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4.言ってみたいセリフ その4:面目次第もない

 客間から廊下に出て、隣の紘子の部屋に移り、温かい飯、蜆の味噌汁、青菜の削り鰹掛け、香の物という朝食を和やかにとった。友加はご機嫌な朝ごはんとなったが、京の話をする紘子が残さずに食べ終えたのを見て、給仕に控えたさとがこっそり涙ぐんでいた。

 お茶を楽しみ、友加はときどき頷きながら紘子の話を聞き続けた。

 ぽつりぽつりと、母の話を紘子はする。幼いころ、毬投げをして遊んだこと、字を覚える練習に筆に手を添えてくれたこと、下向げこう (京に生まれて育った人が江戸に住まいを変えるときよく使う。江戸時代の日本の都は、天皇の御座所がある京)が決まった時、髪を髷に結わなくてはならないことを嘆いて、おすべらかしをゆっくりと撫でてくれた時のこと。


 友加が京の女だと知ったためか紘子は京の話をした。江戸に来てからの武家暮らしでストレスが溜まっているのだろう。友加は口をはさまないでただ静かに聞いていた。


 やがて、朝方の朱房の侍が訪ねてきた。錆御納戸さびおなんどのしゃれた色目の夏小袖に、丁字茶ちょうじちゃ錫色すずいろの細縞帯を結んでいる。夏らしい色合いだ。

 さとが客間へ案内しようとしたが、侍は気楽に話してもらいたいので縁で、と言い、手下をひとり連れて庭に回ってきた。さとが座布団をすすめてもこれを断り、紘子が客間の廊下寄りに座り、その斜め前の廊下に友加が位置取るのを待ってから、頭をさげた。


「佐竹にございます」

 身分証明の十手を懐から出して提示、再び懐に戻すと、一礼して縁側に腰を下ろした。手下は、少し離れたところで片膝をついて控えている。

「牧野さまの奥方さま、でよろしいですか」

 さとが返事をする。

「はい、お心遣いありがたく」

「事情をお話しいただけまするか」

「主人の朝のお参りに付き添って、権現様の前まで参りましたところ、無頼の者に囲まれましてございます。主人の行く先を改めに、少し離れておりましたこちらの国東が」

 ここで友加が軽く頭を下げる。

「わたくしの声を聴いて駆け戻ってまいりました」

「なるほど」

「あとは、ご覧の通りにございます」


「国東殿が一掃なされたのですな」

「はい」

「国東殿」

 友加が黙って佐竹と目を合わせる。

「奥方様から少し離れておいでだったとか」

「少々気になることがござりまして、乙女祠の方へ」

「そちらの方は」

「祠前まで行き、奥さまの方に戻りおります時、さとの声が聞こえ急ぎ走りました」


 佐竹は何かを考えながら懐手をしかけ、いやいや、貴人の前である、とあわてて手を膝に戻した。

「国東殿は、その、帯刀しておいでではなかったような」

「ああ、そのことですね。急なお召しで、間に合わなかったのです。

 呼ばれたその場から走って参りまして。

 今日あたり届くでしょう。なにしろ道場から竹刀を持ったままひたすら駆けてきましたので」

 さとが袂でそっと顔を覆う。感動しているように見せているが、竹刀を引っ担いで紘子さま、と、ひたすら走る友加を想像してしまって笑いをこらえているのかもしれなかった。

「それはまた」

「面目次第もない。わたしは奥さまには特別にかわいがっていただき、お仕えできる日を待っておりました」

「はあ、それはまた。京からはいつおいでに」

「奥さまのお行列とともにまいりました」

「それで」

「昨日まではただお召しをお待ち申しておりました」

 友加の斜め後ろで、紘子がそっと涙をぬぐう。こちらは本当に泣いている。


 しばらく質疑応答が続いたが、奥方は思い当たる節がないと押し通し、佐竹も押し過ぎなかった。武家のお家事情に突っ込むことはできないから、表面だけのやりとり、つまり、身分のある女とみての強盗という線でまとまることは最初から決まっている。形式上、調べ書きの必要を満たすにすぎない。佐竹の“あたり”は柔らかかった。


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