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百二十一話 燃える琥珀の弧を描く

 稽古は裏庭でと聞いて向かっていると、近付くにつれ金属の打ち合う鋭い音が聞こえてくる。顔から血の気が引くのを感じ、オフィーリアはレオニーに尋ねた。


「剣——本物の剣を使っているのですか?」

「ご心配なく。刃は潰してありますから、大怪我はしません。まあ、思い切り打ち込めば打撲くらいはするでしょうけど


 大怪我はしなくても、怪我をすることはあるかもしれない。そう言われて安心できるはずもなかった。

 角を曲がると、剣を手に向かい合って立つテオバルトとディルクの姿があった。そのまま歩いて行こうとするレオニーの腕を引いて、オフィーリアは建物の陰に身を寄せた。


「二人の邪魔はしたくないんです」

「邪魔? むしろ励みになると思いますが」

「……ここから少し様子を見られたら十分です」


 レオニーは肩を竦めながらも、オフィーリアに倣って身を隠す。そうして改めてオフィーリアは稽古の様子を伺った。

 刃を潰した剣はそれでも陽を受けて鈍く光っている。二人は剣を構えたまま、距離を保って立っている。先に踏み込んだのはディルクだった。胴を狙った一撃をテオバルトは軽く受け流し、すかさず切り返すと、ディルクはそれを辛うじて防ぐ。


「遅い! 隙を見せるな!」


 テオバルトから迸った厳しい声が空気を震わせた。オフィーリアの知るテオバルトとはまるで違う、容赦のない声音。

 ディルクは黙って頷き、素早く構え直した。じりじりと間合いを詰める動きにはどこか慎重さが伺える。瞬きの間に、ディルクが剣を振り上げてテオバルトへ飛びかかる。何度も素早く打ち込まれる攻撃のそのすべてを、テオバルトは涼しい顔で捌いていく。

 剣と剣がぶつかり合うたびに硬質な音と石畳を踏みしめる靴底の音が響き、その合間にテオバルトの叱咤が飛ぶ。オフィーリアが思わずドレスのスカートをぎゅうと握り込むと、その肩にそっと手が置かれた。


「あれで閣下は十分に手加減してますよ。ディルクも頑丈ですし、心配いりません」

「手加減? 本当に?」

「もちろん。閣下に本気を出されたら、私たちなんて相手になりませんよ」


 今はその言葉を信じていたかった。視線の先で、ディルクが再び踏み込む。上段から振り下ろされた剣をテオバルトが受け止め、鍔迫り合いになる。しかしテオバルトはあっさりと剣を滑らせると身を翻して切り込んだ。その切先が、ディルクの制服をわずかに掠める。


「浅いぞ。重心を落とせ!」

「はい!」


 オフィーリアは握り締めていた指先から、ほんの少し力を抜いた。テオバルトが怪我をすることはない。そう思うと、多少は落ち着いて二人の動きを目で追える。

 攻撃を仕掛けている回数はディルクのほうが圧倒的に多いのに、彼のほうが追い詰められているように見えるのが不思議だった。

 陽光を受けて、テオバルトの金褐色の髪が揺れる。普段の穏やかな彼からは想像もつかない、鋭く研ぎ澄まされた動き。相手の剣を見切り、最小限の動作で捌いていく姿は、美しいとすら思えた。

 

 一呼吸置いて、ディルクが大きく踏み込んだ。テオバルトの剣が動いたと思えば甲高い音が鳴る。ディルクの剣が弾き飛ばされ、地面に転がった。


「……参りました」


 ——唸るようにそう言ったディルクの首元に、テオバルトの剣の切先が突きつけられている。


「悪くはなかった。次はもう少し冷静に相手を見るといい」


 テオバルトが剣を鞘に収める。その姿を見ながら、オフィーリアは自分がずっと息を詰めて見入っていたことに気づいた。

 建物の壁に背を預け、ゆっくりと息を吐く。気を抜いたらその場に座り込んでしまいそうだった。壁に預けた背中から、自分の心臓の音が伝わってくるような気がする。


「オフィーリア様、大丈夫ですか?」

「大丈夫……はじめて見たから、少し、驚いてしまって」

「すみません。少し刺激が強すぎたかもしれませんね」


 裏庭では、テオバルトが何かディルクに話しかけていた。距離があって言葉までは聞き取れないが、その表情に先程までの厳しさはもうない。


「終わったみたいですね。行きましょうか?」


 レオニーが当然のようにそう言った。テオバルト達のところへ、という意味だろう。けれどオフィーリアは小さく首を横に振った。


「……私、部屋に戻ります」

「え? では、お部屋までお送りします」

「大丈夫です。アイゼンベルク卿もこのあと稽古ですよね。どうぞ行ってきてください」


 レオニーが一瞬きょとんとする。その反応が、今の自分がどれほど不自然な行動をしているかを物語っているようだった。

 ここまで来たのに、稽古を盗み見て、終わったら顔も出さずに帰る。おかしいと思われても仕方がない。

 それでも、この熱い頬と落ちつかない鼓動を抱えたまま、彼の前に立てるとは思えなかった。

 

 部屋に戻り、扉を閉めて、ようやく息をついた。

 背中を扉に預けたまま、目を閉じる。それでも瞼の裏に浮かぶのは、剣を振るう彼の姿だった。

 覗き見てしまった背徳感と、もっと知りたいという欲が胸の内でせめぎ合う。心臓はまだ落ち着かない。

 ——どうしてあの人は、知れば知るほど目が離せなくなるのだろう。



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