69 確執
あくまでも噂話なんだけど、と前置きをおいて、パーリは語りだした。
「とある"事件"をきっかけにして、カミラがセリアのことを怖がってるって話なのよね」
「怖がってる?」
俺は眉を寄せた。
そう、とパーリは頷いた。
「知ってると思うけど、セリアは天才なの。頭もずば抜けてるけど、何よりもすごいのはその魔力。特に、召喚魔法はとんでもない才能を持ってる。でも、セリアの最も恐ろしいのはそこじゃなくてさ。前にも言ったけど、あの子、頭の線がキレてるとこがあるから。カミラも怒ったら何するか分からないけど、セリアのそれはちょっと種類が違くて。なんて言うか、あの子は、怒ってなくても、恐ろしい真似が出来るの。冷静に狂ってるっていうか、どこまでも残虐になれそうっていうか。怒る、というより、恨む、というのかな。とにかく、そのためなら自分が死ぬことすら怖がってないって感じ」
ごくり。
ウィリアムが唾を飲み込む音が聞こえた。
どうやら、彼の知らない話だったようだ。
それでね、とパーリは話を進めた。
「このクラスが決まった直後、こんなことがあったの。カミラはあんな調子だからさ、自分達の言うことを聞かないセリアたちに、すぐにムカついてたわけ。ハッキリ聞いたわけじゃないけど、明らかにそんな感じだったのね。んで、すぐにあの子、嫌がらせを始めたんだけど、セリアはそれに反発したの。夜中の学校にカミラを呼び出してさ」
パーリはそこで一度言葉を止めた。
ここに至ってもなお僅かに躊躇ったあと。
彼女は、「あの子、カミラを殺そうとしたの」と呟いた。
俺は思わず眉をひそめた。
ふむ。
おどろおどろしく生臭い話になったきた。
「詳しくは何があったのか、よく分からないんだけどね。次の日、朝一でやってきた教師の話だと、どうやらセリアは地面に魔方陣を書いててさ。その陣の紋様が"魔界"から何かを召喚するためのもので。もうグラウンドとか校舎とかめちゃくちゃで、かなり激しく戦闘ったみたい。先生たちの予測だと、確実にあの子を、ううん、私達クラスメートを皆殺しに出来る級のモンスターだったみたい。頭おかしいでしょ。学内で、クラスメート相手に、魔界の化物を呼び出しちゃうんだから」
すげぇ、と思わずこぼれた。
セリアの年齢で、たった一人で魔界との交信をしてしまうのか。
普通は手練れの召喚師が十人以上でたっぷり時間を費やして、ようやく異界とのコンタクトに成功するかどうか、というレベルだ。
それを、中等部の子供が一人で、魔を実体化させ、召喚してしまう。
何を召喚だしたのかは知らないが。
恐ろしいほどの才能。
「それ以来、カミラはセリアに直接手を出すことを止めたの。ただ、カミラはカミラで超絶負けず嫌いだからさ。負けたなんて思ってない。ずっとムカついてると思う。いつかやり返してやるって思ってると思う」
話を聞き終えると。
俺は思わずはあ、と嘆息した。
アンナの気苦労を想った。
こんなクラスを受け持っていたら。
そりゃあ、生半可な精神力では勤まりそうにない。
ちらとウィリアムを見やると。
彼は玉のような汗を浮かべていた。
どうやら今のパーリの話。
男子諸君には知らされていない、特進Ⅲクラスの実体だったようだ。
「んでさ、とりあえず今のパーリちゃんは、大丈夫なわけ?」
と、俺はパーリに言った。
「セリアちゃんもヤバイけど、カミラちゃんもヤバイことには変わりないわけでしょ。今のパーリちゃん、カミラちゃんに目をつけられてて、多分、セリアちゃんグループにも入れてないわけでしょ? これから、このクラスでどう立ち回るの。俺はいつも傍にいてあげられないし、そもそも、俺は後一ヶ月もしないうちに学校から追い出されるし」
パーリは刹那、物憂げそうに目を伏せた。
しかしすぐにいつもの笑顔に戻り、「ま、なんとかなるっしょ!」と親指を立てた。
「ぶっちゃけさ、私、カミラたちと群れるの、嫌になってたし。仲間とか友達とか、もううんざりだと思ってたし。別に良いんだ。一人でも」
