百十三話 曇り硝子を透かして見れば
「それは違います。むしろ、あなたがいたからこそ、子供たちは助けを求めることができたのです」
テオバルトが迷わずそう言えば、オフィーリアはどこか不思議そうに首を傾げた。
「子供達が今回のような嘆願をしてきたのは、あなたへの信頼と親しみがあったからです。私のほうが付き合いは長い。それでも、友人に対する確証のない不安を、私に伝えてくることはなかったはずです。そう思いませんか?」
返答に困る質問だったかもしれない。問いかけに、オフィーリアは曖昧に頷いてみせるだけだった。
その動きに合わせてさらりと揺れる白金の髪が眩しくて、テオバルトは思わず目を細めた。
「私は、個人に肩入れすることはしません。どの子供にも同じように接するべきだと考えています。冷たいと思われるかもしれませんね。しかし、扱いに差をつければ他の子供との軋轢を生み、結果的に関係を壊すことになりかねない」
支援者に求められるのは公平さであり、全体を見ること。感情に流されず、常に冷静な判断を下せる状態でいなければいけない。
だからこそ適切な距離を保つと決めていた。子供達にとって自分は、オフィーリアのように、膝を付いて同じ目線で話すような相手にはなり得ない。
彼女には矛盾した話に聞こえるかもしれない。ほんの少し寄せられた眉根がそれを物語っているようだ。その仕草に、テオバルトは自分の口元が緩むのがわかった。
「もちろん、あなたを責めているわけではありません。私ではあのような形で子供たちの信頼を得ることはできないからこそ、あなたがいてくれて本当に良かったと思っています」
「……本当に?」
「本当ですよ」
オフィーリアがおずおずと小さな声で問いかけてくる。すぐ返事を返せば、不安げだった表情が和らいだ。
可愛らしい人だ、とテオバルトは思う。
彼女が持つ人当たりの良さも親しみやすさも、自然な振る舞いの中から滲み出ている。どれも自分には持ち得ないものだ。
自分より十も若い。辛いことも数多く経験し、今もなお傷を抱えているはずなのに、それでも他人の不安に手を伸ばそうとする。そこに敬意を抱かずにはいられない。あの頃に見た優しさは今も変わらず息衝いている——そう知るたび、胸の奥が静かに熱を持つ。
「その子は安全な場所で過ごしていると、是非あなたから子供達に伝えてあげてください」
言い終えると、テオバルトは席を立った。そのままオフィーリアの隣に腰を下ろす。
「公務は終わらせてきました。夕食までの時間、あなたと過ごせたらと思いますが、いかがでしょう?」
「……夕食まで、ですか?」
そう問い返してくる声には含みが、こちらを見上げる瞳にはどこか甘えるような光がある。いや、そう見えるのは、自分も同じように思っているからかもしれない。
「もちろん、夕食のあともご一緒できます」
「ありがとうございます。その、もしよろしければ、教えていただきたいことがあります」
「なんでしょう?」
オフィーリアの視線が一瞬、躊躇うように宙を彷徨った。
「領地に関する仕事を、私も覚えていきたいです」
思いがけない申し出に、テオバルトは目を瞬いた。
「今はクラウスが担っていることは知っています。きっとそれで支障はないと思います。ただ私も、差し支えなければ、補佐の補佐という形でもと」
膝の上で組まれる指が葛藤の現れのようで、そんな姿もひどくいじらしい。
領地運営は必ずしも夫人の仕事ではないが、共に携わりたいと思ってくれるその気持ちがなにより嬉しい。
自分のもとへ続く道を、彼女は歩んでくれている。いつか届く答えを待ちながら、その道行きを共にできる僥倖を噛み締めずにはいられない。
「もちろん、お教えします。あなたが望むなら」
答えを迷う必要はなかった。




