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2.言ってみたいセリフ その2:かたじけない

「お女中、大事ないか」

 手入れ怠りないキラキラの頭皮に凛々しい髷をのせた、朱房十手の侍が話しかけた。追いついてきた男たちが暴漢に取り縄を掛けている。

 年かさの女の方が返事をする。

「はい、大事ございませぬ。

 こちらは、訳あって名を明かすことはできませぬが、根津の寮に身を寄せております」


 若いほうは、素早く身なりを整えて後ろで軽く頭をさげている。余計なお世話かとも思ったが、友加は草履を拾って女の足元に寄せ、履くまで前に片膝をついて体で足元を庇ってやった。

 年かさの方が、これを見て、侍に言った。

「この者は、奥さまに仕える身内でございます」

 友加は立ちあがり、黙って頭をさげた。何か事情がありそうだ。

「大変な腕とお見受けいたしました」

「はい、女ふたりと老人でございますので、里方に頼み昨日より勤めおります」

「さようにござりましたか、ご事情は薄くではござるが耳にしております、間に合ってよろしゅうござった」


 縛りあげられた無頼漢を立たせたところで、侍は礼をして告げた。

「この者どもを番屋 (自身番・一種の警察組織)に。のちほど寮の方に事情をお聞きしに参上いたす。良しなに」

「はい」

「それではご無礼いたす」

 朱房十手の侍は、再び礼をして手下を率いて立ち去った。


 年かさの女が、友加に低い声で話しかけた。

「お武家さま、ご無礼ながら寮までご同道願えますか」

 友加は黙って頷いた。発音がビミョーに違うので、うっかり口を開かないほうが無難だと思ったのだ。ただ、お武家さまというのは大変気に入った。か・な・り、いい気分だった。



 寺社と町屋の中を抜ける。振り売りが「しじみー、え~、しじみ」と声を掛けながら売り歩くのとすれ違う。薄い藍の筒袖を短く着て、天秤棒を担ぎ、いい声で呼ばわっている。

「しじみ、おねがい~」と、器を持って長屋から出てくるおかみさんは、よもぎ色の麻小袖を焦げ茶の紐で縛り、長い髪は玉結びで動きやすく結わえてある。赤い絹で結わえているのが、なにげに色っぽい。

 振り売りから買ったイナリを口に押し込み仕事に急ぐ職人や、シジミ売りの声を聞いて急ぎ足で買いに出る長屋のおかみさんの姿を見ながら歩くうちに、竹垣と植え込みに囲まれ、背後は寺の白壁に接する瀟洒な寮に着いた。友加は丁寧に案内されて、庭に面した日当たりのいい二十畳ほどの部屋に通された。床の間、違い棚、生け花、掛け軸、壺、香炉と、品ぞろえもばっちり、京都の家を思わせ、さほど違和感はない。

 年かさの女が、朱塗りの高坏に捧げ持った茶とともに現れた。


「お武家さま、お助けいただいたことお礼申し上げます」

「うむ、大事なく良かった」

「わたくしは、牧野家の北の方、紘子さまの身の回りをお世話を承っておりまして、さと、と申します」

「うむ、さと殿。ご丁寧に、痛み入ります。

 わたしは、国東友加。祖父の道場で朝稽古をしていたのだが、気が付いたら権現様の乙女祠の傍におりました。京の奥山、鞍馬のお山の道場にいたはず、よくわからぬのです」

 さとは、しげしげと友加を見てみたが、嘘をついているようには見えず、また嘘をつく理由もわからなかった。着ているのは言葉に沿った稽古着ではあるが、正座姿は美しい。髪に結ばれた組み紐の色が非常に鮮やかで小判であがなうような高級品に見えた。すすめられた茶を飲む作法も、並みの躾ではない。

「国東さま、あるじがご挨拶に参りますので、今しばらくお待ちください」

「結構なお茶をいただいた、かたじけない」


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