勇者がヤンデレ化して魔王の俺を束縛しようとしている件 ~ ついでに姫もヤンデレです
「アルフレッド様♡待って♡待って♡待って♡待って♡待って♡待って♡」
「待てって言われて待つバカがいるかよぉぉぉぉぉっ!!!色ボケ勇者が!!!」
魔王は加速魔法を使って速度ステータス上昇。
勇者を撒こうとするが、勇者は天使の羽靴に装備を履き替えて速度ステータス2倍。
魔王城がレース会場と言わんばかりに、二人はデッドヒートを繰り広げられている。
「魔王を追いかけるのはやめろ!魔王に追いつきたいなら、俺を倒してからにしろ!」
魔王四天王の一人、「黒鋼のシュバルツ」が立ちはだかる。
重厚な鎧を身にまとい、身の丈ものある大剣と大盾を構える。その身体は通路の半分もあり、普通の冒険者なら簡単にはそこを通り抜けることはほぼ不可能だろう。
普通の勇者なら、である。
「チッ、雑魚が邪魔してんじゃねええよ!!《火龍召喚》・《天体流星群》・《世界の地割れ》・《時空斬る稲妻》・《ノアの大洪水》!!!!!」
勇者は一気呵成に呪文を唱える。全ての呪文は、火・天・地・雷・各属性の魔法の最上級魔法であり、こんなのを一度にとらえられるのは、カウンターストップしている勇者くらいしか出来ない芸当だろう。
「ピギーーーーーー!!!9999のダメージ!!!」
「黒鋼のシュバルツ」はマヌケな声を出し、鎧の金属音を響かせながら、その場に倒れこむ。
そして勇者は、その半屍の上を軽々と乗り越えていく。
逃げる魔王の傍を、付き人である石造の悪魔・ガーゴイルが並走する。
「な、なんなんですか!あの勇者は!」
魔王は息を整えながら走り続ける。
「あの勇者は――ヤンデレだ」
ヤンデレ、つまり想う人を愛しすぎたが故に狂ってしまった人間たちの総称。
そして、勇者は魔王を想っていたのだ。
◇◆◇
このような最強でかつ最悪に近い勇者・アリスも、元々こんな意味不明なステータスとスキルの持ち主ではなかった。
言ってしまえば、普通も普通、ごくごく普通の勇者であった。
しかし、問題はパーティーであった。
アリスの所属するパーティー構成は、「勇者アリス(女)・戦士(男)・魔法使い(女)・僧侶(男)」と呼ばれる、一般的なパーティーであった。
そして、このパーティーの人間関係が非常にややこしかった。
まず、魔法使い。こいつは僧侶のことが好きだった。
しかし、僧侶はアリスのことが好きだった。
で、この魔法使いは確かに魔法は一級品だったが、性格は最悪に近かった。僧侶を振り向かせるために工作をした。要はアリスの悪いところを言い続けたのである。
具体的には……。
「本来パーティーに分配されるべき報酬金をチョロまかして懐に入れている」だとか。
「裏で無駄に魔物をなぶって遊んでいる」だとか、
「アリスは自分が勇者になるために、他の勇者を虐めて引退させたことがある」だとか、
「アリスは僧侶の下着を盗み出し、それを売って金に換えている」だとか……。
もう羅列するだけでも言いがかり、嘘八百のオンパレードである。
しかも、僧侶は真面目が取り柄の人間だったから、アリスがそんなことを言うわけないさ、なんて弁護すると、今度は魔法使いが「私の言うことが嘘だっていうの」なんて泣きだす始末。
もうどうしようもない。
これだけでも、パーティーの雰囲気というのは最悪になるものだが、雰囲気を悪くするのに、戦士が一役買ってしまった。
もしかしたら想像通りかもしれないが、戦士は魔法使いのことが好きなのだ。そして、悪いことに、この嘘デタラメを言いふらす魔法使いの側に立ったのである。
そんなわけだから、アリスはパーティーに居づらくなってしまった。
居づらくなってしまったなら、まだよい。
露骨にアリスへの嫌がらせが増えてきたのである。
まず魔法使いがモンスターに対して呪文を唱えるふりをして、アリスに雷を落とす。アリスが、回復して欲しいと僧侶へお願いするけれども、僧侶は聞かなかった振りをする。
仕方ないから、戦士にポーションを分けて欲しいというと、ポーションに虫を入れて渡す。
しかも、戦闘が終わったあとの夕食は、皆が猪の肉やら、野菜のスープやら、山羊のチーズやらなんやらで舌鼓を打っているときに、アリスだけパンと塩である。
そのパンも、荷物の奥に押し潰されたものだから、硬くて不味い。
こんな嫌がらせをパーティーにされて、病まないわけがない。
しかも、アリスは自分が勇者だというのもあって、余計に頑張ろうとする。
だからますます病む。悪循環。
そういうわけだから、アリスのパフォーマンスはどんどん下がっていく。
攻撃は命中しないわ、魔法は失敗するわ、罠は踏むわ、逃げるときはこけるわ、もう散々である。
