7.東京と江戸のはざま
お読みくださっている方々、ありがとうございます。
このお話はタイム・トラベルなのでSFが適切だと思いジャンルを空想科学にしましたが、ハードなSFではなく、夏休みにちょーっと(コロナで合宿ができないのでその代わりに)享保に行ってきたよ~ん、という程度のごく軽い内容です。
作者・倉名は、エンターテインメント全開のつもりで書きました。楽しんでいただけるといいと思います
幾絵はキセルの首を軽く打ち付けて残りのたばこと灰を抜くと、座った座布団からきれいな動作で立ちあがった。
「こっちへおいで、友加ちゃんもね」
そう言って、次の間にふたりを連れていった。そこは診療室になっているようだった。
「せんせい、こちらでお医者さんになっていらっしゃるの?」
「まあね、ま、その話はこの後するから。ここを見てごらん」
幾絵は、押入れの襖を開いてふたりに見せた。そこには、デスク、チェア、ソファ、ローテーブル、本棚、書類引き出し、電話。事務所の一室だった。
「え?」
「なんだこれ」
「ああ、ふたりとも見えるんだね」
「え?」
「ここで見ててごらん」
幾絵は、普通の足取りで部屋に入り、デスクの電話を手に取った。ボタンを押したが、反応しなかった。次に、デスクの上にあった書類を手にとった。それも持つことができた。
「ああ、返事があるね」
そう言って、幾絵は紙を持って部屋から出てきた。
「ここって」
「うん、楠田桂、友加のお母さんの部屋だよ。
「え、桜田門の鑑識の?」
「ああ、中谷君、よく知ってるね」
「そりゃまあ、班長のお母さんだし、桜田門の楠田さんと言えば」
「そりゃそうか」
幾絵はふたりを連れて居間に帰り、説明を始めた。
「私がここへ来たのは二年ちょっと前さ」
「え?二年? だって幾せんせい、今年の春休みにお会いしました」
「ああ、京都府警に行った時ね、お世話になったわ」
「いや、そうじゃなくて」
「友加ちゃん、昨日こちらに来たんだよね、昨日の日付言ってみて」
「令和二十一年、七月十九日です」
「そうでしょ、実は私も令和二十一年七月十九日にこっちに来たのよ」
「自分もです」
「え?え?」
「コロナで、シンカンセンガラガラ」
「あ、そうです。二年前なら予想もできないですもん。
知ってるってことは」
「まあ、そうなんだよね」
「じゃあ、まず私からね。
私はちょうど検死が入って、控室で上から下まで全部着替えてね。
仏さんへの礼儀でね、メスを入れる前にかならず数珠をもって心の中で般若心経を唱えることにしてるんだよ、ちょうど数珠を手に取った時に、友加ちゃんが言ってたのと同じように光ってねぇ」
「やっぱり光ったんですねぇ」
「光ったねぇ。
気が付いたらこの別院の前に叩きつけられていてねぇ」
「叩きつけられたんですか?」
「そうさ、反射的に受け身をとったけど、痛かったよ」
「森田先生、反射で受け身を取れるなら上級です」
「ああ、ありがとよ。
目をあけたら、小袖着た女性が目を真ん丸にしていてねぇ」
「はあ、それは驚いたでしょうねぇ」
「そうさ、何しろ検死直前で、術衣だろう? 全身緑色でキャップにマスクじゃないか、不審者以外の何者でもないから。
ここで数珠が効いてねぇ。うち、天台なんだよ、私の数珠は母がくれたもので、翡翠なのさ。その数珠で、番所に引き渡されないで済んだってわけさ。
医者だというと、なんだかよくわからないままに、御仏がお遣わしくださった、ってことになってね。庵主さまの母君を診ることになってね」
「ああ、なるほど」
「この時代に女医はいないからね。御仏の御遣い扱いも無理もないさ。まあ、それから紆余曲折、こちらの別院で訳ありの方々の診察をすることになってね。それからもう二年さ」
「次、古谷君ね」
「はい。
自分は、早朝の全体会議の場所から飛ばされました。国東班長の隣にいました」
「えー、和にいのとなりから?」
