7 死神
「ニャハ!」
少女は白い犬歯を見せて笑い、無邪気にピースサインを顎の下につけた。
お姫様のようなフリフリのドレスのような服を着ている。
鬱陶しいほどにヒラヒラと無駄に生地がついており、まるでパーティーから抜け出してきたような格好だ。
ただ黒い。
鴉のように黒色のドレス。
「うーし! ほんじゃー殺すか!」
女の子はそう言って、右ポケットをまさぐって短刀を取り出した。
玉虫色に光る玉のついた、掌ほどの小刀だ。
武器と呼ぶのも烏滸がましいような拙い代物。
殺す、と彼女は宣言した。
つまり、やはり賊であることは間違いない。
間違いないようだが――どうにも迫力がない。
まるでごっこ遊びだ。
しかし。
なんとも奇妙な光景だ。
こんな森深くの深夜に。
フードの若者と。
月を背負った黒尽くめの女の子が一人。
ふいに背筋がぞくりとして、レッグストアは身震いがした。
目の前の女の子は本当にただの子供で。
迫力もなにもない。
それなのに。
何故か分からないが。
ゾッとした。
「どうです。見覚えはありますか」
じゃり、という足音がして目を向けると、護衛の男が立っていた。
「い、いや、よく見えない。が、男も子供も見覚えはない気がする」
「そうですか」
護衛は腕を組み、値踏みするように顎を上げた。
それから、ふふん、とせせら笑う。
「単なるお伽噺だと思っていたが」
と、護衛の男は言った。
「このオーラ。この圧力。そして、この幼児の如き姿。この期に及んでもなお信じられぬが――どうやら実在するようだ」
「し、知っているのか? パルテノ」
レッグストアは身動ぎして、護衛の男――パルテノを見た。
「ええ。私もこの目で見たのは始めてですが。我々の世界では有名な寓話ですよ」
パルテノはにやりと口の端をあげた。
「死神は幼子の姿で現れる。そして瑪瑙のついた大鎌を振るい、出会ったもの全てを抹殺する、とね。真実かどうかは知らないが、裏の世界では真しやかに囁かれていた。ただし、ハッキリとした証言はなし。何しろ、出会った人間は全て死んでしまうわけですから」
パルテノはくくっと笑った。
「口伝以外に標なし。まさに“伝説”というわけです」
レッグストアは顔をしかめた。
死神?
大鎌?
そんなもの、どこにもないではないか。
「よ、与太の類いでは無いのか。こんな童女が、よもやそんな」
「私も今、この目で見るまでは信じておりませんでした」
パルテノは幼女を指差した。
「しかし、間違いない。私の本能がそのように訴えている。暗殺者としての本能が、目の前の女を殺せと」
うっせーなー、と幼女はうんと伸びをした。
「ったく、ジジイってのは話が長くてムカつくんだよ。おい。カワカミ。こいつら、二人とも殺して良いんだな?」
はい、とフードの男は頷いた。
「ただ、出来れば彼奴の抱えている鞄は無傷で」
「は? 聞いてねーんだけど」
「出来ればでいいです。どうやらあの身体の大きな男は相当な手練れな様子。マチルダさんに余裕が無ければ、どちらでも構いません」
フードの男が言うと。
幼女は「あ?」と眉根を寄せた。
「よゆーが無ければってどーゆー意味よ。よゆーに決まってんだろ。あんなくそジジイ」
「はい。そう思います」
「ま、強さは100点満点で75点ってとこだな。まーまーだ。だからあの鞄は取り返してやる。よゆーでな」
「はい。ありがとうございます」
男は頭を下げた。
すると幼女はえっへんと薄い胸を張った。
場違いにのんびりとしたやりとりに。
レッグストアはしばし呆気にとられた。
「うし! じゃーやるぞ! 75点!」
幼女はパルテノを指差した。
しかし、次の瞬間。
強烈な殺意のオーラを感じて、身を凍らせた。
「レッグストア卿、下がっておいてください」
発しているのはパルテノだった。
「……随分と舐められたものだな」
パルテノは腰を落とし。
マントを脱いだ。
そして両手を広げると、それを反時計回りに回しながら、何事か呟いた。
すると、その指先を象るようにして暗闇の虚空に魔方陣が顕現した。
「しかし、今宵は幸運だ。このような極上の獲物に出会えるとは。伝説の死神。その寓話を、ここで終わらせてやる」
パルテノの手が鈍く光った。
彼はその掌を、相手の方に向けた。
強烈な風が吹いた。
とてつもないエネルギーが、パルテノを覆い始める。
圧力と重力が、彼を中心に渦を巻きながら集中していく。
幼女は強風に黒髪を靡かせながら「ニャハ!」と無邪気に笑った。
「来い! 75点!」
その刹那。
レッグストアには、彼女の貌が死神のように歪んで見えた。