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27.いいでしょう、協力します

 午後の時間が過ぎていき、紘子が別院に帰ってくる頃になった。


 友加が復活して、しっかりした口調で言った。

「幾せんせい、わたし、協力します。でも、黙ってやられるのは嫌です。もう一度来て、囮作戦を相談するのが条件です」


「相手は御庭番の旦那だよ、決めたとおりにやってくれるかね」

「公安に指示を出してもらいましょう。おとうさんにレポート出します」

「そうか、よし、いいよ。こっちはこっちでいこう。べつに打ち合わせどおりにする義理はないよね」

「そうです。先に騙したのはあっちですよね。

 きちんと話を通して、これは依頼料だといって125両渡すこともできたのに、黙ってさとさん経由で情報を盗んでいたんです。

 小判で顔を叩かれたんですよ、幾せんせい。お金を払ってやってるんだから、何も教えないけど働けって。残ってるのを投げ返してもいいですか、佐竹さんに投げつけてやります。

 おまけに、褒美をやるから命を掛けろって。 安全は確保する気ないけど、自分で守れるだろ、生き延びたら褒美が待ってるよ、ですよ。わたしはどこのあほですか」

「はいはい」


 友加は、それはもう怒っていた。さすがは和兄の妹だ、怒りのボルテージでポニーテールの黒髪が逆立っている様が幻視できる」。


「しょっちゅう所在不明で、めったに家に帰ってこないお父さんです。一回くらい娘のお願いを聞いてくれてもいいですよね。御庭番対公安です。負けたら全部公安に擦り付けてやります。おとうさんが悪い」

 国家公務員を私的な意図で利用しようとしているようにしか聞こえないのだが、どうなんだろう。御庭番対公安のところは、なんとか怪獣対かんとかドンに聞こえるのだが、そういう意識でいいのだろうか。


 しかし、それをわざわざ指摘する幾絵ではなかった。

「はいはい。それでいいよ。いい気迫だ、泣いたカラスが化けたね。協力するよ」

「はい、行きます!」

「いや、ちょっとお待ち、それはトラの仕事だよ、友加のじゃない」


 幾絵は虎蔵を呼び、友加と三人でごにょごにょと話した。

 虎蔵もしっかりした顔になって、佐竹に話をつけに表座敷に座った。

「佐竹さま、国東は囮になることを承知しました」

「そうか」

 佐竹も肩がすこし楽そうになった。

「条件があります」

「なんだ」

「はい、囮になる日を決める前に、もう一度こちらに来てください、と国東は言っています」

「あまり待てぬ」


「日は決められません」

 虎蔵は譲らない。友加が囮を勤めている間に余計なことをしたらこの作戦は失敗する。何だったら思い切って鉄漿をつけるだけで囮には使えないのだ。強気でいっていい。


 じろりと睨まれたが、集団による常習的殺人の被疑者を相手にして四課の刑事が負けることはない。尋問室に案内して、「吐けば楽になるぞ」と言って、(被疑者の費用だが)カツ丼を準備してやってもいい。速記者付きだ。尋問の交代要員には国東和兄を指名しておこう。というか、尋問中に殴りこんでくるだろう。


