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14.紘子の身分

紘子の子の父親は誰かと推理します

現状、事態を令和に丸投げして、レポートを書いて指示を待つだけなので、3人ともヒマなんです

「さあ、それじゃここからが本番だね、今が享保六年かどうかはいろいろ確認する方法はあるからね。こうして内々で確認することが大切だってだけだからね。

 紘子が誰で、子の父親は誰か、これが大問題だろ」

「はい」

「そうですが、わかるものですか?」

「わたしは、父親は吉宗だと思うね」

「え?」

「まさか。森田先生」


「うん、まずね、紘子は公家の娘だ。公家の娘が江戸で妊娠する相手なんてのは限られてんだよ。

 京都から公家の娘が江戸に下向してくるだろう? 相手はほぼ将軍さ」

「大名とかじゃないのですか?」

「そっちは、将軍家の大量にできた娘とか、御三家とかで手一杯じゃないかねぇ」

「それはそうでしょうけど。吉宗は紀州藩主の時に公家の娘を嫁に貰って、子どももできて、江戸に来て将軍になってからは正妻はいないですよね。側女は、全員武家出身ですよね」

「竹姫さ」

「ああ、養女の」


 ここで、将軍の妻について全く知らない友加のために幾絵の解説が入った。

 将軍家は京都の公家から正妻を迎える。なんか、京風の作法やら風習やらも魅力だけれども、要するに京の公家との関係を保つ必要性があること、下手に武家から正妻を迎えると政治上不公平になることが大きな理由だろう。吉宗の側室も大名家からではなく、旗本(将軍家の直臣)の娘たちだ。


 将軍も公家の地位を持っている。征夷大将軍は令外官で、武家の棟梁を意味している。日本史で有名なのは坂上田村麻呂だろうか。将軍の官位はもちろん征夷大将軍だが、他に公家の地位も持っていて、吉宗の貴族としての地位は、正二位右大臣である。


 貴族位は少なくとも形式上は京の御所におわします天皇から戴くものだ。将軍になるのだって、将軍宣下が必須条件だ。

 天皇と話ができるのは一定以上の地位にある人に限定されているから、それらの公家の中から娘を正妻に迎えるというのは政治家なら普通の発想だ。つまり、超上位の貴族。

 西洋風に言い換えるならば、公爵家の姫君が、大将軍の正妻になるイメージだろうか。


 将軍制度は、ニュアンスをすっ飛ばしてすごくわかりやすく言うなら軍政。権力は圧倒的に将軍にあり、統治は将軍が行う。だが、貴族位は天皇から授けられる。


 将軍は男子血統で継ぐから、息子が必要だ。だから、妻は正妻だけで済まない場合が多い。公家の娘が息子を生んでくれれば問題ないが、当時、乳幼児は非常に死亡率が高く、やはり一定数以上の男子を確保しておきたい。五代綱吉が「生類憐みの令」を出したのだって、正室の他に側室を三人持ってすら夭逝した長男の他に男子が生まれなかったというのが大きな理由だろう。

 まあ、こういうことはよくあるから、そのために御三家がある。王政に必ず公爵位があって、王統が絶えないように仕組んでいるのと同じ発想だ。継嗣を得られなかったときは、ちょうど吉宗がそうであったように御三家から後継ぎが選ばれる。

 御三家とは、黄門様で有名な水戸家、吉宗が出た紀州家、徳川家出身地の尾張家。


「大奥」という単語で知られている一種のハーレムは、正妻を筆頭とした将軍の子を産んで育てるシステムだ。

 友加はちょっとイヤな顔をしてはいたが、大奥、という言葉である程度納得したようだった。


「竹姫ってのは、ちょっと有名な人でね。

 五代綱吉の時、公家の娘の側室が、姪の竹姫を養女にしたんだね。婚約者がふたり死んで、不吉と言われて次が見つからなくて、吉宗が養女にする。二十三、四歳になってから島津家に嫁に行って、なぜか将軍家に結構意見を通すんだよ。だから、本当は吉宗の非公式な愛人だったんじゃないか、という人もいる。今、何歳だい? え~っと三歳で養女になって、綱吉から何年目だい?」

「はい、大体十三歳から十六歳くらいではないでしょうか」

「そうか、六代と七代は短命だったからね」

「はい、えーっと、ちょっと待ってください、六代家宣が三年五カ月、七代家継が三年一か月だそうです。えーっと、加えて六年六カ月、今が吉宗の六年目だとして、一番若くて十二歳ですかね。公安に資料をもらいますか?」

「そうだね、働いてもらうかね」


「幾せんせい、紘子さまは十二歳には見えませんけど」

「いやいや、そうじゃなくて。さすがに竹姫本人は江戸城大奥から出られないだろ。

 つまりね、竹姫の侍女というか、公家の姫君に付くのは何てんだい、典侍ないしとかなんとか、専門用語があるんじゃないかい? 要するに、姫の身の回りの世話をする人だよ。吉宗の代になった時に新しく公家から選ばれて下向してきて、竹姫の身代わりというか、まあ、なんというか、なんやかやあって、まあそういうことだったんじゃないかね」


