第一話
「君の、名前は」
血塗られたような真っ赤な髪をした青年が、少女に問う。
彼を振り返る少女は少しばかり目を丸くした。青年は右腕を大きく負傷していて、激痛を感じてもおかしくはないほどだ。なのに今そんなことを問われるだなんて思っても見なかったのである。
彼女はその瞬間、少しばかり、この青年に興味を持ってしまったのだった。
「魔物討伐隊の兵士、ミサであります。……怪我がひどい。早く連れていくであります」
それが少女――ミサと彼の出会いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんね。母さんが弱いからこんなに辛い思いをさせてしまう。ごめんねぇ……」
それがいつも母の口癖であったことをよく覚えている。
その度に母は言うのだ。「だからあなたは強くなりなさい」と。
ミサはそれを毎日のように聞かされながら育った。
今の生活を不幸だとは思わない。でも母の願いを叶えるため、自分は強くなろう。それはきっと決意というよりは、強迫観念に近いものだったかもしれない。剣を振りながら男たちと張り合う。小さな少女にはあまりにも重すぎる使命だったけれど、それに屈することなくミサは頑張り続けた。
ミサが育てられた環境は特殊だったと言えるだろう。
何せ周りの人間たちは皆兵士ばかりだったのだから。
兵士たちは優しく、そして厳しい。
剣の訓練に付き合ってくれる隊長は、幼いミサに少しの容赦もしなかった。いつも負かされていた。負ける度に唇を噛み締める彼女に「次こそは勝てよ」と笑いかけてくれる。
ミサはある年頃までこの兵士たちが一体何なのかを知らなかった。そしてどうして自分がそんなところにいて、母がその兵士たちに混じって料理や洗濯などをして働いているのかも。
彼女が全てを知らされたのは母の死の時であり、その時にはすでに彼女は兵士たち――魔物討伐隊の一員になっていた。
ミサは戦乙女である。
一体誰がそんな名前をつけたかはわからない。軍服を着て剣を握り、戦うその姿が戦乙女などというあだ名を広めたのだろうとは思う。
別にミサはそんなことは気にしていないし、大きな魔物を討って国王に賞賛されている時ですら、強くなることしか頭になかった。
――もっと強くならなければ。
――もっと逞しく、誰にも負けない兵士に。
隊長に簡単に勝つこともできるようになった。
けれどミサは努力することをやめず、ただただ剣を振り続けていた。だから青年に出会ってなんとも言い表し難い感情を初めて抱いた時、ミサは戸惑ったのだ。
赤毛に真っ赤な目をした血塗れの青年を見て、思わず見惚れてしまうだなんて。
「きっと、気のせいであります……」
大犬という魔物に襲われて負傷し、腕の中で気を失っている赤毛の青年を見下ろしながら、彼女は小さく呟いた。