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第十四話

 ミサの短剣と相手の長剣がぶつかり合い、甲高い音を立てる。

 軍服のスカートを揺らしながら軽く横へと跳躍、彼の横腹を狙った。しかしもちろんそんなに簡単に勝てるはずもなく、横腹をガードすると同時に放たれる蹴りを今度は後に飛んで避ける。


 今、ミサとスペンサーは身を絡ませ合い、戯れ合っていた。

 思わず笑みが溢れる。スペンサー王子と剣を交える日が来るだなんて思ってもみなかった。嬉しくてたまらず、いつもよりも剣が軽いようにすら感じられる。


 彼女らが戯れているその姿は、常人から見れば恐ろしく凄まじい戦いだった。

 観客が一様にして「おう」とか「ああ」とかと言ってどよめく中、闘技場を舞う二人はさらに加速していく。


 最近は人間と戦うことも多くなったが、やはりミサは魔物を倒して来た経験と比べれば桁違いに少ない。

 だからこうやって美しく繊細な動きでかわされ続けるというのはなかなかに苦しいものがあった。でも奥歯を噛み締めながら彼女は屈することなく剣を打ち込み続ける――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この勝負は、自分に対しての賭けだとスペンサーは思っている。

 今までずっと奔放に生き、腕を磨いてきた。その集大成として今この一戦に賭けているのだ。


 これに敗すれば自分はビジータ侯爵令嬢を娶らなければならないだろう。

 そうしてミサへの恋情を捨てるのだ。……彼女を他国などに逃して身の安全を確保することはできる。そうしたらもう二度と会うことはないだろうけれど。


 だから絶対に負けるわけにはいかない。女物を軍服をひらめかせ、優雅に舞う彼女を打ち負かすまでは、絶対に。

 彼はいつになく剣に力を込めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 状況は目まぐるしく変わっていく。

 先ほど、もう少しで剣が届きそうだと思っていたら今は宙へ跳ね飛ばされていて、なんとか着地すると同時に攻撃を打ち込まれそれを寸手で防御した。

 かと思えば今度は足を狙われ、横っ跳びしながらこちらも相手の腕を襲った。けれどやはり避けられてしまい、形勢が二転三転する。


 そんな中で、全身真っ赤な鎧兜の『血塗れ王子』が余裕の笑みで話して来た。


「こんなに本気を出したのは何年ぶりかわからない。君はやはり、なかなかの手合いだな」


「そう、でありますか。お楽しみいただけたようで何よりであります――!」


 何度も攻撃を繰り出し、または相手の攻撃を防御しながら、ミサも叫ぶように答える。

 戦い始めてからどれくらい経つだろう。体が徐々に動かなくなって来ている。腕が重く足の動きが鈍い。早く決着をつけなければ、そう思った瞬間のことだった。


 ギリギリと音を立てながら押し合いへし合いしていた両者の剣。そのうちミサの方の短剣が突然、ぽきりと折れたのは。


 それを認識し、やばい、と身を翻すが間に合わない。

 すぐに相手の刃が自分の胸に迫り、皮の厚い軍服を切り裂いたのだ。


 ぐらりと全身が揺らいで次の瞬間にはもう背中が地面に叩きつけられている。

 剣はない。『血塗れ王子』の炎の眼差しと、それに相反するかのような冷たい剣がこちらへ向いた。


 ――魔物にもし押し倒された時。その時はとにかく相手の隙を狙い、急所に確実に打ち込むのだと。


「ミサ。負けを認めるか?」


 降り注ぐ声に、もちろん首を振った。


「これで勝った気でいるのなら、スペンサー様もまだまだでありますね」


「でも、この剣を一突きすれば君の命はおしまいなんだぞ?」


 剣先が滑り、ミサの喉元までやって来る。それでも彼女は怯むことなく笑顔だった。

 スペンサー王子の瞳にほんの少し動揺が見えた。こちらがすぐに折れるとでも思ったのだろうか。殺すか、負けを認めさせるかまで勝負は終わらない。どうやって勝とうかと思案しているらしいスペンサー王子に、一瞬だけ隙が生じる。

 ミサはそれを逃さなかった。


 バン、と大きく振り上げた脚がスペンサー王子の股間を直撃する。

 そこに攻撃が来ると思っていなかったらしい彼は「うぐっ」と呻き、少し後へ傾いた。その瞬間に飛び起きたミサは彼の手からすぐさま長剣を奪い、立った。

 人間にとって股間は急所である。よって、そこへダメージをモロに受けた彼がそう簡単に復活できるはずもなく、ミサの体当たりによって押し倒されて先ほどと状況が真逆になる。重たい長剣を両手でしっかり抱え、ミサは躊躇うことなくスペンサー王子の体に馬乗りになって全身でのしかかった。


「……君は、強いな」


「当然であります。ミサが何年兵士の務めを果たしていると思っているでありますか? 舐められては、困るであります」


「それにしては相当消耗しているようだが?」


「お相手が手強かったのであります」


「そうか。でも俺は、結局勝てなかったな」


 疲れたように笑いながら、彼は軽く手を振った。ここまで抑え込まれているのだから形勢逆転は不可能だとそう思ったのかも知れないし、もしかしたらこれも彼なりの手加減なのかも知れなかった。


「はぁぁ。うっかり油断しなければ良かったなあ。……ミサ、君の勝ちだ」


 はっきりそう宣言され、観客がまたどわぁっと騒がしくなる。

 それをどこか遠くに聞きながら金髪の少女は勝利の笑みを浮かべたのだった。

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