 虎蔵幻視

 尋問室のドアが不必要に広く開く。蝶番の音がギシリ。

 低い声が、「中谷、ちょっと」。呼ばれて廊下に出る自分。

「替われ」、そう言って尋問室へ入っていく和兄の後ろ姿。

 背筋が毛羽立つ。


「よかろう。出直してこよう」

 睨み合いの末、譲歩を勝ち取った。和兄を背後に張り付けた虎蔵の迫力は、火炎を背負った不動明王さまの如く、普段の五倍増しであった。


 慈恵院のくぐり戸を開いて佐竹を送り出しながら、虎蔵は丁寧に追い打ちをかけた。

「旦那、こちらで準備が整ったらお知らせいたしますんで、お願いします。

 国東が落ちつくまでしばらく日がかかるでしょう。小袖を着せて形ばかりでも所作を習わせなくてはなりませんし。今のままだと、歩くところを見られただけでバレます」

「ああ」


 佐竹は返す言葉を思いつけず、懐手をして帰っていった。五歳の女の子から人形を盗むというのが若干でも堪えたのならまだ人間味は残っているということか。

 協力を“要請”する立場なのに、時代の壁が立ちふさがり、命令でイケルと思ったあたりが軽率だったのだ。ここからは佐竹が騙される番なのだが、わかっていないだろう。



 その夜の栄養補給食には、酒とつまみではなく、コーヒーとチョコレートを頼んだ。虎蔵はお湯を入れたらできるラーメンを頼んだ、カップで作る方だ、生卵付きで。

 友加はコピー用紙じゃ書きにくい、と言って、レポート用紙とシャープペンシル5ミリ芯F、赤色ボールペンを頼んだ。文房具は、書き終わったらすぐに返しなさい、とメモがついて、幾絵の目の前に差し出された。

 三人はそれぞれの場所で机に向かってひたすらにレポートを書いていた。

 明け方まで行燈は消えず、朝食を作り終わった友加はそのまま眠り込んでしまった。



友加のレポート:

 おとうさん、絶対許せないので、絶対勝てる作戦立ててください。お願いです。


 七月十九日以来の事実の羅列、レポート用紙二十五枚分、赤ボールペンの注意書き入り


 わたしが愚かで、騙されていたことに気が付きました。帰ったら、すごく勉強します。二度と騙されたくない。お願い、今回だけは絶対に勝たせてください。     

                      友加


 絶対が三回付いて、お願い二回だ。国東宗吾の背後には、陽炎のようにオーラが立ち上がった。

 佐竹の名前に、自分と同じ宗の字が付いているのさえ腹が立った。うちの娘に何してくれる。

 勝つって、誰に勝つんだ、と突っ込むことさえ忘れた。

 静かな興奮のあまり、「何や知らんけど、勝てばよろしいのやね、任しとぉくれやす」と、必殺、品子のものまねが出た。長刀の試合じゃないってのに。

 私情丸出しでは何を書いても読んでもらえない。じっくりと練ったレポートがまもなくサポートチームに提出されることだろう。

 タイトルは「国東友加の生育環境、性格、戦闘能力を考慮した防御に集中した装備」。


 うん? 勝たなくていいの?



幾絵のレポート:

 ケイちゃん、読むのはつらいかもしれない。友加ちゃんはすごく泣きました。でも、泣いた後、お父さん宛てに、来た時から今日までの事実を羅列したレポートを書いていました。気持ちを整理するためにはこれが一番いいと思います。

 今はまだ混乱していますが、自分の経験を第三者の視点で整列し終わればきっと落ち着いて現状を把握できるでしょう。


 友加との会話を記述


 中谷刑事は、非常に優秀です。半年分の、こちら享保での経験を自分のものにしていて、うまく佐竹と友加ちゃんの距離を取るように行動しています。この先も任せられると私は思っています。


 表座敷での会話を記述


 できるだけサポートしていきます、幾



中谷のレポート:

