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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
79/85

78 セリア


 大きな太陽が一日の軌道を終えて西へと傾いていく。

 見渡せる景色は遥か彼方の稜線まで橙色に染まり、セリアは眩しくて思わず目を細めた。


 パンッパンッと空砲が鳴り響くなか。

 彼女は西棟の屋上に上がり。

 文化祭に浮かれる生徒たちを見下ろしていた。

 

 屋台のテントが点在する駄々広いグラウンドの中を、蟻のように群れたり離れたりする生徒たち。

 端の方に設えられたステージでは、どこかのクラスが拙いダンスや合唱などを披露している。

 その斜向かい側、グラウンドのほぼ中央には、それとは別の大きな円形舞台が設営されている。

 そこは盛り土によって通常の地より高く隆起させられており、神聖なる"召喚の儀"の祭壇として奉られていた。

 舞台には学校指定の陣が敷かれていて、これよりクラス別にそれぞれ魔物を召喚し使役することとなっている。

 モンスターの階級はその強さを基準にAからZまでランク分けされており、今回の"召魔祭"ではQランクより高位の魔は呼び出せないようにコントロールされていた。


 これから夜にかけて。

 祭りはいよいよ本番を向かえる。

  

 陽が落ちると舞台の周りには篝火が炊かれ、祭祀に使われる幣束と業呪術師(シャーマン)用に誂えられたアワスカヤの紙垂が等間隔に配置される。

 この舞台に一クラスにつき20名の選ばれた生徒たちが力を合わせ、召喚の儀を行う。

 より上手く呼び出し。

 より上手く使役したものには褒美が与えられる。

 ウェンブリー魔法学校で行われる伝統的な催事であった。


 この祭りが始まるとき。

 開催の合図として、男子生徒たちによって"ラァカ"と呼ばれる民族舞踊が行われる。

 その躍りは戦闘民族が相手を威嚇し自らの力を誇示する儀式に由来するため、生徒たちは挑むように打楽器を打ち鳴らし、鼓舞するように大声を張り上げる。


 セリアはスカートのポケットから紙片を取り出し、そこに書かれた文字に目を落とした。


 東棟の屋上にて。

 "ラァカ"が始まったら、向かいます。


 アンナからの手紙にはそのように綴られていた。

 二人きりで話がしたいという旨が添えられていた。

 セリアはくすりと笑うと、それをビリビリに破いて捨てた。

 

 もう関係ないわね。

 アンナが何をどうしようが、もう関係ない。

 あの女と話すことなど何もない。

 

 セリアはぎゅっと目を瞑った。

 目の裏で。

 自分達を見るアンナの顔が浮かび上がった。


 ――あなたたち、なんて気持ちの悪いことをしているの


 そう叫んだときの、あの嫌悪に満ちた顔。

 蔑んだ顔。

 母親を思い出す。


 自分を拒絶して。

 自分をいないものとして。

 無視し続けた、あの女と同じ顔。


 セリアはギリと奥歯を噛んだ。


 彼女は今日、この日。

 この世界を全て破壊するつもりだった。

 アンナを殺して。

 出来るだけ多くの人間を殺して。

 そして、自分も死ぬつもりだった。

 彼女は絶望していた。

 しかしそれはアンナや母親に拒絶されたから、だけではなかった。

 社会やシステムに背けないから、だけではなかった。


 カミラの本心を、知ってしまったから。


 彼女は、私と一緒に死ぬつもりは無い。

 世界に引き離される前に。

 社会に引き裂かれる前に。

 二人で天国にいって、ずっと一緒に暮らしたい。

 現世なんか捨てて。

 命なんて捨てて。

 永遠の恋人として死にたい。

 私はそう願っているのに。

 カミラはそうじゃなかった。

 あの子は、一人だけ、生きるつもりだった。


 カミラは愚かだ。

 私と違って、頭が良くない。

 彼女は、まだ微かに、信じている。

 この世界に希望を抱いている。

 もしかすると、私たちが私たちとして生きていける道があるんじゃないか。

 二人で幸せになれる方法があるんじゃないか。

 そんな風に考えている。


 しかしセリアは知っていた。

 そんなことは絶対に叶わないと。

 この世界の仕組みを知れば知るほど。


 無理だと解る。


 けれどカミラは、希望に生きるつもりだ。

 私という恋人がいなくなっても。

 別の恋人を見つけて生きていくつもりだった。

 そのことを知ってしまったから。

 私は本気で彼女が好きなのに。

 私には、カミラしかいないのに。


 もう、全部。

 嫌になった。


 セリアはゆっくりと目を開いた。

 陽はすっかり落ちていた。

 ぼ。ぼ。ぼ。

 と、やがて。

 舞台の周りに灯りが点き始めた。

 グラウンドでは、祀りの準備が進んでいた。


 まったく。

 仕様のない児戯だ。


 これから始まるくだらない学校行事を想い。

 セリアは腹立たしく思った。

 ここの学生たちのなんと劣ったことか。

 これだけの装置を為して、ようやく下級モンスターを呼び出そうというのだ。

 なんと足りないやつらだ。

 なんと劣等な生物だ。

 どうしてこんな奴らよりも、自分のような優秀な人間が。

 日陰に生きねばならないのだ。

 蔑まれねばならないのだ。


 ただ、女の子が好きというだけで。

 こんなにも苦しまねばならないのだ。


 許せない。

 いや。

 許されない。


 この世界は。

 優秀な人間ほど、幸せになるべきなのに! 


 セリアは両手を合わせた。

 西棟の地面には、既に魔方陣が描かれていた。

 その陣はセリアの集大成とも言うべき、超最高位の円環であった。

 彼女はその魔法円により、ドラゴンを召喚しようと企てていた。

 セリアの最も得意とするモンスター。

 最も強大な魔物。

 地獄をも焼き尽くす巨大な翼竜である。


召依(ヴォカーテ)


 セリアは陣の中央で呟いた。

 そして、ポケットからナイフを取り出した。

 あとは自らの血液を陣に垂らせば。


 儀式は完了である。


 セリアはくつくつと笑った。

 この竜は恐らく。

 自分でも制御(テイム)出来ない。

 しかし、それで構わない。

 学校を焼き。

 街を焼き。

 そして、私自身も焼いて欲しい。


 セリアは、自らの手のひらにナイフを突き刺した。



 チリン。



 その、刹那。

 どこからか、鈴の音がした。


 セリアは辺りを見回した。

 暗がりには、誰もいなかった。

 気配もしなかった。


 しかし。

 今、確かに。

 鈴の音が――した。



 

 ――幼心に芽生えた癇癪殺意の其の前に




 続いて。

 今度は、声がした。

 男の声だ。




 ――熟すことを拒んだ青い果実は拙く嘆いて 




 聞き覚えのある声音。

 これは、あの臨時教師。

 やたら目付きの悪い。

 あの、男。




 ――制約と機構を自己憐憫の装置に変えて 下等な者への罰を求むるその恥を




 

 馬鹿を装っていた、あの男。

 小癪な能力を持つ、あの男。

 カワカミだ。




 ――賢しらに育った赤子を今 更なる手前勝手を以てして罰するべし




 セリアは目を巡らせて、屋上を何度も見回した。

 その時。

 一瞬だけ、視界の端っこに。


 闇に溶けるように佇立する、黒いフードを目深に被った男の姿が映った。

 男は、もう一度チリンと鈴を鳴らして。


 囁くように言った。

 

「さあ、お仕置きの時間だ。セリア=キング=ムーアちゃん」



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