そんな様子に、魔法使いは笑う。
「アリスの奴、マジ使えないんですけど」
それに同調して、戦士も笑う。
「えっ、アリスの奴、まだLv30なの?おれ、もうLv50なんだけど」
アリスは悲しくなって、何のために世界を守っているんだろうと思い詰めるようになる。
人の苦しみの上に成り立つ平和は何のためにあるのだろう。
そんな平和なら守らなくてもいいのかもしれない、と。
◇◆◇
そんな中、王国に魔王が君臨する。どうやら姫をさらいに来たらしいのである。
アリス一行は、姫を助けるために、姫をさらおうとしている魔王と対峙する。
しかし、その力の差は歴然としていた。
戦士の自慢の一撃は身体で受け止められ、魔法使いの魔法は軽く跳ね返され、僧侶の回復はすぐに無効化される。
あれほどアリスのことを無能だ、無能だと言っていた仲間たちがあっけなくやられるところをみて、アリスは胸がすくような思いがした。
ざまあみろと、いい気味だとも思った。
そして、最後に残ったアリスを魔王が一瞥すると、その弱弱しさに鼻で笑う。
「お前では私には勝てぬ。諦めるんだな」
そう言って、魔王は姫を連れて、天へと飛び立った。
残されたのは、息絶え絶えで地面に倒れこむ戦士と魔法使い、そして僧侶。三人はアリスに助けを求める。
――いまさら、私に助けを求めるんだ。
アリスは意地悪そうな顔をして、三人を見渡すと、一言だけ言った。
「私はパーティを抜けるわ。じゃ、あとは自分でなんとかしてね」
そう言うと、三人は絶望の顔を浮かべた。
しかし、アリスは振り返らない。振り返る義理もないのだ。
こうして、勇者・アリスのパーティーは瓦解した。
◇◆◇
一人になったアリスは、もはや世界を平和にする気持ちも無かった。
かといって、半生を勇者として育てられたアリスには、何をしたいということもなかった。
しかし、気分が良かったのは間違いない。
そこにあるのは、圧倒的な自由。
もう自分の気持ちに偽らなくても良いという自由。
何はともあれ、新しい人生を見つけるたびに冒険者として旅をしていた。
しかし、アリスは旅をしていても、あの魔王のことを思い出す。
パーティーに酷い仕打ちを与え、そして自分を勇者という重荷から解放してくれた魔王のことを。そして、あの魔王が今どうしているか、アリスは気になって仕方なかった。
そして、自覚した。
アリスは、魔王に恋をしたのである。
◇◆◇
それで、話は魔王城に戻る。
「恋は女を強くするんですよ♡アルフレッド様♡♡♡」
「アホか!物理的に強くなってるじゃねえか!」
魔王はついに、行き止まりの通路まで来てしまった。
「もう逃げ場はないですよ♡」
勇者はもう魔王に追いつくと、その進路を塞ぐように両手を広げる。そして、舌なめずりをしながら、魔王を追い詰めた。
「さあ、アルフレッド様♡私の胸の中に飛び込んでください♡」
「いやだよ!お前の胸に飛び込んだら最後、もう逃げられなくなるだろ!」
もはや魔王には逃げ場がない。
そして勇者に捕まったら最後、その両手にある手錠と荒縄で身動きを取れなくされ、一生勇者のスプーンでしか飯を食えないようにさせられてしまう。
……もはや終わりか。
そう思った瞬間、今度は魔王が捕まえてきた姫がやってきたのだ。
「勇者が何をやっていらっしゃるんですか!アルフレッド様は私と一生暮らすと態度で示してくれたんです!あなたのような野蛮な人が、アルフレッド様の伴侶になるなんて百年早いんです!」
勇者は姫の姿を見ると、吐き捨てるようにいう。
「姫じゃないですか!なんたって、政略結婚とか、宮廷での虐めとか、友達がいないとかで、もう王国に帰りたくない、だから魔王城でアルフレッド様と一生暮らしていくとかほざいてんでしょ!」
「そうです!なんで知ってるんですか!」
二人はまるで猫のようにお互いを威嚇しあっている。
頭を抱える魔王。
「なんなんだよ!お前ら!!どっちも頭おかしいだろ!!」
勇者と姫は魔王の両脇に立つ。
そして、互いに牽制しあいながら、言葉を放った。
「見て下さいアルフレッド様♡この方は王国で虐められていても誰も助けてくれないばかりか、私が助けようとすればそれを邪魔するんです!」
「それはこっちの台詞です!あなたのような野蛮な人と結婚なんてしたら、私の命がいくつあっても足りませんよ」
二人はにらみ合う。
そして二人が掴みかかって喧嘩しようとした瞬間。
――今だ!
魔王は煙幕魔法を使い、その場から身を消す。
二人は顔を見合わせて、同時に思ったことを口に出す。
「ここは休戦、アルフレッド様を捕まえるわよ!」
魔王は追跡者が一人増えたことに悩みながら、なんでこんなことになってしまったのか、嘆き悲しむのであった。