71 カミラ
それから。
しばらくは平穏な日々が続いた。
俺の調査も順調だった。
この学年の男子生徒への聞き込みもあらかた終わった。
これで、ほぼ間違いない。
やはり、彼女はあの時、"嘘"を吐いていた。
しかし。
念のため、男の教諭にも当たってみるか。
そのように考えながら歩いていると、後ろからどん、と衝撃を受けて、思わず前につんのめった。
振り替えると、元気に走って行く男子生徒が「すんませーん」と俺を追い越していった。
もう直きに文化祭である"召魔祭"の日があるためか、放課後にも関わらず、生徒たちが慌ただしく廊下を往き来している。
俺は学校に行き、生徒たちを観察し、授業もなんとなくこなした。(ほとんどをパルテノに任せたけど)
パーリはウィリアムたちに護られて、上手くやり過ごしていた。
その点はホッとしていた。
女子とは未だに完全に距離を取られていたが、特に嫌がらせをされるわけでもなく、また、これまでカミラともセリアとも一線を置いていた極少数の女子たちと仲良くなっていた。
そしてどうやらウィリアムたちのグループも満更ではなく。
パーリたちの防波堤となることに対して、少しやりがいのようなものも感じているようだ。
ただ。
無論、これで良いわけでは決してないだろう。
まったく健全ではない。
彼女のクラスは未だ歪で不安定で、今は危ういところでかろうじて均衡を保っているに過ぎない。
何かのきっかけで、とんでもないことが起こりそうな不穏さを内包している。
例えばウィリアムに護られているパーリが楽しそうかと言えば。
決してそんなことはない。
「せーんせっ」
ある日。
廊下を歩いていると、声をかけられた。
振り向くと、カミラだった。
不気味なほどの笑顔で、気味の悪いほど明るい声音だった。
「やあ」
と、俺は言った。
「珍しいね。キミの方から声をかけてくるなんて」
「そ?」
カミラは小首を傾げて見せた。
「いやさ、せんせーとちょっとあそぼうと思ってさ」
カミラは口を三日月のように開いて微笑んだ。
やっと来たか、と思った。
そろそろ動いてくる頃だと思っていた。
「そりゃあ光栄だな」
俺はにこりと笑った。
「カミラちゃん。実は俺も、キミとは一度、きちんと話がしたかったし」
「話なんてしないよ」
カミラはちろりと舌を出した。
「私はせんせーと遊びたいだけだもん。話なんて絶対にしない。だって」
だって、せんせーと話なんてしたら、全部心の中読まれちゃうもん。
カミラはそう言って、ふふと微笑んだ。
なるほど、と俺は思わず口の端を上げた。
そこまで調べてるのね。
噂通りの権力者。
「いいよ。それじゃあ、何をして遊ぶのかな」
「そうねぇ。そりゃあやっぱり、"犯人当てゲーム"とか?」
カミラは目を細めた。
なるほどねぇ、と俺は肩をすくめた。
「それはつまり、キミはアンナ先生に毒を盛った生徒に心当たりがあるってことかな?」
「おっと、犯人捜しに関する質問はNGだってば」
カミラはくるんと身を翻し、こちらに背を向けた。
「いーい? 今度せんせーの方から質問したら、二度とウチらは口を開かないからね。全員で、せんせーのことは無視する」
「わかったわかった」
俺は両手を上げた。
「しかし、質問なしでどうやって"犯人当てゲーム"をやるんだい?」
それはね、とカミラはこちらを向いた。
「せんせーには、目隠しをしてもらうの」
「目隠し?」
「そ。視界を塞いで、その状態で質問してもらうワケ。それなら、せんせーの不思議な"能力"は使えないでしょ」
「なるほど」
俺は口の端を上げた。
「その状態でなら、私には何を聞いても良いわ。そしてその後に、今度は目隠しを外して、一度だけ質問をさせてあげる。それで犯人が分かれば先生の勝ち。分からなかったら、先生の負け」
面白いね、と俺は言った。
「しかしそれじゃあ、俺が負けたらどうなるんだい」
そうねぇ、とカミラは考えた。
それから、にたりと笑いながら、
「せんせーが負けたら、"毒"を飲んでもらおうかな」
と言った。
「毒、か」
俺はくつくつと笑った。
「良いね。分かりやすくて助かるよ。俺としても、そいつはありがたい申し出だね」
オーケーだ、と俺は言った。
「それで行こう」
その言葉に、カミラは刹那、驚いたように目を開いた。
それからクスクスと笑い声を漏らし、「やっぱりせんせー、面白いね」と言った。




