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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「エリートの卵たち」編
71/85

70 調査


「おい人形屋! エリート高の女子ってのは、いいもんだなぁ! 甘い匂いがすんし、無垢な色がすんし! 青い果実ってーのは、なんつーか、見てるだけでなんか興奮すんなぁ!」


 クルッカは視線をあちこちに巡らせまくりながら、がに股で廊下を歩いた。

 俺はちょっと恥ずかしかった。

 粗野な荒くれものを見る、学生たちの目線が気になった。


「つかよ、この学校、女の子のレベル高くね? 美少女多くね? 人形屋、テメー、結構ヨロシクやってんだろ? 一人くらい、誰か紹介してくれよ」


 ヨダレを垂らしてすれ違う女の子たちを物色しながら、でかい声で下品なことを言う。

 うーむ。

 すっかり慣れてしまっていたけど。

 俺が言えた義理ではないんだけど。

 こうして少し一般社会から見てみると、この男はかなり社会不適合者である。


「下らないこと言ってんじゃないよ、クルッカ君」

 俺はぴしゃりと言った。

「今日キミを呼んだのはね、他でもないんだ。ちょっと調べてみて欲しいことがあるんだ」

「あん?」


 クルッカはそこでようやく俺を見た。


「んだよ、調べて欲しいことって」

「『キルトレギシン』って知ってるか」

「なんだそれ。なんか物々しい名前だけどよ、どっかの魔獣かなんかか?」

「毒物の名前だよ。今回、アンナという女教師に盛られた毒の種類の名前」

「ああ、お前が今調べてる事件の」

「そうなんだ。でね、この毒物、実は"タイニーブルー"っていう植物に多く含まれてて、今回もその実から抽出したんじゃないかって話で」

「へえ。聞いたことのない植物だな」

「直径は大体1.5cm程度の黒い実だよ。葉や蔦は深緑色で二列互生が特徴的な主に湿地帯に群生してる常緑種なんだけど」

「ほーん。オメー、自然科学の担当だったのか」

「受け売りだよ」

「で、それが?」

「それでね、今から"ここ"に行って、そこにその"タイニーブルー"ってのが生息しているか、調べて来て欲しい」


 そういって、俺は紙片を渡した。


「んだよ。面倒くせーなァ」

「悪いね。報酬はちゃんと渡すからさ」


 俺が言うと、へいへい、とクルッカは頷いた。


「そん代わり、一回、パーリちゃんとデートさせてくれな」


 クルッカはそのように言い置いて、俺の返事を待たずに踵を返した。


「あ、ちょい待ち」


 俺はその背中に声をかけた。

 んだよ、とクルッカは半身だけ振り返った。


「あともうひとつだけ、ついでに頼むんだけど」

 と、俺は言った。

「帰りに人形屋に寄って、マチルダさんに、この学園に来るように伝えておいてくれないかな」


「マチルダ、だと?」

「うん。日付はさっきの紙に書いといたから」


「どういうことだよ」

 クルッカは顔をしかめた。

「なんだよ。どうしてマチルダなんかを呼ぶ必要があんだ。もしかして、何かあんのか? 何か、ヤベーことが」


 さてね、と俺は肩をすくめた。

 それから言った。


「あるかもしれないし、ないかもしれない。ま、念のためさ」


 ∇


「ロージーちゃん、だよね」


 俺は廊下を歩く一人の女生徒に声をかけた。

 昼休憩ということもあり、辺りは騒がしい。

 ここは特別進学クラスの校舎とは別の東棟、つまり一般科クラスの生徒たちが過ごしている建物である。


「はい?」


 俺が声をかけた女の子――ロージーは振り返り、少し怪訝そうな顔つきで俺を見た。


「キミ、ロージー=ブラウニーちゃんであってるかな」

「え、ええ、そうですけど」

「いきなりごめんね。俺は特別進学クラスを担当してるカワカミって教師なんだけどさ、ちょっと時間、いいかな」


 ロージーは辺りを気にする素振りを見せた後、別に良いですけど、頷いた。


「あのさ、ロージーちゃんは、特進クラスのセリアちゃんって知ってるかな。セリア=キング=ムーアちゃん」

「は、はい。知ってますけど」

初等学校(エレメンタリースクール)に入る前からの幼馴染み。小さな頃から仲がよかった。あってるかな?」

「はい、そうですけど」

「そっか」


 俺はふんふんと頷いた。


「ごめんね。実はさ、ちょっとセリアちゃんのことで聞きたいことがあって」

「は、はあ、なんでしょうか」

「セリアちゃん、俺の聞いた話だと、怒るとかなり怖いって聞いたんだけどさ。それは、幼少期からそうだったのかな」

「そ、それは」


 ロージーは胸に抱えていた教科書をぎゅっと抱き締めた。


「絶対に口外はしないからさ。出来るだけ、率直な意見を聞かせて欲しい」


 俺はにこりと微笑んだ。

 するとロージーは「ま、まあ、少し」と俯いた。


「……あの子、とても世間の目を気にする子だったから。自分の話を親とかにされたら、ものすごく怒ったりはしてました」


 そっか、と俺は頷いた。

 やはり、彼女の性格は生来的なもののようだ。


「あとちょっと聞きにくいんだけど、ロージーちゃん、小さな頃にセリアちゃんから妙なことを頼まれたことなかった?」

「みょ、妙なこと、ですか」

「うーん、なんていうかさ、彼女に良く分からないことされたり、して欲しいとお願いされたり」


 ロージーは少し俯き、黙り込んだ。


「あったんだね」

 と、俺は言った。

「ごめんね、変なことを思い出させて。でも、申し訳ないんだけど、どうしても確認しておきたいんだ。キミは具体的に、何をお願いされたのかな」


 ロージーは長い間、返事をしなかった。

 俺は、彼女から口を開くのを待った。


「……分かりません。私は何も知りません」

 

 やがて、ロージーは言った。


「セリアは変わった子でした。怒りっぽいところもありました。……けど、けど別に、悪い子じゃなかったです」

「悪い子ではなかった、か。うん。きっと、それはそうだろうね」

「だからその……あの」


 ロージーが言いにくそうにもじもじしていると。

 次の授業を報せる予鈴が鳴った。


「す、すいません。私、次の授業があるので」


 ロージーは絞り出すようにそう呟くと。

 スカートを翻して、走り去った。


 ふむ。

 あの反応を見れば十分だな。

 俺はがりがりと頭を掻いた。


「いやーしかし、アンナ先生。あなたは、教師の鏡だねぇ」


 俺は生徒たちに紛れて小さくなるロージーの背中を眺めながら。

 そのように一人ごちて、肩をすくめた。



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