74 推理
「……返事をする前に一つだけ、良いかしら」
カミラは震える身体を自ら抱き締めながら。
それでも気丈に言った。
俺は少し考える素振りを見せたあと、どうぞ、と言った。
カミラからは、既に敵意は完全に消えている。
「せんせーと私、二人きりにして欲しいの」
「二人きりに?」
「そう。キアラ達は、教室から出して」
カミラはキアラ達を指差した。
俺は彼女たちを一瞥してから、「うん。いいよ」と答えた。
「確かに、その方がいいかもしれないね」
カミラは無言で頷き、涙を拭った。
それから、
「……あんたたち、聞いたでしょ。早く、部屋から出ていきなさい」
震える声音で。
ようよう、そのように応えた。
「で、でも、カミラ」
キアラが、心配そうに言った。
「いいから出ていきなさい!」
カミラは怒鳴った。
すると彼女たちはてんでに「う、うん」と頷き、教室を出ていった。
∇
「……せんせーの言う通りよ」
室内に二人きりになったことを確認すると。
カミラは床を見つめながら白状した。
「アンナ先生に毒を飲ませたのは私たち」
そっか、と俺は大きく頷いた。
「素直に認めてくれて助かったよ。ごめんね。脅すような真似をして」
カミラはごくりと唾を飲み込んで。
マジ怖かったんだけど、と言った。
「でも、お陰で、私もすんなり認める気になれた」
「やっぱりね。キミは、俺を試していたんだね」
「うん。だって、真実の話をするんだもの。私の秘密を話すのに、相手が弱っちぃ偽物だったら困るじゃない」
「は。なるほど。カミラちゃんも、なかなかのもんだ」
「せんせーこそ。あなた、ただ者じゃないよね」
「俺は口が上手いだけ。凡人だ」
俺はにこりと微笑んだ。
するとカミラは「嘘つき」と、まだ少し強ばった顔つきで言った。
一応立場上、聞いておかないといけないんだけど、と前置きを置いて、俺は続けた。
「動機はやはり、キミたちの"恋人関係"をアンナ先生に気付かれたから、なのかな」
恋人関係。
この言葉を聞いて、カミラは少し表情を固くし、沈黙した。
俺は彼女の方から口を開くのを待った。
「参ったな」
やがて、カミラは言った。
「やっぱ、そこまでバレちゃってるんだ」
まあね、と俺は頷いた。
「けど、どうして分かったの? 私、あなたが嘘を見抜く"能力者"だと気付いてからすぐ、ずっとあなたのことは避けていたのに。セリアにもそれを伝えて、せんせーとは話をしないように言ってたのに。そもそも、私たちは最初からせんせーを警戒してたから、あなたとはほとんど接触をしていなかったのに。どうして、私とセリアが恋人同士であることに気付いたの」
「最初からさ」
と、俺は言った。
「俺がこの学園に来て、最初にキミたちのクラスで挨拶をしただろう? あの日に、気付いた」
嘘、とカミラは言った。
「あの日は、私はあなたを茶化しただけじゃない。ほんの二言三言話しただけ」
「うん、そうなんだけどね」
俺は肩を竦めた。
「けどキミは、俺の"この学校に恋人はいるのかい"という言葉に対して、いない、と応えた。その時、カミラちゃん、キミはハッキリと"嘘"の色をしていた。その時に、なるほど、この子にはよっぽど愛する人がいるのだろうとぼんやり考えた」
カミラはハッとしたように目を見開いた。
「ただ、その時はもちろん、このクラスの男子の誰かと付き合ってるんだろうと思っただけなんだけど」
けど、と俺は続けた。
「けど、キミはもう一つ、嘘をついていた。それは、俺とのやりとりの中でセリアちゃんに言及したときだ。キミはセリアちゃんのことを"ブス"だと言った。これも嘘だった。やはり何かおかしいなと思ったよ」
カミラは「そっかぁ」と顔を伏せた。
「つまりあの時にはもう、バレてたんだ」
「もちろん、それでもまだキミとセリアちゃんが恋人同士だなんて確証はまるでなかったよ。そもそも人間というのは隠し事や後ろめたいことがなくとも、見栄やハッタリで、いや、全く意味もなく嘘をつく、なんてこともあるからね」
しかし、と俺は続けた。
