冬の終わり
声を失ってから二年、オフィーリアを包む静寂は日ごとに濃くなっていく。
窓の外、雪解けの庭に春の芽が顔を出すのを見ても、心は凍えたままだった。
空は灰色に曇り、時折、ほんのりとした陽光が雲間から漏れていた。かつてその光は希望の象徴のように輝いて見えたものだが、今は届かない幸せを嘲笑うかのよう。
その曇天を映す薄い硝子の向こうには、王宮の尖塔がそびえている。かつての自分の居場所は、今となってはまるで別世界のように遠い。
離宮の部屋は広くとも、暖かみはなかった。高価な木材で作られた調度の数々は美しいが、どこかに傷があったり、流行遅れだったり、飽きられたりしてここに持ち込まれてきた。それらは皆、オフィーリアと同じ不用品だった。
ただ、家具たちには少なくとも存在意義があった。椅子は座るためのもの、机は物を置くためのもの。
しかし歌えない自分には、もはや何の価値もない。
二年前までは王宮に住まい、舞踏会や各国の要人が集まる場で歌を披露していた。聴衆の歓声と拍手が響き渡る中、オフィーリアの歌声は宝石のように輝いていた。
今、その記憶は胸を引き裂く刃となって突き刺さる。
淡い金髪に青灰色の瞳という容姿の神秘さも相まって銀月の歌姫と呼ばれ、その歌声は国の至宝と評されるほどだった。
けれど今、その称号は過去の亡霊でしかない。かつての輝きを失った今、その呼び名を思い出すたびに、自分自身への嘲りが込み上げてくる。
歌どころか、話すこともできない。それは単なる事実以上のものだった。存在理由の喪失。生きる意味の否定。呼吸をするように自然だった歌が封じられた今、もう自分には何も残っていなかった。
オフィーリアは火の無い暖炉の前に腰掛け、手元の本をぼんやりと眺めていた。冬でも暖炉に火が灯ることはない。それはオフィーリアの心から温もりが永遠に失われたことの象徴のようでもあった。
内容をすべて覚えてしまうほど繰り返し読んだ詩集の文字列を目で追う。かつては美しく響いた言葉たちも、今は無言の墓標のように並んでいるだけ。
いざ声を出そうと喉に力を入れると、何かが張り詰めたような感覚に襲われる。まるで見えない手に首を絞められているかのよう。
吐き出されるのは震える透明な息ばかりで、そこに音の気配はない。その無力感は日に日に重くのし掛かり、少しずつオフィーリアの魂さえ蝕んでいく。
使用人たちは声を失った歌姫を気味悪がって関わろうとしない。しかしオフィーリアが何かをしようとするたびに厳しい目を向けてきた。
監視されているという緊張感は常に体と心を縛り、いつしか何もしないことを選ぶようになった。動くことさえ、存在することさえ、罪のように感じられた。
離宮の生活は孤独に満ちている。一日に三度だった食事はいつの間にか二回になり、一回しか届けられない日もあった。
蝋燭の灯りさえ無い部屋は陽が落ちると真っ暗で、その闇はオフィーリアの心を映す鏡だった。
いっそ、この闇と共に消えてしまえば楽になれるかもしれない——そう願いながら、声を失って二年。オフィーリアは十八歳になっていた。
春の訪れを告げる庭の新芽とは対照的に、オフィーリアの心には永遠の冬が続いている。
あれほど大好きだった歌。誰かに聞いてもらう機会は、きっともうないだろう。椅子は座るためのもの、机は物を置くためのもの。
しかし歌えないオフィーリアには、もはや何の価値もない。
二年前までは王宮に住まい、舞踏会や各国の要人が集まる場で歌を披露していた。聴衆の歓声と拍手が響き渡る中、オフィーリアの歌声は宝石のように輝いていた。今、その記憶は胸を引き裂く刃となって突き刺さる。
淡い金髪に青灰色の瞳という容姿の神秘さも相まって銀月の歌姫と呼ばれ、その歌声は国の至宝と評されるほどだった。けれど今、その称号は過去の亡霊でしかない。かつての輝きを失った今、その呼び名を思い出すたびに、自分自身への嘲りが込み上げてくる。
歌どころか、話すこともできない。それは単なる事実以上のものだった。存在理由の喪失。生きる意味の否定。呼吸をするように自然だった歌が封じられた今、もう自分には何も残っていなかった。
その日、オフィーリアは火の無い暖炉の前に腰掛け、手元の本をぼんやりと眺めていた。冬でも暖炉に火が灯ることはない。それはオフィーリアの心から温もりが永遠に失われたことの象徴のようでもあった。
内容をすべて覚えてしまうほど繰り返し読んだ詩集の文字列を目で追う。かつては美しく響いた言葉たちも、今は無言の墓標のように並んでいるだけ。
いざ声を出そうと喉に力を入れると、何かが張り詰めたような感覚に襲われる。まるで見えない手に首を絞められているかのよう。
吐き出されるのは震える透明な息ばかりで、そこに音の気配はない。その無力感は日に日に重くのし掛かり、少しずつオフィーリアの魂さえ蝕んでいく。
使用人たちは声を失った歌姫を気味悪がって関わろうとしない。しかしオフィーリアが何かをしようとするたびに厳しい目を向けてきた。
監視されているという緊張感は常に体と心を縛り、いつしか何もしないことを選ぶようになった。動くことさえ、存在することさえ、罪のように感じられた。
離宮の生活は孤独に満ちている。一日に三度だった食事はいつの間にか二回になり、一回しか届けられない日もあった。
蝋燭の灯りさえ無い部屋は陽が落ちると真っ暗で、その闇はオフィーリアの心を映す鏡だ。
いっそ、この闇と共に消えてしまえば楽になれるかもしれない——そう願う回数は日に日に増えていく。
声を失って二年。オフィーリアは十八歳になっていた。
人生の花が開く時期、春の訪れを告げる庭の新芽とは対照的に、オフィーリアの心には永遠の冬が続いている。
あれほど大好きだった歌。誰かに聞いてもらう機会は、きっともうないだろう。
今はまだ何の希望も持てないオフィーリアが、少しずつ再生していくお話です。
テオバルトが登場するのは第5話です。
そこから、オフィーリアの物語は少しずつ動き出します。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。