魔王は既に?
この世界のお金の単位は『ゴールド』である。
ゲームでの話だが、1ゴールドは約10円という風に運営から説明があった。
これが実際の世界でもそうなのかは、分からない。
何故なら、安く感じるものもあれば、高く感じるものもあるからだ。
だからそんな事を気にしていても仕方がないのだ。
1ゴールドは銅貨1枚、10ゴールドは大銅貨1枚である。
銀貨1枚は100ゴールド、大銀貨1枚は1000ゴールドとなる。
此処まで説明すればもうお分かりの通り、金貨、大金貨はそれぞれ1万ゴールドと10万ゴールドである。
この日宿屋で目覚めた俺は、なんとなく出かける気力に乏しかったので、昨日稼ぎまくったアイテムの確認をしていた。
そしたら驚いた。
予想よりも圧倒的に収獲が多かったのはもちろんだが、思わぬレア素材や魔石も紛れ込んでいたのだ。
それも1つや2つではない。
魔石と素材あわせて全部で32個もだ。
これらのレア素材や魔石は、色々な森で手に入れる事ができるものだが、とにかくレアな魔物がドロップする物なので、狙って手に入れる事はできない。
それが運よく32個も手に入ったのだからテンションはアゲアゲになっていた。
「よっしゃー!これで何か良い物作れるぜ!」
しかしそう言ってテンションを上げたものの、よく考えたら自分でアイテムを使う事なんて皆無だ。
俺はなんでも魔法で事が済んでしまうチートなのだ。
再び一瞬にしてテンションが下がった。
この大陸最高クラスの剣や防具が作れてしまう素材が集まりつつあるのに、意味がない。
俺はため息が出た。
「いやまてよ‥‥」
ため息をついてから俺は思った。
装備品は、別に自分で使う必要はないではないか。
勇者に使ってもらえば、一気に強さをアップできる。
そうだ。
何も勇者を鍛えるだけが強くなる方法ではないのだ。
妖精にゴーレムや魔力を分け与えたように、勇者にだって強力な武器防具を与えて強くすることはできるのだ。
とりあえず現在最強武器や防具の素材は分かる。
それを集める事が手助けになる。
こうして俺の目的に、素材集めも含まれる事になった。
ただ、本当に今の勇者でいいのかという問題はまだ残っている。
そこで、残り2人のSSSランクも見に行こうと考えていた。
更に、名を知られていない冒険者や軍人の中に、もっと強いヤツがいるかもしれない。
とにかく全ての町を巡って、サーチで強力なヤツがいないか探す事にしよう。
今思えば、何故勇者探しの方法をイベントにこだわっていたのだろうか。
強いヤツならすぐに分かるのだ。
将来性は見てみる必要があるが、この方法なら俺以外に転生してきた者も見つかるかもしれない。
転生前の会話を思い出して欲しい。
俺は俺の要望通りの転生結果となっている。
つまり他のメンバーが転生していたとしたら、当然要望通りに強いはずなのだ。
この日から俺は、片っ端から行ける町を訪れて行った。
とりあえずウリエル王国内の町を全部回る。
ドラゴンクラス以上と思われる者に出会う事はなかった。
続いてラファエル王国内だ。
ドワーフの国と言った感じの町が多く、ラファエル王都では最高の鍛冶職人と呼ばれているドワーフのルークに会った。
ゲームをしていた頃はよくお世話になったNPCキャラクターだから、気軽に話す事ができた。
でも当然と言えば当然なのかもしれないが、俺の事は全く知らなかった。
ラファエル王国内では、何ヶ所かで狩りもした。
中レベルの魔石や素材が簡単に集まるので、はまれば何日も続けていた。
ドラゴンクラス以上の者が2人いたが、どちらもドワーフだったし、勇者というビジュアルでもなかった。
当然転生した友人でもなかった。
次に、少し回り道になるのだがガブリエル王国内を巡った。
やはり攻略順に行くのが良いと思ったからだ。
正直ガブリエル王国内を巡って俺は驚いた。
ドラゴンクラス以上と思われる者が結構な数いたのだ。