「しかし、心のどこかにはずっと違和感が残っていた。最初にピンと来たのは、アンナ先生の性格や正義感の強さを知ったときだった。彼女の性格から考えて、毒を盛られて黙ってるはずがない。では、彼女が口を閉ざしている理由はなんなのか。生徒想いで教育熱心な彼女のことだ。もしかするとそれは、生徒を庇ってるんじゃないかってね、そんな風に考えた」
ヒントはパルテノの言葉だった。
あのおっさん。
ほんと、意外なところで役に立つ。
だとしたら、と俺は続けた。
「だとしたら、アンナ先生は誰を、何から、守っているのか。ここで、キミとセリアちゃんのことを思い出した。キミたちが本当は仲が良いのに、仲が悪いフリをしていることを思い出した。彼女たちは何故、クラスメートにまで嘘を吐いているのか。どうしていがみ合っている演技をする必要があるのか。ここまで考えが至ると、全部のパズルがかちりとハマった気がした」
俺はパチン、と指を鳴らした。
「この辺りから、俺はキミたち二人のことを本格的に疑いだした。まずはウィリアムに頼んで、この学校の男子にカミラちゃんの恋人がいるかどうか調べた。結果はもちろん、ノーだった。この学校に、カミラちゃんの恋人の"男性"はいなかった。ここで確信したよ。キミとセリアちゃんの関係を、ね」
俺はカミラを見た。
「キミたちはエリートだ。そして、貴族の娘だ。いつかはどこかの家の御曹司と結婚し、子供を成さなければならない。血を絶やさぬために、そして御家の繁栄のために、婚姻しなければならない。そんなキミたちがもしも同性しか愛せない性的指向者だったら。既に同性の恋人が存在しているとしたら。それはもう、何をおいても隠さなければならない」
大変だっただろうねェ、と俺は短く息を吐いた。
「この国はただでさえ同性愛に偏見の強いお国柄だ。しかもキミたちは貴族の娘。誰にもバレてはいけないし、疑われてもいけない。もしも露見したら酷い差別に晒され、謂れのない恥辱を受け、そして社会的に排除されてしまうだろう。それは即ち、まだ未熟なキミたちにとっての"死"を意味する」
カミラは黙って聞いていた。
大したものだ、と俺は思った。
しかし、と俺は続けた。
「しかしそれなのに、キミたちはあろうことか、自らの担任であるアンナ先生に関係がバレてしまった。アンナ先生はキミたちから見れば敵だ。活動家で、上からも覚えがよく、そして口煩い先生だ。だからキミたちは、どんな手を使っても彼女をこの学校から追い出さねばならなかった。こう考えれば、全ての辻褄があう。キミたちがアンナ先生に毒を盛った理由も。そして、アンナ先生が、口を噤んでいる理由も」
カミラは下唇を噛んだ。
それから口の端で僅かに微笑み、「せんせー、すごいね」と言った。
「ほとんど当たってる」
「ほとんど、ね」
俺は苦笑した。
カミラは脱力したように目を伏せた。
それから床を意味もなく撫でながら、
「……でもさ。アンナ先生、本当に私たちのこと、何も話してないの?」
「うん。あの人は自らが貴族でありながら貴族社会に反発していた珍しい人物だ。きっとキミたちのこと、前から薄々気付いていて、どうにかしてやりたいと思ってるんだろう。だが、今のこの世界では、キミたちの立場では、キミたちの関係は絶対に許されない。さすがのアンナ女史も、どうしたらよいのか分からず、考えあぐねているんじゃないかな。だから、今は誰とも会わず、塞ぎ混んだフリをしている。この事件の真相が露見すれば、キミたちの関係も露見しちゃうからね」
カミラは目を伏せた。
「……そっか。私たち、本当に酷いことをしちゃったんだね」
彼女の目に、涙が浮かんだ。
懺悔をした彼女には。
"嘘"の色はなかった。
「カワカミせんせー」
やがて、カミラは顔を上げた。
すっかり自信をなくし。
何かに怯えるような、寄る辺ない顔をしていた。
「私、こんなこと言える立場じゃないんだけど」
彼女はそういうと、いきなり俺の胸にすがり付いた。
それから、涙を浮かべて、こう言った。
「お願い、せんせー。セリアを……セリアを止めて」