 友加の顔つきがだんだん固くなってきていたが、ここで遂に口が開いた。

「幾せんせい、わたし今日から暴れ坊は見ません」

「まあねぇ、そう言うと思ったよ。TVないから、まあ、見られもしないよね」

「帰ることができたとしても絶対に見ません」

「はいはい」

 幾絵にも自分が潔癖系女子高校生であった頃の記憶があるから、友加の気持ちは手に取るようにわかった。まあ、無理もないことだ。

 虎蔵の方は、うわ、JKコエー、と思った。だが賢くお口チャックを死守していた。



 竹姫は、千七百五(1705)年生まれ。この時今の数え方で十六歳。

 三歳の時に五代綱吉の大奥に養女として迎えられた。昔の数え方なら生まれた時一歳、最初の正月で二歳、二十一(1721)年七月現在なら「かぞえで十七」ということになる。

 この時代に、誕生日を祝うという風習はない。全員正月に一歳年を取る。今も、「よい年をお取りください」または「よいお年を」という謎の表現があるのはその名残だ。


 吉宗が将軍宣下を受けて大奥に入る権利を得た時、竹姫はかぞえ十一。

 深窓の令嬢のさらに上を行く大奥という名の将軍専用ハーレムで育った竹姫から見たら、吉宗はどう見えただろうか。


 竹姫は、京の公家、清閑寺家の姫。五代綱吉の側室のひとり、大典侍局の姪に当たる。かぞえ三つ,今の年で一歳半位の乳児の時、大典侍局の養女となった。それ以来大奥で生活し続けている。まず間違いなく外出したことはない。


 ちなみに、大奥というのはハーレムを意味する特殊単語というよりも、江戸城の、表、中奥、大奥、という場所の名前から来ている。表が将軍の執政の場、中奥が将軍の私生活の場、大奥が次代将軍の育成の場、というイメージだ。血で継ぐ将軍職の育成の場に、将軍の子ども以外が混じるのはマズイから、大奥は力仕事もすべて女性が担当する。


 大奥と中奥は廊下で繋がれ、出入り口は頑丈な板戸で、錠が掛かり、さらに板戸の大奥側には二人の女性が正座して監視していたということだ。入場者は基本的に将軍のみ。

 だから、竹姫が見ることのできた男性というと、大奥に来てしばらくは養父綱吉、綱吉死去は千七百九年(1709)。六代家宣は綱吉の養子なので竹姫から見て義理の弟。七代家継は将軍職に就いたとき四歳、死亡時八歳。つまり、竹姫は家族でない大人の男性としては吉宗しか見たことがない、と極言することも不可能ではない。

 実際には、家継が幼児なので、大奥への送り迎えや病中見舞いには養育係が来ただろう。さすがに乳幼児を中奥の男手で育て切ったとも思えない。しかも将軍が乳幼児で子ができる訳がないので、このあたりは塩梅もあったのではないだろうか。だから、大人の男性を全く見たことがないわけではないだろう。


 しかしながら、竹姫の大奥での地位は“五代さまの御養女”であり、非常に高いというべきだ。仮に幕閣の重鎮のような人が来たとしても、平伏しているか顔を伏せているかで、おそらく髷付きの頭しか見たことがないのではないだろうか。

 そんな中で、ほとんど初めて近くで顔を見た男性である吉宗。大奥で源氏物語などに親しんで大きくなったであろう竹姫が、父親ほど年上の吉宗に会った時、仮にときめいたとしても非難するのは竹姫に対してあまりにも酷だろう。


 同じ状況を高校生の友加から見たらどうなるだろう。

 吉宗は千六百八十四(1684)年生まれだから、千七百二十(1720)年現在で三十六歳。紀州藩主時代に公家の姫を正妻に迎え、子どももいる。友加の目には、熟年 (ヒドい)で子持ち(ここは言い訳できない)のおっさん (さすがにお兄さんとは言ってもらえない)が、話し合い現場推定十二歳か十三歳、現代の感覚で小学六年生か中学一年生の少女をどうこうしようとした、と映った。紘子はそれを阻止するために身を捧げた的な解釈だ。


 十七歳JKにとっては言い訳不可能、「跡継ぎの男子までいるのに何やってんだこの!」系の批判の対象でしかない。このろりえろきもへんたいせいよくまじん! これはもうやむを得ない。


 この基準でいけば、竹姫が憧れただろう光源氏も紫の上に対するロリ趣味、性的虐待、変態以外の何物でもなくなる次第だ。竹姫自身の光源氏に対する思いとはおそらく大きく異なっている。


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