知里ちゃんと冒険の旅
重力というのは、星の質量に比例し、中心からの距離に反比例するらしい。
一般的に大きな星というのは重力が強いわけだが、その分地表は中心よりも遠くなるし、質量が小さければ弱くなる場合もある。
この世界での俺の名前はスターだが、俺が人を引き付ける魅力ってのは大きさに関係するのだろうか。
今日から俺は、小さな6歳仕様ではなく、大きな18歳仕様で生きていく‥‥
知里ちゃんの瞬間移動魔法によって、俺と知里ちゃんは新大陸であろう場所へと移動していた。
「何か違和感を覚えるな。そうか、太陽がまだ低くて少し暗く感じるんだ」
「たしか朝食を食べ終えたのは8時頃だったよね。今時間をサーチしたら6時24分ってなってる」
そういえばこの世界の時間はどうなっているのだろうか。
季節に関しては1年以上生きてきて、少なくとも俺が活動していた範囲内はあまり変化がなかった。
ゆっくりと月を眺めた事も数度はあったかもしれないが、正直その辺り全く気にした事がない。
もしかしたらこの世界は、地球モデルではないのかもしれない。
「よし、此処にチェックを入れて一瞬だけ戻って確かめてみるよ」
俺は自分の屋敷へと瞬間移動した。
時間をサーチすると8時25分となっていた。
「2時間早い」
俺はすぐに知里ちゃんの所へと戻った。
「ただいま。どうやら俺が生きてきた『天使の大陸』とは、時差が2時間あるみたいだ」
「そうなんだ。だとすると大陸内でも時差は生じるはずだよね」
「当然そうだとは思う。だけどあっちで1年暮らしてきたけど、時間に関しては全く意識しなくても生きてこられたぞ?」
「もしかしたら大陸ごとに標準時が決められているのかなぁ」
標準時か。
可能性はあるな。
しかし大陸は広かった。
端と端では本来時差は大きかったはず。
でも端から端とは言わないまでも、結構な距離を瞬間移動してきたわけで、なのにそんな事を感じた事はなかった。
気にすれば感じる事はあったかもしれないが、おそらくそんなに大きな時間ではなかったはずだ。
「わからん。天使の大陸は多分ユーラシア大陸くらいの広さがあったように思う。そこまで無かったにしてもかなり大きな大陸だったのは間違いない」
「それで時差を感じなかったの?それがゲーム仕様なのか、或いはここが星だったとして、地球とはくらべものにならないくらい大きいのかもね」
「でも大きければ重力も半端なく大きくなるんじゃね?」
「ん~‥‥質量がそうでもなければ、可能性はあると思う」
可能性はある、か‥‥
ゲームの世界に似ている一部連動世界だから、何が有っても不思議ではない。
だから考えるだけ無駄かな。
「そうだな。まあ考えても仕方がないし、おそらくこっちの新大陸は2時間遅いという事で認識しておこう」
「そだね」
俺達は頭を切り替えて行く事にした。
「じゃあまず砂の分身を‥‥」
俺はいつも通り砂の分身を作った。
「もういらないよ。お兄ちゃんが二人になって変な事になっちゃうよ」
「あ、そうだった」
俺はいつもの癖で作った砂の分身を回収しようとした。
でもそこで少し躊躇した。
今までと大きく変わるとちょっと落ち着かない。
ずっと二つの視点から見てきて慣れているし、俺はその状態は続けようと思った。
回収しようとした砂の分身の姿を変えて、俺は小鳥のジョウビタキにした。
色はメス仕様だ。
「鳥にして空から監視できるようにしておこうと思う」
俺はジョウビタキを肩に乗せた。
ちなみに砂のゴーレムを作る場合、人間サイズならゴーレムの魔石1個分もあれば作れる。
魔砂の量によって作れるゴーレムのサイズが変わる。
このジョウビタキ程度の大きさなら、人間型ゴーレムを作った時の余りの魔砂でも十分作れるから、作ろうと思えば百でも二百でもいけるだろう。
もちろんそれだけの思考を持っていないから、操作をするのは俺には無理だけどね。
「可愛い鳥だね」
知里ちゃんは俺の肩に乗ったジョウビタキをつついていた。
「一応名前も付けておこう。ジョウビタキだから『ジョー』だ!」
「でもこれメスだよね‥‥」
俺のネーミングセンスは壊滅的だった。
いよいよ新大陸を歩み出すわけだが、本当にこの辺りには何もなかった。
「ここって知里ちゃんが最初に転生してきた所?」
「そうだよぉ。霧で何も見えなかったけど、チェックがあるから間違いないよ」
それにしても、この景色には見覚えがあった。
