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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
74/85

73 説教


「……はーん。つまり、せんせーは、私と戦争したいわけね。この私と、マキナ家の長女であるこのカミラ=マキナと、トコトンまでやり合いたいわけね」


 カミラは腕を組み、少し顎を上げて、とても不愉快そうに言った。


「戦争? まさか」


 俺は肩をすくめた。


「そんなことは考えてないよ」

「は。今さら怖じ気付いたの? けど、もう遅いんだから。私を敵に回すとどうなるか――」

「俺がキミにしたいのは説教だよ。カミラちゃん」


 俺はカミラを遮り、目線を強めた。


「説教? 何それ。一体、何の話を」

「歴史の話さ」

「歴史?」

「そう」


 俺は頷いた。


「キミがクラスのボスになっていること。他の生徒を従わせていること。大人や先生たちを舐めていること。それらは全て、キミの貴族意識、そしてエリート意識に起因していることだ。それはつまり、"貴族制度"を敷いているこの社会こそが、カミラちゃんをカミラちゃん足らしめてるわけだ。そして、キミはそれを絶対だと思い込んでる。貴族社会はなくならない。王政の世の中は終わらない。そう信じこんでる。そうだろ?」


 と、俺は聞いた。

 カミラは返事をしなかった。

 けどね、と俺は続けた。


「けどね、俺はそれが続かないことを知ってる。俺はこの世界だけじゃなく、他の世界も生きてきたからね。だから分かる。人間の構築するあらゆる社会構造には必ず欠点があって、一つのシステムが永遠に続くなんてことはない。いくら安定していても、いつか終わりが来る。そのことを知っている。(あまね)く国の正史(カノン)がそれを証明しているんだ。今、俺たちが生きているこの社会システムも、単なる時代の結節点に過ぎない。今日は貴族が世の中を支配していても、明日には商売人が世界を牛耳っているかもしれない。明後日には庶民が世界を統べているかもしれない。この世界はあやふやで、曖昧で、常に揺蕩っていることを俺は知っている。ヒエラルキーなんてものが、単なるハリボテだってことを知っている。だから怖くない。キミのことなんて、まるで怖くないのさ」

「は。とんだ強がりね」


 カミラはせせら笑った。


「いつか貴族の権力がなくなる? だから怖くない? そんなの単なる強がりじゃない。現実的な話として、今、私とせんせーが闘ったら、どっちが勝つと思ってるわけ」

「勝ち負けなんてどっちでもいいさ」


 俺は声のトーンを落とした。


「カミラちゃんはさ、そもそも一つ、決定的に間違ってるんだよね」

「間違ってる?」

「キミはさ、"死"こそがこの世で最も重い罰だと考えてる。"死"をちらつかせれば、人間はみんな言うことを聞くと思ってる」


 俺はそこで。

 約束(ルール)を無視して手枷を外し、目隠しを取った。


「あ。ずるい」


 女生徒のうちの誰かがこぼした。

 俺は目にかかった前髪をかきあげながらくつくつと笑い、「黙れ」と言った。


 俺の言葉に。

 室内は静まり返った。

 それから俺はゆっくりと彼女たちを見回して、「ちょっと遊びを変更するね」と言った。


「この部屋にいる全員に命じる。これより先、勝手に喋ることを禁ずる。俺の許可なしには、身動ぎ一つ許さない。これを破ったものには重い重い罰を与える。死を願うほどの――」


 重い罰だ。


 そう言って。

 カミラを()た。


 ∇


 カワカミはうっすらと笑みを浮かべながら、ゆっくりとカミラに近づいた。

 カワカミの身体には、この世の全ての不吉を集めたようなオーラが纏わり付いていた。  

 彼の姿、表情、そして目線は暗黒を想起させた。


 カミラは蛇に睨ませた蛙のように身体を硬直させていた。

 動けなかった。

 さっきまでのカワカミとはまるで別人だった。


 ここに至り。

 カミラはようやく気付いた。

 この男。

 ただの臨時教師ではない。

 商人でもない。

 いや――もしかしたら、"人間"ですらないかもしれない。

 この気配はバケモノそのものだ。

 

 底なしの"闇"を抱えている。

 この男は――怖い。


 カミラはガタガタと震え始めた。

 身体中に冷たい汗が噴出した。


 カワカミはやがてカミラの目の前までやってくると。

 彼女の顔を両手で掴み、動かぬように固定させた。

 そして、息がかかるほどさらに顔を近づけて。


 カミラの目の奥を覗き込んだ。


「カミラちゃん。キミは人をイジメる達人なのかもしれないけどね。俺は人間に苦痛を与えるプロだ。キミのようなアマチュアとは違って、本物の痛みを与える術を知ってる。肉体的に。精神的に。本物の絶望を味わわせる術を知ってる。気を失うことも狂うことも許さない。俺は古今東西のあらゆる方法を使って、キミを苦しませることが出来る」


 カワカミは至近距離でカミラの目を見続けた。

 カミラはあまりの恐怖に、涙がこぼれ始めた。


「キミはまだ"死にたい"と願ったことすらない子供だ。とりあえず俺と対等に話がしたいなら、死ぬより恐ろしい想いをしてからだ」


 カワカミはそこでようやく。

 カミラの顔から手を離した。

 カミラはすとん、とその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 

 さてと、と言って彼はしゃがみこみ、震えるカミラに目線を合わせた。


「それじゃあ、そろそろ"ゲーム"を終わりにしようか」

 と、カワカミは言った。

「今からルール通り、一つ質問をするね。約束通り、俺の言うことが当たってたら、正直にそうだと答えるんだ」


 カワカミの言葉に、カミラは壊れた人形のように、こくん、と頷いた。

 カワカミは人差し指を立てて、


「カミラちゃん。今回の、アンナ先生に毒を盛った事件。あれは――」


 キミとセリアちゃんの"共犯"だね。


 カワカミはにこりと笑って、そう聞いた。


 

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[良い点] この主人公・・・、負のイメージを詰め込んだ何者か?
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