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第十六話 昔の夢と、今

 孤児院で過ごす夜はいつもお腹が空いていた。寂しい、寒いと誰かが泣き出せば、慰めるのは小さなリアの役目。

 歌詞が間違っていても、音が少し外れていても、子守唄を歌えばみんなが喜んでくれた。そうして眠りに落ちる家族の顔を眺めるひとときが特別だった。

 夢の中の歌声が、やがて薄れていく——光が潰えるように。


 夢から覚めると、そこはあの寂れた離宮ではなく、シュルテンハイム侯爵邸の一室。その事実にどこか安堵しながらオフィーリアはゆっくりと身体を起こす。

 悪夢に苛まれることはあっても、昔の夢を見たのは久しぶりだった。


 懐かしい、家族たちの顔。繋いだ手の温もり。裸足で裏路地を駆け回っていた日々は、もうずっと昔の出来事のよう。

 初めて歌で対価を得た日のこと。手のひらに感じた太陽色の二枚の硬貨。道端で歌い、わずかな小銭やパンを孤児院に持ち帰ったこと。

 かつて胸いっぱいに広がっていた歌声は、何も響かない空洞だけを残して消えてしまった。まだその事実のすべてを受け入れることはできないけれど、それでも、自分の歌声を聞けたことが嬉しい。まだ痛みはあっても、それだけじゃない。そう思えるようになったのも、ここでの穏やかな生活があるからだ。

 

 オフィーリアは枕元に置いていた、小さな布袋に手を伸ばす。

 毎朝テオバルトから届くカードには花が添えられていて、飾りきれないものは乾燥させてサシェにしている。

 小さな布袋に詰めて侍女たちに渡すと、とても喜んでくれた。彼の優しさは、こうして周りの人たちにも伝わっていく。

 

(テオバルト様は……きっと私に酷いことをするひとじゃないわ)


 そう信じてもいい——ようやくそう思える自分がいた。

 この屋敷に来た当初は、男性というだけで恐怖を感じていた。けれど彼は決して近づきすぎることなく、いつも適切な距離を保ってくれている。

 カードに添えられた短い言葉にも、押し付けがましさは一切ない。そうした積み重ねが、少しずつ心の氷を溶かしてくれた。


 でも、孤児である出自や声を失ったあの夜の出来事を知られたら、今のような優しさを向けてもらえるだろうか。その不安だけは常に胸の奥で燻っている。


(これがいつか終わる夢でもいい。この場所で過ごす時間を……もう少しだけ信じてみたい)


 窓の外では、庭の花々が穏やかに風に揺れている。あの花たちのように、自分もこの場所で静かに息をしていてもいいのかもしれない。その思いが、胸の奥で小さく芽吹いていた。

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