そしていずれも角無しか獣人だった。
差別が無いように見えるガブリエル王国だが、どの王国よりも不自然さを感じずにはいられなかった。
それに最も驚いたのが、ゲームをしていた頃は高難易度の狩場だった場所が、何もないただの岩山に変わっていた事だ。
魔物も何も存在しない。
不自然極まりなかった。
まあその場所で手に入るはずだったものは現状必要はないのだけれど、何か気持ち悪さが残った。
さて次は最後の王国であるミカエル王国だ。
王都にはSSSランクの者が2人いる。
正直ガブリエル王国内でシュメールレベルに近い者が沢山いたので、今更見に行っても仕方がないかもしれない。
でもガブリエル王国内のそれらの者たちは、角無しと獣人という事で、勇者になるとは思えない。
エルフなら可能性が考えられる。
俺はあまり期待はしないよう、期待してミカエル王都へと向かった。
最初にガブリエル王都を発ってから、ミカエル王都に入るまでに、実に1ヶ月が経過していた。
俺がこちらに転生してきてから3ヶ月以上が過ぎている。
まだ魔王が現れる気配はない。
もしかしたらそんな事にはならずに終わるかもしれないが、とりあえずここまでは俺の予想通りなのかもしれない。
ミカエル王都に入った俺は、既にドラゴンクラス以上、或いは魔王クラス以上の者を何人か見つけていた。
千里眼を駆使して確認した所、ミカエル王自身が魔王クラスのようだ。
そしてSSSランクの2人は、どちらもドラゴンクラスと言った感じだった。
「やはり噂通りか」
俺が見た所、同じドラゴンクラスでもシュメールよりはプレッシャーを感じない。
ただ、ミカエル王はガブリエル王よりも上に感じた。
「仮にガブリエル王が魔王側だったとしても、エルフのミカエル王陣営が対抗できるか‥‥」
勝利を確実にする為には、ミカエル王を強くするのが良いかもしれない。
「まだ大陸全てを廻ったわけじゃないし、とりあえずは保留だな」
俺はいつも通り町のギルドを廻ってチェックを入れてから、別の町へと出発した。
数日かけてミカエル王国領内の町を全て回った後、俺は素材集めに奔走した。
ミカエル王国は最後に実装された場所だけに、ハイレベル魔獣が出現する場所が多い。
むしろ弱い魔獣が出る森や山なんてほとんどないのだ。
高レベルのアイテムを製造する為に必要な素材は、7割方この領内に集中している。
俺はあちこち飛び回って素材を集めていった。
中にはドラゴンも含まれていて、探すのは一苦労だった。
探索魔法があっても、そこに存在しないものを見つける事は不可能である。
何日も通って、ようやく出現したりする場合もあった。
おそらく、満月の時にしか現れないとか、夜しか現れないとか条件があったと思うのだけど、ゲームの頃の知識はかなり無くなっていた。
気が付けばこちらの世界に転生してから、5ヶ月以上が経っていた。
素材集めがひと段落した俺は、一旦妖精王国の屋敷に戻った。
残るはルシフェル帝国領の帝都だけだし、素材が揃ったのでアイテム作りを依頼したいからだ。
ゲームではドワーフのルークに依頼する事になるのだが、俺はもう1人、最高の鍛冶職人を知っていた。
妖精帝国に住む妖精人間のマサムネだ。
ルークとどちらが良い物を作るか分からないが、今ならマサムネの方が良い物を作る可能性がある。
自分で作るという手もあるのだが、俺が作ったもので勇者が魔王を倒したりしたら、有名人になってしまうかもしれない。
そんなわけでそれは最後の手段と考えていた。
とにかく、今はマサムネとルーク両方に作ってもらうべく俺は素材を2つ分集めていたのだ。
超レア系の素材以外は3つ分以上あるので、自分で作るにしてもすぐに素材は集められるだろう。
そんなわけで俺は1セット分の素材をメイド長のツキに渡して、マサムネに最高の剣、防具、盾を作るよう頼んでもらった。
防具のサイズは一応アベルに合わせた。