「はい、激怒しておられるかと」
「古谷さん、お気の毒」
「はあ、ある意味帰りたくないかもしれません」
「まあ、あきらめて、ね」
「友加さんと森田先生の証言があればなんとか」
「味方はするけど」
「レポート出してあげるけどね、非公開扱いになるだろうけど」
「自分が来たのは、この別院、ちょうど森田先生が現れたのと同じ場所、でも時間的には半年前でした」
「ちょうど私の目の前に現れてねぇ、あ、こいつ飛ばされた、ってすぐわかったさ。スーツ着てたもんねぇ。
身分証見せてもらったら京都府警じゃないか。ケイちゃんとこの和ちゃんの部下だって、まあ、驚いたのなんのって。とりあえず確保して、職質並みの質問攻めさね。結局私の身内ってことにしたんだよ」
「はい、大変お世話になっております。頭があがりません。
こちらで下男として雇ってもらって、環境に慣れながらいろいろ考えましたが、自分は四課だから、それを生かせることをやろうと思って。
森田先生がコネを使って、同心の佐竹さまの小者ということにしていただきましてね。給金も森田先生持ち、寝泊りは慈恵院の長屋でして」
「そうさね、ここで下働きじゃあ中谷君の世間が狭くなりすぎるだろう? それで、田舎から出てきた私の甥で、慈恵院預かり、修業させてほしいってことで、まあこちらから依頼料を払って雇ってもらってんのさ。 佐竹さまにくっついていろいろな所を回らせてもらうのが修業ってことなんだよ。
同心は手下が必要だからね、ほら、岡っ引きとかよく聞くだろう?情報収集には金がいるからね」
「それで、昨日も佐竹さまに付いて歩いてましてね、権現様の前で友加さんを見た時は、そりゃもう、びっくり仰天ってわけでして」
「え、あのときいらしたんですか?」
「そうです」
中谷の本能が、友加の雄姿について何かを言うのは危険だと教えていた。中谷には姉がいる。
「ええー、見られてましたぁ~?」
「え、はい、お縄を掛けるので必死でしたから。もしかして、と思ったんですけど、寮の方で確認できたよかったです」
無事に切り抜けたか?
森田もわざわざ友加のしっぽを踏む気はなかった。すかさず話題を変える。
友加ちゃん、南町奉行所の今の奉行、誰だと思う?なんと、大岡越前守様」
「ええ~」
友加はこの瞬間から、せっかく江戸に来たのだからぜひ大岡さまを一目拝見したいと熱望することになった。おじじさまと一緒に繰り返し見た大岡裁き、いやそりゃま大岡裁きの半分は作り話だってことだけれども、それをわかっていながらも友加にとってヒーローであることは間違いない。
「大岡さまのお為に働いていらっしゃるとはさすがですねぇ」
「おほめ頂いてありがたいです。ぜひ班長にその辺を一言」
「わかった、それはマジオシポイント」
二年ぶりに軽いJK言葉を聞いて、思わず笑い顔になった幾絵が話を引き取る。
「でね、私が来た時から、さっきの押し入れはケイちゃんの事務所に繋がっていたんだよ。でも、空気が動かないというか、抵抗が強くて入れなかったのさね。
しかも、こちらの人には普通の押し入れみたいでねぇ、なんか布団とか入れたがるんだよ」
「でもせんせい、さっき入っていったじゃないですか」
「そうなのさ、昨日古谷君、あ、こっちじゃ苗字は呼べないからね、虎蔵とかトラとか呼びな。トラが友加ちゃんの」
友加が幾絵を遮った。
「せんせい、古谷さんがトラなら、わたしも友加と呼んでください」
「よし、わかったよ。じゃあ、友加ね。
友加が来たって聞いてね、急いでケイちゃんの事務所を見に行ったらすんなりはいれたってわけさ。友加が昨日来て、それが令和二十一年七月十日だった、ということは、これでずれていた時間が合ったってことかね」
うーん、よくわからん、ということで、三人はとりあえずすべてを後回しにして、目の前の状況に対応するほうを優先することにした。
SFらしくなってきたかな?