第百一話 息衝く願いの傍らに、
交歓会にはさまざまな分野の人物が招かれている。しかしテオバルトに近付こうとするのは、やはり外交や交易に関係する者が多かった。
テオバルトの隣で、オフィーリアは静かに耳を傾けた。目の前に立つ壮年の伯爵は挨拶もそこそこに、自分の領地がいかに収益を上げているか、東方との交易がいかに重要かを語る。
伯爵の話が終わった隙を見て言葉を挟んだのは、公都でも名の知られた商会の代表だった。外務卿と直接話せる機会など滅多にないのだろう二人は、共に遠慮のない熱量を持っているようだった。
「閣下。北方交易路が完成してからというもの、この町に持ち込まれる東方の商品は着実に増えております。北の道が整えば東方の宝にも手が届くということです」
商会主の手が軽く宙をなぞるのを視界に捉えながら、オフィーリアは密かに手応えを覚える。以前とは違い、語られる言葉の端々から、いくつかの意味をつかめている実感があった。
北方交易路が開かれてから、ラウレンティアは交易の要所へと変わった。北からの物資が安定して流れ込むようになると、それを目当てに他国の商人たちも集まり始めた。人も品も情報も利のある場所を求めて動く——交易はそういうものだと、テオバルトが教えてくれた。
しかし東方との交易はまだ不安定で、取引される品は高級品ばかりだった。薬草ひとつとっても、市井の人々には手の届かない価格になってしまう。輸送費を上回る利益が見込めなければ、商売は成り立たないのだ。
「物流の変化に伴って、地方経済の動きも多様になっているようですね。実務に通じた方からのご見解は大変参考になります」
テオバルトの声は始終落ち着いている。言葉遣いも仕草も、夜会の時とそれほど変わらないように見える。
伯爵はテオバルトの言葉を受けて満足そうに頷いた。
「閣下のお言葉、誠に心強い。我らのような地方貴族は往々にして中央の変化に取り残されがちですが——おっと、これは失礼。ご婦人には少々退屈なお話でしたな。つい口が過ぎました」
言いながら、その視線がふとこちらへ向いた。
貴婦人は政治や経済を語らないもの。そうした常識に則った気遣いの言葉に、オフィーリアは微笑を返す。
きっとそこに悪意はない。むしろ彼なりの礼儀としての配慮なのだとわかっていた。
「いいえ、とても興味深く伺っておりました」
「と、申しますと?」
そう問いかけたのは商会主のほうだった。一瞬、オフィーリアの胸に迷いがかすめた。どこまで話して良いのだろう。応じるべきか、黙しておくべきか。
ほんの一瞬、オフィーリアは傍らに立つテオバルトの様子を伺った。触れ合った視線の先で、テオバルトがひとつ頷く。静かな肯定を受けてオフィーリアは扇をほんの少し開くと、言葉を選びながら口を開いた。
「東方には、こちらでは得難い薬草や鉱石が豊富だと聞いております。そうした物資がもっと手に入りやすくなれば、医療の選択肢も広がることでしょう。私も関わっております孤児院には、継続的な治療を必要とする子が多くおります。これは私的な願いに過ぎませんが——東方との交易が進めば、そうした場所にも光が届くのではないかと思うのです」
言い終えてから、内心で鼓動がひとつ跳ねた。選んだ言葉に間違いがなかったか、わずかに不安が残る。
伯爵たちが互いに顔を見合わせる。沈黙の中で、自分の発言が今まさに吟味されているのだと思うと、ひどく落ち着かなかった。
けれど、返ってきた言葉は思いのほか好意的な響きを帯びていた。
「医療や福祉の面からの輸入強化は、我々商人にとっても追い風となります。市場が広がればそれだけ交渉の余地も広がるというものです」
「そうした面にも目を向けておられるとは実に頼もしい。やはり外務卿閣下のご婚約者ともなれば、自然と視野も広くなられるのですね」
商会主の言葉に続けて、伯爵がテオバルトを見やる。
オフィーリアもつられるように横を見れば、彼は変わらず穏やかな表情を保っていたが、けれどその目には、かすかな満足の色があるような気がした。
「視野の広さとは生まれ持った資質ではなく、環境と努力が育てるものです。彼女はその努力を惜しまず重ねてきました。それゆえに、こうして皆様と有意義な対話を交わせているのです」
いつもと変わらぬ穏やかな声が、それでも特別に胸へ響いたのは、公の場で下された外務卿としての言葉だったからだ。
扇の陰から、そっともう一度だけテオバルトの横顔を見つめた。彼の隣に並ぶために積み重ねてきた日々が、確かに報われたように思えた。ただ、それだけが嬉しかった。