数日屋敷で休んだ後、俺はルークに一式作ってもらえるよう依頼しに行く事にした。
「でもその前に‥‥」
俺はポータルの町に瞬間移動魔法でやってきた。
この町に来た理由は二つだ。
一つはレッドギルドで別の人間のギルドカードを作る事。
そしてもう一つは、そのギルドカードのランクをDランクまで上げる事だ。
今俺は勇者をサポートして、来るべき日に備えようとしているわけだが、仮に勇者が魔王を倒したとして、その時勇者が『タツヤのおかげです。この伝説の剣もタツヤにもらいました』なんて言った有名人になってしまう。
なるべく目立たず生きて行こうとしている俺にとっては一大事だ。
妖精王国設立を手伝った人間という事で既に有名人だし、ウェストランド領主との交渉からグリーンギルドと妖精ギルドの橋渡しをした事が評価され、グリーンギルドから名誉冒険者として特別カードまで発行されたりしている。
グリーンギルドでは俺はお偉いさんの一人になっているわけで、本当にもうこれ以上は勘弁なのだ。
だから名前が売れてしまいそうな活動は、これからは第二の俺を作ってやっていく事にした。
ギルドランクをDランクまで上げておこうというのは、活動をやりやすくする為である。
冒険者の人権は、だいたいDランク以上からだからね。
舐められない為にも、信用を得る為にもDランクは最低限必要な所なのだ。
で、何故この町かと言えば、地元でカードを作っていきなりDランクまで上げたら、その後の活動に支障が出るかもしれない。
もちろんこの町でそうしたとしても、それなりに話題にはなるだろう。
でもおそらくここはほとんど活動外の地なわけで、しばらく訪れなければ噂も消えると考えての事だ。
更にランクを上げるのにもこの地はやりやすい。
素材の森があるからね。
ギルドランクを上げるには主に2つの方法があって、クエストのクリアと魔石や素材の換金だ。
素材の森では沢山の魔石が手に入れられる事から、ランク上げにこの場所を利用する者は多い。
ゲームの頃の話だけどね。
ただ、ランクGからFに上げる場合だけは、最低限クエストを3つクリアしなければならないので、俺がやるべきは『クエスト3つの達成とFからDに上げられるだけの魔石と素材の提供』となる。
そんなわけで、簡単にもう一枚ギルドカードを手に入れる為に、俺はポータルの町に来たわけだ。
俺はレッドギルドを訪れた。
レッドギルドでカードを作るのにも理由がある。
既にブルーギルドのカードは持っているし、グリーンギルドは名誉冒険者カードがある。
レッドギルドともつながりが欲しかった。
それに一気にDランクまで上げる者も、レッドギルドの冒険者ならそれなりにいそうだから、目立ちが少ないだろうからね。
俺は既に砂の分身を女性の姿に変えていた。
適当に作ったらアマテラスに似たビジュアルになってしまった。
これだと何かしら繋がりを疑われかねないので、俺は髪の色を銀髪に変えた。
これなら全くの別人だろう。
年も少し上の二十歳くらいのビジュアルにしている。
大丈夫だ。
さて、受付で冒険者登録をお願いする。
「冒険者登録をお願いしたいのですが‥‥」
女性言葉で喋るのは苦しい。
できるだけ喋らないキャラにしようと思った。
「はい、それではいくつか質問をさせていただきますね」
「はい」
「お名前は?」
考えてなかった。
俺は咄嗟に『ツクヨミ』と答えた。
「年齢は?」
「二十歳です」
「種族は、人間でよろしいですね?」
「はい」
「出身はどこですか?」
そこまで聞かれるのかよ。
「ウェストランドの西の方です」
やべ!
それ俺が転生してきた場所だ。
「ウェストランドの西というと、何処になるんですかね」
「えっと‥‥何もない荒野と、山だけがある所なんですが‥‥旅人の両親がその辺りで‥‥」
「そ、そうなんですか。ではご両親のお名前は?」
「父はイサナキ‥‥母は‥‥イザナミです」
もう適当だ!