俺が最初に転生してきた場所にそっくりなのだ。
でも違う事はハッキリと分かる。
遠くの山も健在だし、山の形も含めて細かく見れば全く違っていた。
「あの山の方で1ヶ月過ごしてきたんだと思うよ」
「あの山で1ヶ月ね‥‥」
もしも同じような時に転生してきていたら、俺は知里ちゃんを殺してしまっていたかもしれないな。
魔法は気を付けて使おうと改めて思った。
「おそらくだけど、町があるとしたらあっちだな」
俺は東の方を指さした。
「私もそう思う」
知里ちゃんと意見が有ったので、俺達はゆっくりとそちらへ歩き出した。
このペースだと、おそらく町までは3日以上、最悪1ヶ月くらいはかかりそうに思う。
新大陸を調べるのなら、飛翔して飛んで行った方が良い。
いずれはそうするのかもしれない。
でも今はなんとなくゆっくりと歩きたい気分だった。
ずっと荒野が続くと思っていたが、3時間ほど歩くと草花が生える所へと来ていた。
若い体だし、チート体質だし、全く体に疲れはなかった。
知里ちゃんだって一応大魔王クラスなわけで、既に身体能力は人間離れしているし、疲れた様子は感じられなかった。
「なんだか全然疲れないね」
無言で歩く中、知里ちゃんも同じような事を考えていたようだ。
「知里ちゃんだって十分チートキャラの域だからな」
「そういうのじゃないよ。一人で生きてきた1ヶ月は凄く疲れたもん。やっぱりお兄ちゃんがいるから安心なんだよね」
「そっか」
そう思ってもらえるのなら良かった。
そして俺も安心だ。
自宅でゆっくりと休む事はあったけど、これほどゆっくりとこの世界を歩くのは初めてかもしれない。
凄く風が気持ち良かった。
「そろそろこの辺りで昼食にするか」
「そだね。芝生が気持ちよさそうだし、花も咲いてて綺麗だし」
俺達はなんとなくその辺に腰を下ろした。
俺は異次元アイテムボックスから適当に食い物を取り出した。
アイテムボックス内は基本的に時が止まっている。
だから食えるものを食える状態で入れておけば、取り出した時に確実に食えるのだ。
この辺りはとても便利だった。
「しかし、こっちの世界の食い物は、飽きたなぁ~」
俺がそう言うと、知里ちゃんは自分の異次元アイテムボックスから何やら取り出した。
「おお!お弁当?」
「お弁当は暖かい内にいっぱい作り置きしてあるんだぁ」
「すげぇ知里ちゃん!でもまさか粘土でできたお弁当じゃないよね?」
これは軽い冗談だ。
俺達がまだ同じ高校に通っていた頃の記憶。
知里ちゃんの作ったものが粘土みたいだったんだよね。
粘土じゃなくちゃんと食べられるものだったんだけど。
「ひっどぉい!私だってもう主婦やってるんだよぉ。粘土ではもう作らないよぉ」
知里ちゃんも冗談と分かった上で冗談で返してきた。
「じゃあいただきまーす!」
俺は知里ちゃんの作った弁当を一口食べた。
「美味い!なんてこった!こっちの世界に来てまさかこれほどのものが食べられるとは!」
お世辞でもなんでもなかった。
美味しい物が全くないわけじゃない。
でもなんというか、食べなれた美味しい物ってのは特別美味しいと感じるわけで。
そういうものがずっと食べたいと思っていた。
それが今叶ったのだ。
「材料さえそろえば、魔法でちょちょいと作れちゃうんだよぉ」
「マジか?!試した事なかったよ」
俺は喋りながらも箸は止まらなかった。
ちなみに本当に箸で食べてるからね。
「材料も植物系なら簡単に育てられるんだよぉ。ドリアードの加護もあるから、植えればすぐに実がなるんだよぉ」
「マジかよ‥‥」
知里ちゃんの使える魔法ってのは、おそらく俺でも使えるもののはずなんだ。
なのに俺は1年、一体何をしてきたんだろうか。
知里ちゃんは霧の中、たった1ヶ月で此処まで成し遂げたというのか。
「やっぱ知里ちゃんは天才だね」
「そんな事ないよぉ。ちょっと思いついちゃっただけだもん」
ちょっと思いついちゃっただけでそんなに何でもはできないものなのだよ知里くん。
なんだろう、知里ちゃんがいるならこの世界も素晴らしい、そんな気持ちになった。
心行くまで弁当を堪能した後、俺達は芝生に寝転がり、これからの事を少し話していた。
「この新大陸追加で、次はどんなイベントが始まる予定だったんだ?」
「内容の発表はまだだったよ。イベント告知用画像には赤、青、緑の3頭の龍と、剣、槍、斧の絵が描かれてた」
「もしその武器がドロップアイテムなら、夢はキレるだろうなぁ。ははは」
