75 恋人
一目惚れしたのはカミラの方だった。
クラス変えをして、初めてセリアを見たとき。
カミラはもう、セリアに恋に落ちていた。
彼女の顔は細面で肌は陶器のように白く、瞳は深いブルー色だった。
初めは容姿に惹かれただけであったが、中身はもっと魅力的な女の子だった。
誰よりも頭も良く、上品で、そして魔法の才能に溢れていた。
全てが完璧だった。
これまで、カミラは自分が同性愛者であることは隠して生きてきた。
誰にも言わずに秘密にしてきた。
名家であるマキナ家の長女として、これは当然のことであった。
貴族の娘は親の政治的な駒だ。
自分の家を大きくするための大事な部品なのだ。
いつかはどこかの有力者の家に嫁ぎ、子を産む必要がある。
父も母も叔父も叔母も祖父も祖母もみんなみんな、それが当然だと考えていた。
もしも自分が女性しか愛せない人間だとバレたら。
考えるだけでもゾッとした。
だからカミラは一度も誰かに告白したことはなかったし、これからも一生、する気はなかった。
私は生涯、恋をしてはいけないのだと。
誰かを好きになっても、それを公にしてはいけないのだと。
そのように決めた。
だから最初はセリアに冷たくした。
出来るだけ接触しないようにした。
好きだけど、好きじゃないフリをした。
それは思ったよりも精神的に大変なものだった。
カミラは常にイライラするようになった。
彼女はクラスのトップに君臨することで、その苛立ちを解消した。
しかしある時から。
カミラの気持ちは揺らいだ。
カミラは、セリアも自分と同じなのではないか、という予感がしていた。
確証はなかった。
ただ目線や振る舞い、そして言葉には出来ない"雰囲気"のようなもので、なんとなく感じるのだ。
セリアなら。
私のことを受け入れてくれるんじゃないか。
そんな想いが、カミラにはあった。
それはほとんど確信に近いものであったが、しかしカミラは、なかなか行動には移せなかった。
彼女にはその見立てが客観的な事実なのか、それとも自らの願望による幻なのか、判別が出来なかった。
そしてある日。
すとんと、放課後に二人きりになる瞬間があった。
その時。
カミラはセリアに想いの全てをぶつけた。
もう、我慢出来なかった。
文字通りに、死ぬ想いだった。
彼女は、この恋に命を賭けるつもりだった。
事実。
もしもセリアに拒否されて。
しかも同性愛者であることを知られて。
彼女に言い触らされたら。
カミラの人生はおしまいだった。
婚姻出来ぬ娘に、母は怒るだろう。
子を産まぬ娘に、父は興味を持たないだろう。
それは名家に産まれた彼女たちの宿命だった。
それでも、カミラは告白した。
あなたが好き。
一緒に生きていきたい。
そのように告げた。
セリアは奥歯を噛み締めた。
そしてカミラから目を逸らして、窓の方を向いた。
それがどのような感情なのか、読めなかった。
その時間が、カミラの人生で最も恐ろしい時間だった。
彼女の目の前はユラユラと揺れて、立っていられないほどだった。
「……しも」
やかて。
セリアが何事か、呟いた。
彼女は泣いているようだった。
「あたしも、あなたが好き」
今度はハッキリと聞こえた。
西日に照らされたオレンジに染まる教室で。
セリアは顔をくしゃくしゃにしながら。
カミラの方を見て、そう言った。
カミラは幸せに満たされた。
自然と涙が溢れた。
しかしその涙は幸福のみに起因するものでは決してなかった。
彼女たちの恋の行方は結末が決まっていた。
二人はそのことを知っていた。
自分達が、決して幸せになれないことを知っていた。
だかは。
カミラも、セリアも。
二人とも、泣いていた。
カミラはセリアを抱き締めた。
生まれて初めて出来た恋人。
彼女との抱擁は、とても嬉しかったけれど。
同時に、同じくらい悲しかった。
二人はそれから。
クラスでは仲が悪いように振る舞った。
絶対にバレてはならぬ秘め事であった。
二人は教師やクラスメートの前ではいがみ合い。
二人きりになると愛し合った。
ある日のとこだ。
カミラとセリアは夜の学校に忍び込み。
二人で屋上に上がった。
キスをして。
愛撫をして。
求めあった。
そして、ことが終わると二人で寝転んで空を見た。
満天の夜空から、無数の星が降り注いでくるようだった。
「ねえ」
と、セリアが言った。
「私たち、将来どうなるのかしら」
「さあ」
と、カミラは応えた。
「でもきっと、いつかは離れ離れだよね」
会話はそれきりだった。
セリアが未来の話をするのは珍しかった。
「ねえ」
しばらくすると、またセリアが言った。
「全部、ぶち壊しちゃおうか」
「……え?」
カミラは思わず起き上がり、セリアを見た。
「な、なんの話?」
セリアは夜空を見たまま、言った。
「私、カミラが好きよ。本当に大好き。けど、私たちの関係はいつか終わりが来ちゃう。引き離されちゃう。私、色々考えてみたんだ。どうすれば私たちが幸せになれるか。……でも駄目ね。どうやっても駄目。私たちが、私たちとして幸せになるのは無理。今のこの世の中では、ね」
セリアはくすりと笑った。
「だから壊しちゃおうか。この世界を。この社会を。私たちを受け入れようとしない、この現実を。全部、ぜーんぶ、壊してやりたい」
セリアは泣いていた。
カミラは俯いて、そうね、と言った。
セリアは本気なんだろうと思った。
彼女は、本物の天才少女。
その気になれば、この学園を、いいえ、この街すらも破壊するほどの魔力を持っていた。
貴族。
女。
同性愛者。
そのように産まれた私たちに自由はない。
私たちは箱庭から出てはいけない。
意志を持ってはいけない。
恋をしては――いけないのだ。
「全部壊して、私たちも一緒に、死のうか」
カミラは言った。
「それも、良いよね」
二人はそうして、互いに見つめあった。
そしてどちらともなく。
うん、と頷いたのだった。




