79 カワカミとセリア
「やっと本性を現したわね」
セリアは俺の方を向くと、口許に手を当ててクスクスと笑った。
「まったく、あなたのような人間を狸と言うんでしょうね。大した人間でも無い癖に口先三寸で人を空かし、煙に巻き、そして――」
誑しこむ。
セリアはそう言って、少し目線を強めた。
「パーリもウィリアムもカミラも、すっかりあなたに取り込まれちゃって、あの間抜けども。しかしまあ見事なものね。カワカミさん、あなた本業は詐欺師だったかしら」
「いやいや」
と、俺は言った。
「取り込んだつもりはねぇですがね。ただまあ、僕としてはあの子たちが優秀だから、いくらか助かりました」
「あの子らが優秀?」
セリアはふんと鼻で笑った。
「全く、偽物のくせに教師としての情が芽生えたのかしら。あんな劣等生たちを庇うなんてね。それとも、懐柔相手としては優秀だったという意味かしら。利用して使い捨てるには、愚民は愚民であるほど便利ですもの。けど」
セリアは顎を引いて三白眼になって、俺を見た。
「けど、私は違うわよ。アンナやカミラ、ウィリアム、その他の劣った人間たちとは違う。あなたのような口ばかりの男には騙されない。カワカミ。あなたには、私の自死を止められない」
「別に止める気はありやせんよ」
俺はフードをさらに深くした。
「申し訳ねぇですがね。僕はセリアちゃんの生き死ににはてんで興味がねぇんです。あんたのような何の役にも立たねぇ無能人間が生きようが死のうが、僕にゃあまるで興味がねぇ。まあ、死にたきゃ勝手に死んでくれってなもんでね、川縁に佇む柳の葉の揺れ幅よりどうでも良いんです」
「私が――無能?」
「無能でしょうよ」
俺は苦笑して肩を竦めた。
「言っちゃあ悪いですがね、あンたは、この学園で最も劣った人間ですぜ。確かに勉強はできるのかもしれねぇ。魔力もセンスもあるのかもしれねぇ。だけどね、肝心の"勇気"がまるでねぇと来てる」
「勇気……?」
そう、と俺は頷いた。
「本当に強い人間ってぇのはね。自分が間違っていねぇ時に、相手がどれだけ強大であろうとも、信念を曲げない者のことをいうんで。この階級社会の世の中で貴族制度に喧嘩を売った、あのアンナ先生のようにね」
俺は目を細めて。
セリアを嘲笑うように見た。
「それに比べてセリアちゃん、おめぇさんはなんだィ。相手が勝てそうにないと分かると闘う前から癇癪を起こして、泣いてわめいて、あろうことか無関係の人間まで巻き込もうとしてる。最強どころか最弱じゃあねェか。今のあンたは子供ですら無ェ。周りが言うことを聞いてくれねェからただヒステリックに泣いてるだけの赤ん坊だ。自棄を起こすしか能がねぇロクデナシじゃあねェか」
セリアはわなわなと震えた。
しかし、すぐに目を伏せ、大きく息をふうと一つ吐き、落ち着きを取り戻した。
「……戯言は良いのよ」
セリアは口の端を上げた。
「いくら正論ぶったことを言ってもね。私が天才で、あなたたちが凡才であることにはかわり無い。あなたがどれだけ正しかろうが、どれだけ意志が強かろうが、あなたたちに私は止められない。それが真実でしょ」
セリアは不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
うんにゃ、と俺は首を振った。
「悪ぃがそいつも的外れだ」
「的外れ?」
セリアは眉を寄せた。
いいかい、と俺は人差し指を立てた。
「セリアちゃん。キミは確かに能力的には優秀だ。召喚施術に関しては天才と言ってもいい。しかしね、この世にゃ天才と言ってもピンからキリまでいるもんで。例えばキミが十万人に一人の天才だしても、あいにく僕にゃ十億人に一人の天才がいる」
「十億人に一人の天才?」
「ええ。"彼女"に比べたら、キミと凡人の才能の差なんてなぁ塵芥の誤差でしか無ェ。つまりはセリアちゃん。おめぇさんは狭い世界で意気がってるだけで、広い世界じゃ特別でも何でもないンだよ。いなくなってもこの世界になんの痛痒もねぇ、十把一絡げの穀潰しって奴で」
なんですって、とセリアは顔色を変えた。
「もう一度……もう一度、言ってご覧なさい。本当に殺すわよ」
「何度でも言ってやりてぇが時間の無駄だ。こちとら忙しい勤労者。これ以上愚図る赤ちゃんの相手をするのは御免なもんでね」
さあ、と俺はぱちん、と手を打った。
「さあさあ、それでは御託はこの辺りにいたしやしょう。百聞は一見に如かずだ。オシメのとれねぇ赤ん坊のセリアちゃんには、とくとごろうじていただきやしょう。この世界に生まれ落ちた稀代の大霊長。全ての存在を凌駕する神の如き天才幼女――」
俺はそのように前口上を述べると。
ゆっくりと手を横に上げ、言った。
「マチルダちゃんです」




