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第六話

 最初はスペンサー王子に少し興味を持っただけのはずだった。

 なのにあんな美しい青年は初めて見たし、「褒美」と言われて連れて行ってもらった戦場はとても魅力的で、いつの間にか虜になっていた。


 あれからミサはスペンサー王子に呼ばれる度、よく魔物討伐隊の仕事を休むようになった。

 もちろん仕事に支障は出る。でも隊長はそれでも許してくれて、人間の戦場から目を輝かせて帰って来るミサを見て仲間たちも皆微笑ましげにしていた。


 そしてそんなある日のこと。


「ミサを、上等兵に上がらせたいって軍部が」


 隊長のその言葉を聞いたミサは、思わず真っ青な瞳を見開いて固まってしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 スペンサー王子と並び、戦場で成果を上げるうち、ミサの戦乙女の名はいつの間にか広がっていたようで。

 それを聞きつけた王国軍のトップが彼女の抜擢を決めたのだという。これは命令だった。


 無論考えていなかったわけではない。でもまさかこんな強制的で突然に引き上げられるとは思っていなかったので驚いたのだ。そして戸惑った。


「ミサがいなくなったら、隊長たちは皆困ってしまうであります」


「上部からの命令だし仕方ない。それに、ミサにとっちゃ昇進じゃないか。第三王子殿下に見初められたんだ、きっと未来は明るい。俺たちのことは気にすんなよ」


 そこまで言われてしまえば、ミサは抗えなかった。

 自分はスペンサー王子に惹かれてしまったのだと彼女はすでに気づいている。だからきっともう離れることなんてできないだろうということも。

 それに、兵士になれば堂々と胸を張って戦場で戦えるではないか。これほど楽しいことはない。


 ただ、母と過ごした思い出が詰まったこの魔物討伐隊から抜けることは少し寂しいけれど。


「わかったであります。このミサ、力の限り頑張るであります!」


「頑張って来いよ、俺たちの戦乙女」


 そうして少女は剣を片手に、新たな道を歩きだしたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 戦乙女は戦場で今までにない大きな影響を与えた。

 今までは魔物専属だった彼女だが、スペンサー王子の戦いぶりを見て学び、人間とことを構えるのもできるようになっていた。彼女が剣を振れば一度に十人の敵兵が倒れるとまで噂されるほどである。


 そんなミサの活躍ぶりを目にした『血塗れ王子』は愉快そうに笑った。


「これは俺の負けだな。完全趣味の俺と違って、お前は呑み込みが早すぎる。相当厳しい訓練を受けたのか?」


「いえ、ただどんなことにも屈せず決して膝を折らないよう心がけているだけであります! それにスペンサー様にはまだまだ及ばないであります」


 実際、スペンサー王子は兵士でもないのに敵兵の軍団を一瞬で始末してしまうことさえある。

 それがただ、「王宮にこもっているのが嫌だから」という暇つぶしに近い理由で戦っているのだから驚きだった。でもそういう深い意味を持たないからこそあの真紅の美しさを見せるのではないか、などとミサはぼんやりと思うのである。



 魔物討伐隊から上等兵に引き上げられてきたミサを疎ましく思った兵士もいたようだが、第三王子の守りがあったおかげもあって――おそらくはミサの実力のおかげだろうが――すぐに誰も文句を言わなくなった。

 段々と認められていくミサは、しかし力を抜いたりなどしない。もっと強くならなければ、胸の中にあるのはその一言だけだった。


 でもそれは徐々に形を変えていく。母が残した願いという叶えなくてはならないものから、横に立つ人のために叶えたいものへと。


「ミサ、今回もすごかったな」

「俺より大活躍だったろう」

「俺も負けていられないな」


 そう言って『血塗れ王子』と張り合う日々はとても楽しいもので。

 だから――もう気づいた時には引き返せなくなってしまったのだ。


 敵将の首を取り、どこか楽しげに戦場を駆ける赤毛の青年。

 その血に塗れた姿がとても美しく、ミサの心を打った。そうして彼女はそっと呟く。


「ああ。ミサ、スペンサー様のことが好きになってしまったであります……」


 戦乙女はいつの間にか抱いてしまった恋心を嫌でも認める他なかった。

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