 国東班長。自分が佐竹の旦那、と呼んで、流れ者や鉄火場の情報提供をしていた同心は、今日になって徳川家腹心の御庭番だと名乗りました。葵紋入りの短刀を見せられました。

 正直言って腹が立ちましたが、享保の身分社会で葵紋見せられたらどうしようもないです。

 友加さんに、推定吉宗の愛妾、紘子の身を守るための囮になれと言ってきました。もちろん自分と森田先生はきっぱりお断りしました。

 友加さんは囮を受けるといっています。止めるつもりでいますが、止められないときは命を掛けても絶対に守ります。


 現状と、そこに至る過程を、解説入りで精細に記述。


 仮に囮作戦が実行されるとしたら、友加さんに刃物を持たせるのは反対です。

 自分は、友加さん用に、スタンバトン、防刃ベスト、予備的に催涙スプレーとポリカーボネイト盾の装備を提案します。

 剣道は単独同士の打ち合いです。乱戦になったら、刃物を持つのは危険です。    

                               中谷虎蔵


 添付1.慈恵院から根津の寮までの道筋略図

 添付2.根津の寮の間取り図

 追送、根津の寮周辺図




 これを読んだ国東和兄は、慣れている部下たちでさえ震えが走るほど静かに激怒した。

 和兄の心情は、「中谷、替われ」だったことは想像するにかたくない。誰が選んだにしろ、国東和兄が選ばれなかったことにはそれなりの理由わけがありそうだ。



 恒例午後の秘密会議は、囮作戦評価会議に変化しつつあった。えびせんをポリポリかじり、スポーツドリンクをグビッと喉に流し込みながら、

「だから、このルートを取ると、襲撃はこのあたりじゃないのかい?」

 だの、

「真っ昼間に民家のそばで襲撃とか無理じゃないですか?」

「なるほどねぇ、じゃあ、移動は暑いさなかにするかい」

「うーん、夕方職人さんが帰宅するころ、人通りが多いころがいいんじゃないですかね」

 などと、どこのミッション・インポッシブル・セクションだ、という会話が飛び交う謎空間が出現している。まあ、気分転換というか、どうせこの話にしかならないのだから、緊張緩和のためにダダ話をしているのだが。


 会話はそれでも次第に整理されてきた。

 友加が囮になるとしたら、まず駕篭に乗って慈恵院から根津の寮に行くまでの道筋を用心しなくてはならない。

 敵対側は慈恵院を見張っている。

 見張りの配置、見張りから襲撃実行者への連絡、予想ルート別の襲撃者の配置など、人手がかかりすぎる。相手は少人数のはずだ。日が明るいうちに、武器を抱えてその辺の路地を移動するなんてできないだろう。悲鳴が後ろからついてきて奇襲にならないうえに、捕り物笛が鳴り響いて大騒ぎになるだけだ。


 本命はやはり根津の寮、虎蔵の分析によると、寮到着直後か夜明けごろ、ということになる。

 到着直後はわかるけど、なんで夜明なのさ、ふつう真夜中、丑三つ時とかだろ?という質問は、単に「真っ暗ですから」と一蹴された。街灯もない、懐中電灯もないのだから、月夜を選んで、実行役に夜目が効く人を集めたとしてもあまり賢くはない。日没時ではまだ人が外を歩いているだろうから、夜のうちにポジション取りをして、夜明けごろ、空が明るくなり始めた時間帯が狙い頃ではないかというわけだ。


「あの、こういうのどうでしょうか。

 まずですね、ろうそくをたくさん用意して、どんどん廊下とか部屋に配って、視界を確保して、それで襲撃、って作戦なんですけど」

「火事になるよね」

「あ、そうか、蚊帳に火がついて大惨事ですね」

「いや、いっそ火をつけちゃう手はありますよね、相手は紘子を殺せばそれでいいんです。火をつけて、あわてて逃げだしてくるのを待って、斬り伏せるなりなんなりすればいいわけですから」

「うわ~、どうしよう、火矢を打ちこまれたりとか?」

「畳をあげて、じっとしてたらどうかね」

「うわ~、畳返し?う~ん自信ないかなぁ~、やれるかな~。ちょっと練習してみるかなぁ」

「畳を立てたら水をかけて、それを盾にして隠れてみたらどうかねぇ」

 話はどんどん変になる。気晴らしになるならそれでいい、待っている方は辛いのだ。



 三日待って、指示書が届いた。

 それは、実施に限れば単純な指示だった。現場指揮官が臨場できない以上、作戦はシンプルで確実な方がいい。なるほど、これしかないな、という程度にはよくできていた。あとは実施が確実に行えるよう、準備と練習あるのみ。


令和側の反撃が始まります

騙し合いだとわかっていれば、忖度なしでいけますね!

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