の者をむりやり殺すのは、あまり好きになれなくてね」
「でも、さ、違うぜ」
「なにが?」
「僕の力。そんな御大層なチートはもらってない」
「ほう? では、どんな?」
|物事がこうも思い通りに運ぶと《・・・・・・・・・・・・・・》、|むしろ警戒してしまうな《・・・・・・・・・・・》。
僕は大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「ジャッジー!!」
そして、スパイクは止まった。スパイクの中の時計が、完全に止まった。今や彼は、僕が力を解くまで何も認識することはできない。
僕が得ていた転生チート〈ジャッジ・コール〉は、あらゆる事象を一旦停止させる。次元改変だろうが、人間だろうがなんだろうが。強力すぎるとも思ったけれど、これぐらいの力がないと、自分のオリジナル次元なんて作れるようにならないんだろう。でも。
あっけにとられているドビンを尻目に僕はスパイクに歩み寄り、聞こえてないだろうけど言ってやった。
「オリカの話は、家でやっててくれよな」