夢はスピード重視だから、斧や槍を使うキャラは使わない。
剣が最速なら使う事もあるけど、このゲームでは忍者刀や日本刀、小刀を使うキャラが最速。
「夢は小刀を両手に持って戦っているからね」
とは言え最近のゲームはちゃんとユーザーの要望に対して応えてくれるわけで、おそらくこれらの武器が落ちるというよりは、何か良い武器素材が落ちる気がする。
魔法使いにも使えそうなものとなると‥‥
「無難に属性付与と攻撃力と魔力アップ効果を付けられる武器素材か何かだろうなぁ」
「だな。ドラゴンを倒すイベントってのはほぼ確定だと思うけど、既にドラゴンは天使の大陸にもいたし、更に強いドラゴンって事かなぁ」
インフレはネットゲームにはつきものだ。
プレイヤーが強くなれば、敵も強くしていかざるを得ない。
そうするとこのゲームが続いて行けば、俺もチートではなくなる時がくるのだろうか。
「或いは3頭同時に戦わないといけないとか」
「お兄ちゃんはクエストクリアするの?」
「いや、もうこの世界の事はこの世界の冒険者に任せるさ。実はこの1年、余計な事をして逆に大変な事になっちゃったからね」
「そなんだ‥‥」
そうはいっても、目の前で町が襲われていたりしたら、助けざるを得ないのだろうな。
この世界で生きていく以上、この世界は守らなければならないのだから。
「そろそろ行こうか」
俺はゆっくりと立ち上がった。
そしてまだ寝転がっている知里ちゃんに手を差し伸べた。
知里ちゃんは俺の手を掴むと、俺に引っ張られ立ち上がった。
正直こんな動作、今の俺達には不要と言えば不要だ。
一瞬にして立ち上がれる身体能力もあれば、魔法という術もある。
でも、なんとなくこんな動作が嬉しく、必要なのだと思った。
それからも俺たちは東を目指し、時々些細な話をしていた。
「ゴーゴーイースト♪にんにきにきにきにんにんにん~♪」
「何そのうたぁ?」
「昔あった人形劇西遊記の歌だよ。今は東遊記だからちょっと変えてるけど」
ゲームチャットではそれなりに喋る事もあった知里ちゃんだけど、10年以上会ってゆっくり話す事は無かったかもな。
あの高校生の頃に戻ったような気持ちだった。
結局その日、町を見つける事はできなかった。
知里ちゃんの誘いで、俺達はチェックを入れてからこの新大陸にある知里ちゃんの家へ行く事になった。
山の近くに家を建てたらしい。
俺も真っ先に家を建てたわけで、考える事は一緒だった。
「へぇ~小さくて可愛い家だね」
瞬間移動した先は家の前だった。
目の前にあるのはおとぎ話に出てきそうな山の一軒家といった感じだった。
「結界張ってあるから入口以外からは入れないよぉ」
いやいや知里ちゃん、言わなくても窓から入ったりはしないよ。
「お邪魔しまーす」
中は思ったよりも広かった。
割と縦に長い造りのようだった。
「へぇ~完全に現代風だね。この世界のモノとは思えない造りだ」
「お兄ちゃんの所は完全にこの世界に合わせてあるよね」
「まあ俺以外にも妖精人間たちがいるからなぁ。お客が来る事も想定していたし」
知里ちゃんの家は、転生前の世界から誰かが来る事を想定してるような、そんな気がした。
旦那と子供が来て欲しい、そんな望が現れているのだと解釈した。
「しかしこの家、家電というか家魔というか、魔力で動く冷蔵庫、魔力で制御された台所、魔力で動く其の他諸々、面白いね」
「この世界の普通って知らないから」
「俺も知らないけどさ、魔法が得意じゃない人は、普通に薪とか炭とかで焼いたりしているし、魔法が使える人は炎の魔法で焼いたり、氷を魔法で作って冷蔵庫に入れて置いたりじゃないかな」
「でもこっちのが便利だよね」
「ああ」
確かに便利なんだよなぁ。
定期的に魔石に魔力を貯めないといけないけれど、大きな魔石に一度貯めておけば、結構持ちそうな気もする。
「俺、魔力すぐに復活するから魔力貯めといてやろうか?」
「ホント?でもいっぱいにはできないと思うよぉ」
知里ちゃんが少し嬉しそうに挑戦的な笑みを浮かべた。
「いやいやいや、知里ちゃん俺のチートを舐めちゃいけないよ」
「私の作った魔石充魔池も舐めちゃいけないよぉ」
『じゅうまち』ってなんだと思わなくもなかったが、言っている意味は分かるのでスルーした。
知里ちゃんが俺の目の前に出したその『充魔池』は、普通の魔石と違っているのがハッキリと分かった。
