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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
83/85

82 夜空


「いけいけー! ポチ、もっと飛ばせー!」


 マチルダはドラゴンの頭の突端に立ち。

 右手を上げ、目を大きく開いて、とても楽しそうにそう叫んだ。


 セリアの召喚した大翼竜・ポチは。

 マチルダとカワカミ、そしてウェンブリー魔法学校特別進学クラスⅢの生徒たちを乗せ、さらに高度をあげて夜空を駆けた。

 

 雲を突き抜けると、もうそこには星と満月しか無かった。

 月はとても近くにあるように感じた。

 地上から見上げるそれは遥か遠く、ただ眺めるものであったが、今、目の前に広がる星々は手を伸ばせば届きそうだった。

 眼下には絨毯のように敷かれた白い雲があった。

 その切れ間から山と川と湖が見えた。

 少し行くと、今度は街の灯りが見えた。

 豆粒ほどの屋根の波を見ていると、自分達はあんなに小さなところで生きているのだと不思議に感じた。

 前方に目をやると、蒼く美しい地平線があった。

 いつもは稜線に阻まれて見通せない、高い山脈の遥か向こう。

 そこに、僅かに丸みを帯びた曲線が見えた。

 それはこの星の輪郭だった。


「……綺麗」


 巨大竜の頭に立ち。

 向かい風に目を細めながら、セリアは思わず呟いた。

 目の前に広がる光景。

 それは"世界"だった。


「広いね。とても広い」


 ふと、誰かが手を握る感覚があった。

 目をやると、カミラだった。


「……そうね」


 セリアは前を向いた。

 そして、目の前の絶景を見ながら、カミラの手を強く握り返した。


 私も闘ってみようか、とセリアは思った。


 ∇


「ニャッハー! 絶景なりー!」


 マチルダは竜の頭の突端に立ち、額に手刀を翳して遠くを見回した。


「さあ、もっと飛ばせ! ポチ! 世界の果てまでぶっ飛ばせー!」


 その威勢に乗って、クラスメートたちが「いけいけー!」と囃し立てた。

 

「行っちゃえーポチー! このまま世界一周だー!」


 パーリが満面の笑顔で右手を突き上げた。


「い、いや、みんな、ちょっと落ち着こうか。」


 俺は震える声音で言った。


「せ、先生はそろそろ、帰りたいなあ、なんて」


 俺は竜の背にへばりつき。

 恐怖に青ざめていた。


 すっかり忘れていたが。

 俺は飛行機とか超苦手なんだった。


「お、おい、あれ、見てみろよ」


 つと。

 背後で、ウィリアムの子分が、前方を指差した。

 その先を目で追うと――


 セリアとカミラが。

 仲睦まじく手を繋いで、見つめあっていた。


「ど、どういうこと?」

 

 カミラ派のキアラが眉を寄せた。


「セリア……どうしてカミラなんかと」


 あれは確か、セリア派のサラーラ。


「あの二人がどうして」

「信じらんねー。あんなにいがみ合ってたくせによ」

「つかさ、なんかめちゃくちゃ見つめあってない? まるで恋人同士みたい」


 クラスメートたちは口々に話し始めた。

 それほどに、彼女たちの様子がおかしく映ったのだろう。


「ああ、君たちね、セリアちゃんとカミラちゃんは――」

「別にいいじゃん!」


 俺が説明しようと立ち上がったとき。

 それを遮って、パーリがクラスメートたちに向かって言った。


「誰が誰と仲良くしようがさ。もうどうでもよくない? つかさ、もうガキじゃないんだからさ、だれだれ派とかそういうの、マジで寒くない? チョーダサくない? クラスメートだろうがそうじゃなかろうが、別に好きな奴とつるめばよくない? もしも誰ともつるみたくなかったら無理につるまなくてもよくない? 誰かの目を気にしたり、誰かの顔色を伺う必要とかなくない? 誰といてもいいし、誰ともいなくてもいいし、適当に、各々が好き勝手にやりゃよくない?」


 軽い口調だったが。

 パーリの表情は必死だった。

 その顔を見て、俺は悟った。

 彼女が俺の店にやってきた理由。

 それは、このセリフをクラスメートたちに言いたかったからに違いない。

 一人になるのが怖くてカミラに言えなかった、このセリフを。


 思えば。

 セリアたちの悪口を言ったときも。

 パーリには"嘘"の色が発せられていた。

 他のクラスメートたちに合わせて、自分もそのように思うべきなのだと必死だったのだろう。


 つまりパーリの目的は。

 最初から"クラスを支配している不文律を無くしたい"というシンプルなものだったわけだ。


「同感だ」


 ウィリアムが言った。


「俺ぁもう特進クラスだのエリート学園だの、そんなものは気にしねぇ。金輪際、そんな小せぇ単位でモノは見ねぇ。見ろよ、テメーら。世界はマジ広ぇーぞ。あんな狭い教室に閉じ込められて、敵だの味方だの仲間が多いだの少ないだの意気がって、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるぜ」


 なあ、パーリ、とウィリアムはパーリの肩に腕を回した。

 途端に、パーリの顔がボ、と真っ赤になった。

 それから俯いて、プルプルと小さく震え始めた。


 またぞろ照れ隠しでウィリアムを叩いたり引っ掻いたりするのかと思っていたら。

 彼女はガバッと顔を上げて――


「うんっ!」


 満面の笑顔でそう頷き、ウィリアムに抱き着いたのだった。



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