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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
78/85

77 頼り


「そして、セリアはアンナ先生を学園から追い出す話をし始めたの」


 カミラはカワカミから身体を離し、話し始めた。


「すっごい見た目の、黒い実をした果実があってね。それ、セリアが用意してきたちょっとヤバい野草なんだけど。ある日あの子は、その毒草を使ってアンナ先生を脅そうと言い出した」

「"タイニーブルー"だね。セリアちゃんの出身地域によく生えていた植物だ」


 俺が先回りして答えると、カミラは少し目を丸くして、「そこまで分かってるんだ」と言った。

 既にクルッカから調査報告を受けている。

 タイニーブルー。

 セリアの両親が住んでいるここから遥か西に位置するハーランドという地方一帯に植生している野草の実である。

 神話に出てくる王・タイニーを暗殺するときに使われたという伝説から名付けられた、極めて毒性の強い植物である。


「セリアはアンナ先生を、大人たちを、微塵も信用していなかった。アンナ先生を止めるには、実力行使しかないと思ってた。そしてセリアはそのために動くだけの行動力があった。あの子には、恐ろしい狂気があった」

「キミは止めたんだね」


 俺は聞いた。

 カミラは俯いて、小さく頭を振りながら悲しそうに言った。


「その時には、もう、私の言うことなんて聞かなかったから」


 俺はふむ、と唸った。


「それで。俺に"セリアちゃんを止めて欲しい"というのは、どういう意味だい。その言い方からするに――彼女はまだ何かをするつもりなのか」


 カミラはうん、と頷いた。


「実はさ、アンナ先生から手紙が来てるらしいの」

「手紙?」

「うん。私じゃなく、セリアにだけ、来てた。そこには短く"二人だけで会って話がしたい"とだけ書かれてた。セリア、きっと今度こそ、アンナ先生を殺しちゃうかもしれない。あの子なら――」


 やりかねない。


 カミラは怯えるように言った。


「なるほど。事情は了解したよ。ただ、ね、ハッキリ言って、俺はあんまりタダ働きというものはしない主義なんだよね。今回は行き掛かり上、やるしかないっていうかさ。俺としては珍しく、人間の好き嫌いで動いてるんだよね。だからその前に一つ――いや二つほど質問させてもらってもいいかい」


 と、俺はピースサインを作って、聞いた。

 うん、とカミラは頷いた。


「まず一つ目」

 俺はピースの指を一つ折った。

「キミはアンナ先生の服毒事件を疑っていたパーリちゃんを仲間から外したね。あれはどうしてだい? キミの話からすると、パーリちゃんを嫌う理由がなさそうだけど」

「あれは――セリアの手前、ね。そうせざるを得なかった。あの子には、悪いことをしちゃった」

「なるほど。それほど、セリアちゃんはパーリちゃんのやってることに反意を示していたと」

「ええ。もちろん、せんせーのこともね。あんまり深入りしてくるようなら、始末しなきゃとか言ってたし」


 うへ、と俺は舌を出した。

 全く、恐ろしい子供だ。


「それじゃあ、もう一つ」

 と、俺は残ったもう一本の指も折った。

「カミラちゃんは、どうして俺に全てを話す気になったのかな。自分で言うのもなんだけど、俺ってほら、胡散臭いでしょ」


 俺は自嘲気味に笑った。

 すると、釣られるようにカミラも「そうだね」と言って笑った。


「実は私も直前まで悩んでた。この人はセリアを止められるのか。止められるとしても、信用は出来るのか。それを見極めたかった。ぶっちゃけ、話をする前まではかなり疑ってた。けど、せんせーは、私にこう言った」


 カミラは俺を見た。


「せんせー、言ったよね。自分は色んな世界を生きてきた。そして、だから世界のシステムが永遠に続くことはないってことを知ってるって。歴史がそれを証明してるって。私も色んな大人たちを見てきたけどさ。こんなこと言ってる人、初めて会った。どんな教師より頭が良いと思った。ああ、ううん、頭が良いって言うのとは違うね。なんていうか、未来的というか、特異性というか。とにかく風通しの良い考えを持ってるなと思ったの。だから私、せんせーの話を聞いて、考えたの。いつか私たちが認められる世の中が来るのかな、とかさ、どこかに私たちが認められる国があるのかな、とか。そして、同時にこうも考えた。こんな考え方をする人なら、セリアを、あの子を説得出来るかもって」


 カミラは目を細めた。

 瞳の端が潤んでいた。


「ねぇ、せんせー。私、こんなどうしようもない奴だけど……せんせーを頼っても、いいかな」


 なるほどねぇ、と俺は肩を竦めた。


「そんな目で見られちゃあ仕方ない。それじゃあ、やってみますか」

「ほ、ほんと?」

「可愛い教え子たちのためだしね」


 俺は冗談めかして言った。

 すると、カミラは下唇を噛み、そして俺の胸元へと飛び込んで来た。


「……せんせー。ありがと」

「礼を言うのはまだ早いよ」


 俺はセリアをゆっくり引き離して言った。


「セリアちゃんは天才だ。話を聞く限り、戦闘能力は既に俺より上だと思う」

「そ、そうなの?」

「うん。ま、闘いになったらまず勝ち目はないね。しかも、俺よりも遥かに頭が良いと来てる。彼女は恐らく、全てを分かった上で行動している。全てを知った上で行動している。だからきっとあの子は、自分より能力の劣る人間の言うことなんて聞く耳を持たない。今さら、俺なんかの説得に応じるとも思えない」

「そ、それじゃあ、どうするの」


 カミラは心配そうに俺を見た。

 俺は肩を竦め、それからカミラの肩をぽんと叩いて、


「だから呼んでおいたんだ」

「呼んでおいた?」

「うん」


 俺は肩をにこりと笑って、言った。


「セリアちゃんの想像を遥かに凌駕する人間。小難しい理屈とか世間の常識とかまるで通じない、この世界で最強の"ワガママ教師"を、ね」



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