第十六話
その夜はスペンサー王子に王宮に連れて行かれ、散々城の中を連れ回されていた。
けれど王宮の庭園はとても綺麗で、緋色の薔薇を五本その場で摘み取って「記念に」と手渡されたミサは思わず頬を染めた。それが彼の愛そのものだったからだ。
「ありがとうございます、であります。ミサも、ミサもずっと、スペンサー様のことが、大好きでありますっ!」
「……俺も同じだよ」
スペンサー王子はそう言って嬉しそうに笑う。そのまま二人は薔薇を手に抱き合い、甘やかな口づけをし、永遠の愛を誓ったのであった。
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そして、闘技場での戦いから一夜明けた朝のこと――。
「ここで泊まって行ってくれ」というおそらくスペンサー王子のわがままにより一晩だけあてがわれた王宮の一室で目覚めたミサは、ビジータ侯爵家当主の今までの行いが全て明らかにされたと聞き及んだ。
ミサの母親を初めたくさんの女性に手を出し、その中でも子供を孕った女性は片っ端から惨殺していたこと。
実は侯爵は愛妻家と知られ有名だったのだが、それはまるっきりの嘘であったこと。
全てスペンサー王子が自分一人で証拠を掴み、暴いたというのだから驚きである。その有無を言わせぬ摘発にはさすがの侯爵家も敵わなかったらしい。
その醜聞のせいでビジータ家は取り潰しになるそうだ。
どうにか侯爵の妻子は彼と縁を切り、別の貴族家に嫁いで行ったというが……かなり身分の低い男爵家であったことから、今までのような贅沢はできないだろう。あれほど威張り散らしていたメリッサも今や男爵家の義理の娘でしかないのだ。
ちなみにミサは侯爵の被害者なのでもちろんのこと罰はないし、むしろ慰謝料を払ってもらうことになったくらいである。
さすがにここまでの仕打ちは手酷いような気がしたが、でもまあ、因果応報である。これで少しは母の無念は晴らせただろうかと思い、ミサは静かに笑った。
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「す、スペンサー様、王家を出るでありますか!?」
「ああ。王家に残っていたらミサと夫婦になるのに色々と問題が起こりそうで。でも安心しろ、俺は元々道楽者の三男坊。別に俺一人が抜けても国家運営に支障はない」
そして聞かされた話はもう一つ。なんと、スペンサー王子が王家から籍を外し、ただの平民になるというのだ。
もちろんミサは別に王子だからと言って彼に近づいたわけではないから失望したりはしないが、王子が急に平民になって大丈夫だろうかと心配になった。それが自分のためだというのだから申し訳ないことこの上ない。
「俺、ミサと夫婦になったらやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと……?」
「そう。俺もミサのように兵士になりたいと思って」
スペンサー王子の少し気恥ずかしげな言葉にミサは息を呑んだ。
確かにスペンサー王子ならすぐ兵士になることもできるだろう。けれど兵士というのも楽な仕事ではないのは確かだ。
だがしかし、これからも彼と一緒に戦えるというのであればミサも願ったり叶ったりである。
そうして彼女はスペンサー・クノール王子――もといただのスペンサーになった彼を受け入れ、彼の手を取る。そして彼の望む場所へと向かって駆け出した。
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それからまもなく、ミサは今まで所属し戦っていた隊を辞すことを決めた。
人間の戦場で活躍できることは嬉しかったがどうにも肌に馴染まないと思っていたのだ。結婚という人生の転機を迎えたことを機に、故郷である魔物討伐へ戻ることにしたのだった。
討伐隊の隊員たちは皆が大喜びでミサを迎え入れ、その上スペンサーのことも歓迎してくれた。
「おかえり」
「戻って来ると思ってたぜ」
「やっぱりいい男じゃねえか」
「結婚したんだって? 『血塗れ王子』とくっつくなんて、ミサはすごいよな」
隊員たちの言葉を少しくすぐったいながらもミサはとても嬉しく、思わず笑顔になった。
そしてまたこの隊の一員として働けることを誇りに思うのである。
スペンサーはすぐに兵士として認められ、すぐに上等兵にまで上り詰めた。
共に上等兵のミサとスペンサーは隊員たちに重宝されるようになる。最初は魔物相手は不器用だったスペンサーもすぐに手慣れ、各地の魔物退治に大活躍となった。
かつて『戦乙女』と『血塗れ王子』と呼ばれた二人の話は、後世にまで語り継がれていった。
真紅の戦場で出会った二人が戦い、そして愛を深め合うその姿は大衆から大人気で、数十年後には歌劇として親しまれるようになる。
そしてその劇の最後は必ず、こう締めくくられるのだ。
『こうして二人は末長く、決して穏やかではなくても血のように真っ赤な愛に染まった人生を送ったのでした』と。




