第十三話
メリッサ・ビジータは激怒していた。
――何よ、わたくしがこれほどまでに頭を下げてやっているというのに、あの男の誠意のなさは!
彼女には婚約打診をしている相手がいる。それはクノール王国第三王子、スペンサー・クノールだった。
先日の夜会の際、なかなか手紙を寄越してこない彼へ直接迫ろうと思って行ってみれば、なんと彼は見たこともない女とダンスをしていたのである。それがどこかのご令嬢ならまだしも、軍服を着た、とてもとても夜会には似合わない女だったからメリッサは気に入らなかった。
どう見ても軍人娘にしか見えないような女を侍らせてどういうつもりなのか。ビジータ侯爵家がありがたくも婚約打診してやっているというのに、返事もせずに他の女を選ぶなど許されると思っているのだろうか?
しかもその軍人娘は、メリッサとスペンサーが話している間に無作法にも逃げ出した。それをいい気味だと思ったのも束の間の話でスペンサーはメリッサより彼女を優先し、会場から出て行ったのである。
何もかもが気に食わなかった。
そして今、闘技場で開かれようとしている戦い――否、茶番も許せない。
よりにもよって王子とあの軍人娘が戦うというのだ。しかも、『王子が勝ったら軍人娘を娶る』という、わけのわからない条件で。
これはわたくしに対する侮辱だ。屈辱だとメリッサは怒りに肩を震わせた。
だから、隣で息を呑む父のことなど気づくはずもなかったのだった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミサは今、スペンサー王子と向かい合っている。
彼もミサもそれぞれ愛用の剣を手にしていた。しかし今は一緒に戦場に出向くわけではない。今からお互いに、本気の勝負をするのだ。
彼を恋するのであれば、自分だって相応の強さがなくてはならない。すぐに泣いて逃げようとする今までのミサではいけないから、変わろうと思った。
闘技場で行われる戦いは本来は相手が死ぬまでの殺し合いであるが、何せ片方が王子。特例で「相手が負けを認めたら勝負が終わる」ことにしている。
つまり負けを認めさえしなければ勝てる。――つまり心が折れない限りは負けることがないのである。
この戦いを提案したのはスペンサーであった。
彼は言ったのだ。
「ミサが自分の強さを見せればいいさ。実は俺も今、ビジータ家には頭を悩ませていたところなんだ。婚約の打診が入ってね。でも俺は好きでもない女と結婚するつもりは毛頭ない。だから……俺と勝負してくれ。そして俺が勝ったら、俺と結婚してほしい」
だからミサは闘技場の中央に立つ。
自分の心身の強さを見せ、『血塗れ王子』を打ち負かすために。
そして――自分のたった一つの願いを叶えて見せる。
戦いが、始まる。




