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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
76/85

75 恋人


 一目惚れしたのはカミラの方だった。


 クラス変えをして、初めてセリアを見たとき。

 カミラはもう、セリアに恋に落ちていた。

 彼女の顔は細面で肌は陶器のように白く、瞳は深いブルー色だった。

 

 初めは容姿に惹かれただけであったが、中身はもっと魅力的な女の子だった。

 誰よりも頭も良く、上品で、そして魔法の才能に溢れていた。

 全てが完璧だった。

 

 これまで、カミラは自分が同性愛者であることは隠して生きてきた。

 誰にも言わずに秘密にしてきた。

 名家であるマキナ家の長女として、これは当然のことであった。

 貴族の娘は親の政治的な駒だ。

 自分の家を大きくするための大事な部品なのだ。

 いつかはどこかの有力者の家に嫁ぎ、子を産む必要がある。

 父も母も叔父も叔母も祖父も祖母もみんなみんな、それが当然だと考えていた。


 もしも自分が女性しか愛せない人間だとバレたら。

 考えるだけでもゾッとした。

 だからカミラは一度も誰かに告白したことはなかったし、これからも一生、する気はなかった。

 私は生涯、恋をしてはいけないのだと。

 誰かを好きになっても、それを公にしてはいけないのだと。

 そのように決めた。


 だから最初はセリアに冷たくした。

 出来るだけ接触しないようにした。

 好きだけど、好きじゃないフリをした。


 それは思ったよりも精神的に大変なものだった。

 カミラは常にイライラするようになった。

 彼女はクラスのトップに君臨することで、その苛立ちを解消した。


 しかしある時から。

 カミラの気持ちは揺らいだ。


 カミラは、セリアも()()()()()なのではないか、という予感がしていた。

 確証はなかった。

 ただ目線や振る舞い、そして言葉には出来ない"雰囲気"のようなもので、なんとなく感じるのだ。

 セリアなら。

 私のことを受け入れてくれるんじゃないか。

 そんな想いが、カミラにはあった。

 それはほとんど確信に近いものであったが、しかしカミラは、なかなか行動には移せなかった。

 彼女にはその見立てが客観的な事実なのか、それとも自らの願望による幻なのか、判別が出来なかった。


 そしてある日。

 すとんと、放課後に二人きりになる瞬間があった。


 その時。

 カミラはセリアに想いの全てをぶつけた。

 もう、我慢出来なかった。


 文字通りに、死ぬ想いだった。

 彼女は、この恋に命を賭けるつもりだった。

 事実。

 もしもセリアに拒否されて。

 しかも同性愛者であることを知られて。

 彼女に言い触らされたら。

 カミラの人生はおしまいだった。


 婚姻出来ぬ娘に、母は怒るだろう。

 子を産まぬ娘に、父は興味を持たないだろう。

 それは名家(エリート)に産まれた彼女たちの宿命だった。


 それでも、カミラは告白した。

 あなたが好き。

 一緒に生きていきたい。

 そのように告げた。


 セリアは奥歯を噛み締めた。

 そしてカミラから目を逸らして、窓の方を向いた。

 それがどのような感情なのか、読めなかった。 


 その時間が、カミラの人生で最も恐ろしい時間だった。

 彼女の目の前はユラユラと揺れて、立っていられないほどだった。


「……しも」


 やかて。

 セリアが何事か、呟いた。

 彼女は泣いているようだった。


「あたしも、あなたが好き」


 今度はハッキリと聞こえた。

 西日に照らされたオレンジに染まる教室で。

 セリアは顔をくしゃくしゃにしながら。

 カミラの方を見て、そう言った。


 カミラは幸せに満たされた。

 自然と涙が溢れた。 

 しかしその涙は幸福のみに起因するものでは決してなかった。

 彼女たちの恋の行方は結末が決まっていた。

 二人はそのことを知っていた。

 自分達が、決して幸せになれないことを知っていた。

 だかは。

 カミラも、セリアも。

 二人とも、泣いていた。


 カミラはセリアを抱き締めた。

 生まれて初めて出来た恋人。

 彼女との抱擁は、とても嬉しかったけれど。

 同時に、同じくらい悲しかった。


 二人はそれから。

 クラスでは仲が悪いように振る舞った。

 絶対にバレてはならぬ秘め事であった。


 二人は教師やクラスメートの前ではいがみ合い。

 二人きりになると愛し合った。

 

 ある日のとこだ。

 カミラとセリアは夜の学校に忍び込み。

 二人で屋上に上がった。


 キスをして。

 愛撫をして。

 求めあった。


 そして、ことが終わると二人で寝転んで空を見た。

 満天の夜空から、無数の星が降り注いでくるようだった。


「ねえ」

 と、セリアが言った。

「私たち、将来どうなるのかしら」


「さあ」

 と、カミラは応えた。

「でもきっと、いつかは離れ離れだよね」


 会話はそれきりだった。

 セリアが未来の話をするのは珍しかった。


「ねえ」

 しばらくすると、またセリアが言った。

「全部、ぶち壊しちゃおうか」


「……え?」

 カミラは思わず起き上がり、セリアを見た。

「な、なんの話?」


 セリアは夜空を見たまま、言った。


「私、カミラが好きよ。本当に大好き。けど、私たちの関係はいつか終わりが来ちゃう。引き離されちゃう。私、色々考えてみたんだ。どうすれば私たちが幸せになれるか。……でも駄目ね。どうやっても駄目。私たちが、私たちとして幸せになるのは無理。今のこの世の中では、ね」


 セリアはくすりと笑った。


「だから壊しちゃおうか。この世界を。この社会を。私たちを受け入れようとしない、この現実を。全部、ぜーんぶ、壊してやりたい」


 セリアは泣いていた。

 カミラは俯いて、そうね、と言った。

 セリアは本気なんだろうと思った。

 彼女は、本物の天才少女。

 その気になれば、この学園を、いいえ、この街すらも破壊するほどの魔力を持っていた。


 貴族。

 女。

 同性愛者。

 そのように産まれた私たちに自由はない。

 私たちは箱庭から出てはいけない。

 意志を持ってはいけない。

 恋をしては――いけないのだ。


「全部壊して、私たちも一緒に、死のうか」

 カミラは言った。

「それも、良いよね」

 

 二人はそうして、互いに見つめあった。

 そしてどちらともなく。


 うん、と頷いたのだった。



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