「今はどちらに?」
「両方半年ほど前に死にました。ドラゴンか何かのブレスでしょうか。山を吹っ飛ばすような何かがあって‥‥」
「そうでしたか。つまり今は一人と‥‥」
「はい‥‥」
「どうしてこのポータルでギルドカードを?ここに来るまでに作れたのでは?」
「知り合いの冒険者についてきていまして、その流れで良い頃合いだったので‥‥」
「そうですか」
少し怪しまれたかもしれないけれど、無事カードは作ってくれそうだ。
しばらくしてカードが渡された。
「ではこちらになります。説明は必要ですか?」
「いえ、だいたい知ってますから」
「仕事はあちらの掲示板に貼られているので探してみてください。最初はなるべく簡単そうなのから地道にやる事をお勧めします。それでは」
「ありがとうございます」
俺はそう言って受付から離れた。
離れた瞬間、新人冒険者をいたぶりたいヤツとか、パーティーに誘おうとするヤツがいたが、いずれも女目当ての気持ち悪いヤツだったので軽く笑顔で対応しておいた。
「さっさとDランクまで上げるぞ」
俺は掲示板を探した。
既に持っている素材で対応できそうな3つの依頼を剥がしとり、俺は受付に依頼を受ける旨を伝えた。
「困りますよ。クエストは1つずつやってもらわないと」
「すみません。ですが既にこれらの素材は持ってますから‥‥」
俺は裾や懐に手を入れ、そこから素材を取り出したかのように異次元アイテムボックスからそれらを机に並べていった。
「そ、そうですか。今回は受け付けますが、以後は一つずつお願いしますね」
「はい‥‥」
もう二度と複数の依頼を受ける事はないだろうけどね。
カードを出して、ツクヨミのランクはFランクへと上がった。
そのままの流れで、俺は魔石も売る事にした。
既にDランクまでに必要な魔石は仕分けてある。
素材の森で手に入れた魔石の中で、要らないものを集めてあった。
「これを売りたいのですが‥‥」
かなりの量の魔石が袋に入っている。
懐から取り出すようにしたが、ちょっと量的に不自然かもしれないくらいの量だった。
少し受付の人は驚いた顔をしたが、黙ってそれを受け取ってくれた。
「鑑定に少し時間がかかるかもしれませんので、あちらの席に座って待っていてもらえますか?」
「わかりました」
魔石とギルドカードを預けて、俺は指定された席についた。
まあこれでなんとかなるだろう。
Dランクのギルドカードを不正に手に入れた所で、そんなに大きなメリットも普通はないからね。
待っている間も俺に声をかけてくる冒険者はいたが、優先座席に座るOLのように寝たふりで無視を続けた。
10分ほどで鑑定は終わり、無事ランクはDランクまで上がった。
これでようやく今日の目的を達成できる。
カードを受け取った俺は、直ぐにレッドギルドを後にした。
目指すはラファエル王都。
もう帝都以外すべての町にチェックを入れてあるから、何処にだってすぐに行ける。
その日の内に俺はツクヨミの姿でルークに会って交渉し、1週間以内に剣と防具と盾を作ってもらえるよう約束を取り付けた。
1日が経って、いよいよ最後の町ルシフェル帝都へと出発だ。
ルシフェル帝国領は、大陸の中心にある。
他の王国と比べるとかなり小さな領地だが、牧場や田畑が広がりとても豊かな場所だ。
帝都は背後に大きな岩山があり、軍事面でも守りに優れた場所となっている。
さて、強いヤツはいるのだろうか。
帝都が近づいてきた時、探索魔法は沢山のハイクラス魔人の存在をとらえていた。
ドラゴンクラスは当たり前、魔王クラスも複数存在した。
帝都に入れば更に大魔王クラスも見つけられた。
それは紛れもなく、ルシフェル皇帝だった。
そして皇帝を含むすべてが魔人だった。
千里眼で見た所、上手く角を隠しているようだが折られてはいない。
正真正銘の魔人。
大魔王クラスの魔人となれば、それはもう大魔王である。
魔王は既にこの世界にいたのだ。
おそらく今は何かを始める為の準備をしている段階なのだろう。
半年そこそこ先に、きっと大魔王とその他人間たちの戦いが始まるのだ。
俺は帝国内を歩き回り、色々な所にチェックを入れておいた。
何かあった時、この地に来なければならないかもしれない。
そして何かしなければならないかもしれない。
正直現状、大魔王クラスを確実に倒せるのは俺だけだろう。
セバスチャンは魔力的には神クラスだが、妖精は戦う者たちではない。
戦う事に長けた者相手なら、クラスが上か、こちらも戦うのが本職でないと対抗できないだろう。
とは言え妖精王国はそう簡単に負けないだろうけれどね。
俺の結界もあるわけだし。
何にせよ、後半年で対抗できるだけの戦力を揃える必要がある。
でないと、俺が勇者になるしかない。
それだけはなんとしても避けなければならない。
俺は帝都できる限りの情報収集をした後、再び我が家へと帰るのだった。