パーリは気丈に振る舞った。
しかし、それが強がりであることは明白であった。
「うし」
と、俺は頷いた。
「そんじゃあさ、とりあえず、パーリちゃんには護衛人をつけるよ」
「は? なにそれ」
パーリは眉を寄せた。
「頼むぞ、ウィリアム」
俺はそう言うと、ウィリアムの肩に手を回した。
「お前は今日から、パーリちゃんを護る"騎士"だ」
はあ? とウィリアムは眉を寄せた。
「ど、どういうことだよ、先生」
「言葉の通りだ。ウィリアム、お前は男だろ? 女の子の一人くらい、護って見せろや」
俺はマチルダを真似て、ケケケと笑って見せた。
ウィリアムは「け、けどよ」と少し戸惑いながら、パーリを見た。
パーリはちょっと顔を赤くして、視線を外した。
「な、何をいってんのよ、カワぴょん。そ、そんなの、ウィリアムは嫌に決まってんじゃん。そんな面倒なこと、するわけが――」
「いや」
と、その時。
ウィリアムはパーリを遮って、言った。
「分かったぜ、先生。俺もよ、情けねーとは思ってたんだ。確かにカミラの背景は強大だ。もめるのは御免だ。けどよ、いつまでもあいつの顔色窺ってンのも情けねぇ話だ。やっぱ男にゃ立ち上がらねぇといけねーときがあるよな。いや、男も女も関係ねえか。クラスメートが困ってんだ。なら、その"理由"には十分だ」
ウィリアムは任せろ、と大きく頷いた。
まだ幼さの残るその横顔は、それなりに頼もしくも見えた。
「ウ……ウィリアム」
パーリは下唇を噛んで。
目の端に涙を浮かべて、そう呟いた。
どうやら、ウィリアムに任せればこの二人は大丈夫そうだな。
「よぉし、と」
と、俺はうんと伸びをした。
「そんじゃあ、そろそろ本格的に調べに行こうかね」
うんうん、とパーリは大きく頷いた。
「なに? そのセリフ、なんかちょっと頼もしく見えるんだけど」
パーリはくすくすと笑った。
少し元気になったみたいだ。
俺は少しホッとした。
「ま、この事件はそもそも、そんなに難しいもんじゃないんだよね。恐らく問題は一つだけ。そして、"それ"を知ってさえいれば、簡単に全てが紐解ける」
「"それ"? ってなに?」
「あくまでまだ俺の推測だけどね。パーリちゃんたちすら知らない"秘密"が、きっと君たちのクラスにはあるのさ」
俺は言い、パーリを指差した。
「そしてそれさえ分かれば、犯人もなんとなく、分かるようになってる。自動的にね。この毒物混入事件は、そういう事件」
「わ、ワケ分かんないんだけど……と、とにかくカワぴょんは、私たちの知らないその"秘密"ってのを知ってるの?」
「うん」
「ついこの間来たばかりなのに?」
「うん」
「すでに、もう何ヵ月も過ごしてる私たちの知らないことを知ってるって言うの?」
うん、と俺は頷いた。
マ、マジで? とパーリは大きな瞳をさらに大きく見開いた。
「あとは裏付けだねぇ」
と、俺は言った。
「今ンとこ、俺の"推理"もまだ予測の段階だからさ。もう少し、調査してみないと」
「調査ってのは、具体的に何を調べるんスか」
今度はウィリアムが首を傾げた。
そうだねぇ、と俺はウィリアムを見た。
「それなんだけどね、ウィリアム。ちょいとキミの力を借りようと思ってて」
「俺の?」
「ああ。キミはこの学園の男子生徒に"顔"が利くよね」
「あ、ああ、まあ、大体は」
「それじゃあ、彼ら全員と話をさせてくれないかな」
「ぜ、全員? つか、男子生徒? いやいや先生よ、今さら男連中の、しかも他のクラスの野郎どもの話を聞いてどうするってんだよ」
「裏付けってやつだよ。面倒臭いけど、必要なことだ」
俺はにこりと笑った。
「でもそれで、多分、君たちのクラス――【特別進学クラスⅢ】の"本当の姿"がハッキリする」
「本当の姿?」
「そう。キミたち自身も知らない、あのクラスの実態がね」
俺は言った。
するとウィリアムとパーリは互いに目を合わせたあと。
示し合わせたかのように、同時に首を傾げたのだった。




