第百五話 想いを繋いで。
「テオバルト様の子供時代のお話、もっと聞きたいです」
琥珀色の双眸が一瞬、こちらを見つめた。自分の心の機微なんて全部見透かされているのかもしれない。
けれど促すように向けられた声に、テオバルトは一瞬だけ考えるような素振りを見せた。顎に指先を添え、言葉を探すように視線を脇へと流す。そのわずかな間の後、静かに口を開いた。
「……子供の頃は、領地で過ごしてばかりでしたね。兄達は父に連れられて公都に行くことがあっても、私は母のそばに付いていることが多かったですね。体調を崩しやすい人でしたから」
柔らかく告げられた言葉はオフィーリアにとって意外なものだった。想像していた少年らしい日常とは違う姿が浮かぶ。
「外で遊んだりは、あまりなさらなかったのですか?」
「母の体調が良い時には、庭で過ごすことはありました。ただ日頃は読書や盤遊びがほとんどでしたね」
そんな生活を見兼ねた兄達によって剣の稽古に連れ出されることもあったと、テオバルトは懐かしそうに語る。剣術や馬術は貴族の子息にとっては当たり前の素養であるらしい。
幼い日の記憶を辿りながら、その声音には苦労よりもどこか温かさが混じっているように聞こえた。
数年前まで軍部に身を置いていたと知っていても、彼が剣を振る姿は普段の端正で理知的な印象とどこか外れていて、想像が難しい。けれど、もし実際に剣を手にした彼を目にしたなら——きっと誰よりも格好良いに違いない。
ついそんな眼差しを向けると、それに気付いたのかテオバルトは僅かに視線を逸らし、声を和らげた。
「今も適度に体は動かしていますが、現役の頃と比べれば腕は落ちたでしょうね」
そう穏やかに笑う横顔を眺めながら、ふとオフィーリアは先ほどの話を思い出した。母親の隣に椅子を並べて本を読む姿。きっと目の前の彼も、幼い日の彼も、変わらない優しさを纏っていただろう。
テオバルトの母アレクシアは十年ほど前に亡くなっていると聞いた。その姿は肖像画でしか知らないが、儚げで、とても美しい女性だったことを覚えている。
オフィーリアは改めてテオバルトの姿を見つめた。金褐色の髪と深い琥珀色の瞳は、どちらの母譲りの色。兄達とは違い、彼だけは肖像画の中のアレクシアをそのまま映したかのように見えた。
「私も、アレクシア様にお会いしてみたかったです」
彼の母なら、自分をも温かく迎えてくれただろう——そんな確信めいた気持ちが芽生えた。
親が子に、子が親に向ける無償の愛というものをオフィーリアは知らない。でも彼の優しさに触れる時、きっと親の愛もこんなふうに自分を包むものなのかもしれないと、思うことがある。両親に慈しまれて育ったからこそ、テオバルトは惜しみなく優しさを注げるのだろう。
「きっとあなたの良き理解者になってくれたはずです」
「そうだったら……嬉しいです」
彼女は伯爵家の領地に眠っている。いつか自分もその前に立つことになるのだろう。テオバルトの気持ちにきちんと応える日が訪れた時に。
「——そろそろ到着ですね」
テオバルトの言葉で、オフィーリアはようやく目的地が近いことに気付いた。窓の外には公都の中央広場が見えはじめている。これから向かうのは大劇場。支配人から新作舞台への招待状が届いており、せっかくだからと、テオバルトも午後から休みを取ってくれた。
交歓会に合わせて整えた装いは、観劇にもそのまま映える。先程まで緊張に包まれていたことが嘘のように、今は舞台を楽しむための気軽さが胸を満たす。
彼と共に過ごすこの午後が、どのような思い出になるのだろう。そんなことを考えながら、オフィーリアはそっと微笑んだ。