「なんだこれ?魔力が凄く詰まった感じがするな」
「分かるんだね。デジタルデータを圧縮するような感じで、魔力を圧縮してあるんだよ。多分百倍くらいの魔力を入れておく事ができると思う」
「なんか知らんけどすげぇ!流石知里ちゃん」
今更改めて思うけど、やっぱ知里ちゃんって前世でもチートだったんだよなぁ。
そしてそのチート能力は、こっちの世界でも通用すると‥‥
「その魔石を魔力でいっぱいにすればいいんだな?」
「うん。できるならね」
俺は魔石を受け取ると、最初はゆっくりと魔力を注入していった。
魔力はスムーズに貯められているようだ。
俺は徐々にその魔力量を増やしていった。
「へぇ~結構いけるな。なんかこっちに来て初めて同じフィールドで戦える敵にあった気分だよ」
「まだまだこんなもんじゃないよぉ」
「それはこっちもなんだけどね」
俺は更に魔力を高めていった。
「凄いお兄ちゃん」
「まだ余裕あるぞ」
俺は更に魔力を高め、6歳バージョンでほぼ最高値まで魔力を高めた。
魔力が即時回復すると言っても、完全に魔力を切らせると倒れるからね。
しかし少しでも余力を残しておけば、その魔力放出はずっと続けられる。
「お兄ちゃんの魔力、こんなにすごかったんだ‥‥チートだね‥‥」
「まだこれでも6歳の俺バージョンだし、常態魔法で使っていたり妖精に貸している魔力も全部戻せば桁が違うと思うぞ」
「ほへぇ‥‥」
魔石の魔力がそろそろいっぱいと感じた俺は、徐々に魔力注入量を減らしていった。
流石にこの魔力が解放されたら、この辺り一帯吹き飛ぶような爆発が起こる可能性もある。
まあ知里ちゃんのこの余裕を見れば、安全装置はちゃんと付いているとは思うけどね。
「はい、ほぼ満タンね。これ以上は爆発しちゃいそうだから止めておいたよ」
「うん、ありがとう。爆発したら流石に二人一緒に死んじゃうかもね」
「でも安全装置はついてるんだろ」
「ううん。まだ付けてない」
おい嘘でしょ。
あの余裕は一体なんだったんだ。
冷や汗が流れた。
「よし付けておくのだ!」
「お兄ちゃんがやって」
「えっと、そんな事できるの?」
「魔石が壊れそうになったら、魔石をブラックホールで吸収するとか」
「簡単に言うが、ブラックホールなんてたぶん俺には作れません!」
知里ちゃんならできそうな気もするが、これは常態魔法に分類されるだろうから、知里ちゃんの魔力値が下がる可能性がある。
それなら俺にって事なんだろう。
「ん~‥‥だったら宇宙に瞬間移動!」
「瞬間移動はチェックが無いと100メートルくらいが限界です」
「そうなのぉ?だったら宇宙まで飛んでってチェック入れるとか?」
「隣の大陸ですらようやく実装したわけで、宇宙には行けないだろ」
宇宙が存在するのなら、チェックを付けるくらいは余裕でできるだろう。
でもまず間違いなく現状宇宙は存在しないと思う。
「だったらぁ‥‥異次元に飛ばす!なんならアイテムボックス内でも」
「ああ、それならできそうだな」
異次元アイテムボックス内に飛ばせば、そこで時が止まるわけで、後はずっとしまっておけばいいだけだ。
俺はスライムの魔石を取り出した。
それに安全装置魔法をかける。
「うん。多分上手く行ってる」
そして俺は魔力を一気に注入して魔石を破壊しようとした。
すると即座に安全装置が働き、異次元アイテムボックスへの口が開いて魔石を飲み込んだ。
「成功だね!」
「よし、さっきの魔石にも魔法をかけておこう」
これで一応この魔石が破壊されて爆発する事はないだろう。
「だったらお兄ちゃん、こっちの魔石も同じように頼める?安全装置と充電」
「さっきので十分この家で使う十年分くらいはあるんじゃないか?」
「違うよ。いざって時に戦闘で使えるようにお守りだよ」
なるほどね。
これがあれば、一時的に神クラス以上の戦闘力を得られるだろう。
俺も安心だ。
俺は安全装置を付けてから、最大ギリギリまで魔力を注入した。
しかし改めてチートだよなぁ。
これだけの魔力を放出しながら、それが即時回復って。
この世界がゲームの世界だとして、インフレが進んでも一万年くらいはチートを満喫できそうだ。
俺達はこの後、食事を取ってからベッドに入った。
もちろん別々のね。
ただ、同じ部屋にあるので、しばらくは何でもない話をしていた。
いつの間にか俺たちは眠っていたようで、気が付いた時には太陽が昇り出しそうな時間だった。