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百二十三話 恋を灯す残夏

 侯爵邸の庭は明るく華やかだった夏から、落ち着いた深い色へと移り変わりつつあった。以前植えた白薔薇も、今は花を終えて葉だけを残している。

 柔らかな日差しの中、オフィーリアは円卓を挟んで向かい側に座るレオニーへ目を向けた。彼女は少しだけ居心地悪そうに座っている。

 護衛がつくようになってしばらく経ち、少しずつその生活にも慣れてきた。レオニーの明るくこざっぱりとした性格は新鮮で、もう少しゆっくり話をしてみたいと思った。思い切ってお茶に誘ってみたのも、そんな気持ちからだった。


「こういう場は久しぶりでして。無作法があってもお許しください。こんな仕事していると、ドレスさえ着る機会がないんです」


 レオニーはからりと笑った。そう口にしながらも、その立ち居振る舞いにおかしなところはない。


「近衛は大変なお仕事ですものね」

「軍よりはまだ気楽ですよ。それほど危険な任務もありませんし、基本的に公都勤務ですしね」

「……やはり軍のお仕事は危険が伴うものですか?」

「そうですね。任務にもよりますけど、実際に戦場へ出れば多少の怪我は付きものです。まあ今となっては、軍も暇みたいですけど」


  数年前に北方との問題が片付いて以来、大きな戦いはないのだという。長年に渡って小競り合いが続いていた北方との和平交渉に尽力したのは、他でもないテオバルトだ。

 ここしばらくはまた北方連合が騒がしいという話を耳にしたが、それも無事に解決したらしい。交歓会でそのような話を耳にした。


「だから近衛の入隊試験もかなり変わったんですよ」


 添えられた菓子を摘みながらレオニーが続けた。これまでは軍で実戦経験を積んでから推薦を得て近衛へ選抜されていたが、その条件を満たすのが難しくなったため、より実力を重視するよう基準が大きく変わった。

 近衛は大公家の護衛もするので、確かに実力が伴わないと務まらないだろう。城の警備や貴族や要人と接する機会もあるなら、それ以外にも求められるものは多いに違いない。


「ではアイゼンベルク卿は、制度が変わる前に近衛に?」

「はい。私は運良く、実戦経験有りの旧制度で滑り込めました」


 レオニーは胸元で煌めく徽章を指で撫でた。

 その隣から、ベルナが空いた皿へ何個目かの菓子を乗せる。


「親がそろそろ帰ってこいとしつこくて。結婚させたいんでしょうけど、私はそういうの興味ないんです。体を動かしている方がよっぽど楽しいので。——軍に比べれば近衛は平和ですし、名誉職かつ公都勤務なので、良い落とし所でした」


 貴族に生まれたからには家のための結婚を。

 そんな考えが当たり前の世界で、こうして自分の道を貫いていくことは容易ではないはずなのに、さらりと言ってのける姿はどこか清々しかった。


「閣下もそういうお考えの方なんだと思っていましたけど……ねえ。間近で色々と見せつけられて、認識を改めました」


 レオニーがちらりとベルナの方を見た。紅茶を淹れながら、ベルナは何も言わず、ただ小さく頷いている。二人の間には何か通じ合うものがあるようで、オフィーリアの頰が一気に熱を持つ。


「み、見せつけるだなんて、ことは……」


 否定しようとして、言葉が続かない。

 最近、彼の前だとつい表情が緩んでしまう。二人きりで過ごせる時間はそう多いわけではないけれど、そばにいるだけで、心が浮き立つような気持ちになる。

 しかしベルナならまだしも、知り合って日の浅いレオニーにまでそう思われているのだと思うと、急に恥ずかしさが込み上げる。


「いえいえ、そのお気持ちはわかりますよ。先日の稽古でもそうでしたけど、閣下、素敵ですからね。目が離せなくなるのも当然です。——次の機会があれば、またご覧になります?」


 レオニーが悪戯っぽく笑う。揶揄われているとわかっても、稽古と言われた途端、あの日のことが鮮やかに蘇った。

 頬の熱と共に首筋がちりりと焼けるような気さえしてきて、思わずその場所に手で触れる。


「アイゼンベルク卿。奥様がお困りです。そろそろお控えください」


 ベルナが穏やかに、けれどはっきりとした声でそう言ってくれる。

 「大変失礼いたしました」と、レオニーは悪びれる様子もなく肩をすくめた。 


「でもほら、自分の恋愛に興味はなくても、他人の恋愛はまた別なんですよ。ねえベルナ?」

「否定はしませんが、私はお二人の幸せをお傍で見守っていけたらと思っておりますので」


 レオニーに向けていた視線をこちらに移して、ベルナが柔らかく微笑む。

 揶揄われるのは恥ずかしい。けれど、嫌な気持ちにはならなかった。二人とも悪意があるわけではなく、むしろ温かな眼差しで見守ってくれている。それがなんだか、くすぐったくて、嬉しかった。


「それ、召し上がらないなら私がいただきましょうか?」


 自分の紅茶を飲み干したレオニーが、こちらの皿を見ながら言った。ふざけ半分の口調だったが、本気でないとも言い切れない。

 それを聞いたからか、先程まで一つずつ丁寧に給仕していたベルナが横からレオニーの皿に菓子を二つ三つまとめて乗せる。

 テオバルトも食べる量は多い。体を鍛えている人はそういうものなのかもしれない。そんなことを考えながら、オフィーリアは小さく笑った。

 皿の上の菓子を一口、口に運ぶ。いつもより美味しく感じるのは、きっと気のせいではなかった。

 

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