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第十二話

 ミサは全身でスペンサー王子の熱を感じていた。

 温かい。心まで溶けてしまいそうなほどに心地よく、静かに両目を閉じた。


 今まで心をかき乱していた色々なことがどうでも良くなってしまうようだ。

 恐怖の震えはすっかり治まってしまい、今彼女の胸の中にあるのはなんとも言い難い安堵だけ。

 逃げなければと思っていたはずなのに彼を振り解こうなんて考えは微塵も起きなかった。


 スペンサー王子はミサを見つけてくれたのだ。

 すっかりあのパーティー会場からは離れて、ここは隣町。だというのに……。また涙が出て来てしまいそうになる。


 しばらく無言だった二人。しかし先に口を開いたのはスペンサー王子の方だった。


「どうして、逃げ出したりしたんだ」


「…………それは」


 ミサはその質問を受け、言葉に詰まった。

 どうやって答えていいかわからない。まだ頭の中はとっ散らかっていて整理なんてついているはずがなかった。今は彼の温かさに全てを預けていたい。

 ……でも。


「話したら……スペンサー様は、ミサを許してくれるでありますか」


「元々怒ってもいないだろう。まあ心配はしたがな」


 王子が小さく笑う。

 それを見てミサの心の中で覚悟が決まった。


「ミサが、逃げてしまったのは……ビジータ家の者と出会ってしまったからであります。今からミサの話を、信じて、聞いてほしいであります」


 そうして彼女は今まで誰にも明かしてこなかった素性を……彼へと語り始めたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ミサの母は元々、ビジータ家のメイドであった。

 メイドと言っても平民ではなく、とある伯爵家の三女だったと聞く。それが少し貧乏になり裕福なビジータ侯爵家へ働きに出たのだとか。

 彼女には恋人がいて、正式な婚約関係はなかったものの侍女として勤め終わったら結婚する約束をしていた。彼と結ばれることで母は幸せになるはずだったのだ。


 ――しかしそうはならなかった。

 母の働く家の旦那様、つまりビジータ侯爵家当主は女遊びのひどい男で、令嬢や平民構わず誰でも犯して回っていた。

 それを知らなかった母はある夜旦那様に誘い出され彼の執務室に行き、そのまま強姦を受けた。


 告白すれば殺すと言われたらしい。

 強姦されたことによりプライドがズタズタになった母は、それでも、早く家に戻れるよう仕事を頑張り続ける。しかしそれはとうとう報われることなく、恐ろしいことに孕ってしまった。

 当主は夫人に女遊びが気づかれないよう、孕った女を片っ端から始末している。その標的になってしまった母は何度も殺されそうになりながら必死で逃げた。

 恋人のところへ帰ることはできなかった。逃げて逃げて逃げ続け、あの魔物討伐隊のテントに転がり込んだのだという。

 『料理をするなら身を隠してやる』という条件で雇われることになった。


 ……そうしてまもなく、ミサという少女が生まれた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ミサは、母にとって憎くて、不幸の象徴なはずなのに……優しく育ててくれて。でもその代わり、強くなりなさいって言われ続けていたであります。母の死の直前にこの話を聞かされてミサはすごく驚いたでありますが、母のために頑張ろうと思って励んだであります。でも、それもこれで終わり。ビジータ家に見つかったミサは殺されるに決まっているであります。だから、逃げないといけない。でもミサはスペンサー様と離れたくない……っ」


 震える声でそう言うミサをスペンサーが真紅の瞳で見下ろしている。

 それはまるで炎のように熱を帯び、ミサの心を焼き焦がした。これが恋なのだろうと彼女は涙に霞む思考の中で思う。

 そして次の言葉を聞いて、さらに彼女は震えた。恐怖ではなく感動に。


「強くなりなさいって、そう言われたんだろう。なら立ち向かわないでどうするんだ」


 強くなりなさいと言われた。

 けれどそれは剣の腕を上げることだけだっただろうか?


 ミサは強い。どんな相手だったとしても血を吐いても必ず最後は勝つ自信がある。

 けれど心はどうだろう。こうしてすぐに泣き出して縋りたくなってしまうのだ、きっとまだまだ弱くてもろい甘ったれた小娘でしかなかった。

 母に求められた強さはもしかすると後者の方ではないか? 王子に言われた彼女は初めて気づいたのだった。


「――。どうやって立ち向かうでありますか?」


「ミサが自分の強さを見せればいいさ。実は俺も今、ビジータ家には頭を悩ませていたところなんだ。婚約の打診が入ってね。でも俺は好きでもない女と結婚するつもりは毛頭ない。だから……」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 後日、心地よく晴れたある日のこと。

 その場所――王立闘技場で、とある勝負が催されることになった。


 勝負を見たいという者は大勢いて、血気盛んな貴族や兵士たちは揃って観戦に駆けつける。

 どうして彼らがそんなに期待しているのかと言えば、数十年ぶりに決闘が開かれるという点もあったが、何せ戦いの内容が興味を集めたのであろう。


 ――『血塗れ王子』と、かの有名な戦乙女。このクノール王国の最強までと言われる二人が剣を交えるというのだから。

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