第五話
赤毛の青年――スペンサー王子が帰って行った後には相当大騒ぎになった。
魔物討伐隊の唯一の女であるミサが本物の戦場へ、それも『血塗れ王子』と一緒に行くことになったのである。
「うちの華もいよいよ本番デビューか」と隊長が少し寂しそうに言い、他の隊員たちが「魔物相手だからって練習じゃないんだからそんなこと言うなよ」と嗜める。
でも確かに、魔物と戦う場合と人間のそれとでは大きく違っていた。魔物は野蛮で知能がないため、力とコツさえあれば簡単に倒すことができる。それに比べて人間は知恵が高いから、常に命懸けだと聞いていた。
「ミサは、いずれはこの隊を抜ける気なのか。寂しくなるなぁ」
隊員の一人がそう言ったので、ミサは曖昧に笑った。
ミサは今の状態で満足している。だから別に人間との戦いに臨みたいとか思っているわけではないのだけれど。
……でも、母の望むように強くなるには、このゆりかごの中から飛び出すことが必要なのかも知れなかった。薄々そう思いながらもやはりここから離れようとは思わないのは、きっとミサの甘えだ。
ここだけがミサの存在を許してくれるのではないか。彼女はずっとそんな風に思っている。
「ちょっと、見るだけであります。ここから抜ける気はないであります。……今はまだ」
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目の前でものすごい数の兵士が殺し合いをしているのを見て、ミサは心を痛めた。
魔物と戦うならともかく、人間同士で命を奪うというのはなんと愚かなのだろうとぼんやり思う。でも人間であろうがなかろうが命は命と言ってしまえば、大差はないのかも知れない。
あちらこちらで血飛沫が舞う凄惨な戦場の姿に、さらに新たな血の花を咲かせる人物が現れる。
『血塗れの王子』は人間の戦場において、凄まじい力を見せた。
剣の一振りで一気に三人の首を跳ね飛ばし、同時に足にくくりつけた短剣でさらに二人を切りつける。それに驚いた敵兵は次の瞬間首がなく、または下半身を失って倒れ込むのだ。
「すごいであります……!」
襲いかかって来る雑魚兵を跳ね飛ばす以外にはミサが加勢する暇などほとんどなかった。
『血塗れ王子』は一瞬にして敵兵を圧倒し、見事勝利を掴んだのだ。一人で王国軍百人にも勝る戦力を持つのだから、化け物級と言っても過言ではないだろう。
赤毛を揺らし、赤い瞳に殺意を灯す姿を見てミサは思った。これぞ、本物の強者なのだと。
自分などまだまだ序の口に過ぎない、小娘でしかないのだと。
血塗れながら戦場のど真ん中に立つスペンサー王子に、胸打たれてしまったのだった。
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「少しは楽しんでもらえただろうか」
「はい。目を疑う素晴らしさでありました」
血の惨状から離れ、馬車での帰り道。
楽しそうに頬を笑顔に歪めるスペンサー王子に興奮して頷くのはミサだった。
あれはすごかった。凄まじかった。想像以上だった。
大犬に負けていたあの青年とは思えない腕に驚くと共に感動する彼女をじっと見つめながら王子は嬉しそうに笑っている。
「また今度も一緒に行かないか」
「今度……でありますか? でもミサは魔物討伐の仕事が」
「次は君の戦いぶりをもっと見たい。ダメか?」
そう問われてミサはためらった。
今日はたまたま隊長に許してもらって休みを取ったが、魔物討伐隊の仕事は年中無休である。特に、戦乙女と呼ばれ、部隊の中で一番重宝されているミサなどは欠けては困る存在だろう。
でもまたスペンサー王子の勇ましい姿を見られるかと思うと少し胸が弾んだ。だから、
「隊長が許してくださるなら、ご同行させていただくであります!」
と、『血塗れ王子』に微笑んだのだった。