61 クラスメート
「カワぴょん、どうだった? 私たちのクラス」
パーリはそのように問うと、芝生の上に設えられた長い木椅子の上で胡座をかくように座り、持っていたサンドウィッチにがぶりと噛みついた。
「どうもこうも、まだよく分かんないな」
俺は昼飯代わりに持参したチョコパイを口にした。
「ただ、俺が嫌われてるのはよく分かったよ。どうやら、彼らは労働階級の庶民というものが大嫌いなようだ」
俺は苦笑しながら咀嚼した。
昼休憩になり。
俺は校舎にぐるりと囲まれた光庭で、パーリと共に昼食を摂っていた。
彼女のクラスは現在給食制を中止されており、各々が支給されたお金で高等部の学食で食事を購入している。
「ごめんね。あいつら、ガキだからさ」
パーリはちょっと眉を下げて、しおらしく頭を下げた。
ああいや、と俺は首を振った。
「パーリちゃんが謝る必要はないよ。つーかさ、ま、君たちくらいの年頃だと、あの辺りの反応がフツーじゃないかな。"異物"が疎ましいもんよ、十代って」
「異物?」
「そ。若い頃は自分たちのセカイが1番だし、俺みたいな外部からの侵入者を異常に警戒してしまう。そんなもんじゃないかな」
パーリはむーと口を尖らせた。
「それがガキだってことじゃん」
「あのくらい可愛いもんさ」
俺はにこりと笑った。
パーリは良く分からない、というように首を傾げた。
「んじゃ、カワぴょんは、あいつらはみんな良い子ちゃんだって感じたの?」
「さてね。だから、まだよく分かんないってこと」
「んじゃあ、ちょっとでも怪しい奴、いた?」
「そうだねぇ」
俺はコーヒーを一口啜って、空を見上げた。
抜けるような蒼い空に、筆の遊びのような雲が張り付いている。
今日は良い天気だ。
「ま、今のところ、どう考えても一番怪しいのはウィリアム君の一派だよね」
「……やっぱそう思う?」
「うん。何しろ、俺にもハッキリと"脅し"を入れてきたからね。教師そのものを見下してる感じがしたし」
やっぱそうよね、とパーリは親指の爪を軽く噛んだ。
「あいつら、教師に対してはいっつも偉そうなの。特に、自分たちより身分の低いものの命令は意地でも受けないって感じ」
「彼らがこれまでに何か問題を起こしたことは?」
「日常茶飯事。教師にイタズラしたり、反発したり、学校の備品を壊したり。アンナ先生も手を焼いてた」
「ふーん」
「けど」
「けど?」
俺が目をやると、今度はパーリが代わりに空を見た。
「けど、正直、ウィリアムたちは、そんなに悪い奴らじゃないと、私は思うんだけど」
へえ、と俺は頬杖をついた。
「あいつらはなんていうか、ただの悪ぶってる子供って感じなんだよね。イタズラも反抗も、全部お遊び。だから、厄介だけど度が過ぎたことはやらないっていうか。ほら、そもそもさ、男子って子供じゃん?」
パーリはちょっと呆れたように俺を見た。
ふむ、と俺は頷いて、ちょっと笑った。
女子は男子より精神的に早く大人になると言うけど。
これ、どの世界でも同じのようだ。
「それじゃ、カミラちゃんの一派はどう?」
と、俺は聞いた。
「パーリちゃん、あの子達のグループと仲良いんだよね? だから、結構分かるんじゃない? あの子たちは、どんな感じ?」
うーん、とパーリは唸った。
同じグループの仲間のことだから即答するかと思ったが。
意外と考えている。
「……微妙かな」
やがて、パーリはそう呟いた。
「微妙?」
「うん。あの子たちってさ、なんていうか、毎日無理してんだよね」
「無理してる?」
「ああいや、無理って言っても、別に何かを強いられてるとかやらされてるってんじゃないんだけど。でも、なんつーか、自然じゃないんだよね」
「ほう。どういう意味だい、それは」
「なんていうかさ、あの子たちって、"毎日をたのしまなきゃ"って感じで行動してる気がすんの。楽しむってことに急かされてるっつーか。遊ぶために遊んでるって感じ」
「なるほど。でも、ということはつまり、パーリちゃんもそうだってこと?」
俺が問うと、パーリはやや俯き、そうね、と短い息を吐いた。
「ぶっちゃけさ、私も、好きであの子たちといるわけじゃないんだよね。ただ、カミラたちのグループからはみ出ちゃったら、行くとこが無いからさ。別にそんなに面白いわけじゃないけど笑ったり楽しいフリしたりしてる」
馬鹿みたいでしょ、とパーリは苦笑した。
「だからさ、みんな、実は結構ストレス溜まってると思うんだよね。ほら、仲間ってさ、意外とウザいじゃん。くだらないルールあったりさ。ただでさえウチらって自由少ないのに、勉強も魔法もやらなきゃなのに、親の期待とかあるのに。友達にも気を使わなきゃとかさ、時々、イヤになっちゃうよね」
パーリは少し疲れたように笑った。
そのとき初めて、彼女の本音の顔を見た気がした。
なるほどねえ、と俺は短く頷いた。
いやはや。
女子中学生も色々と大変だ。
「ま、だからってアンナ先生に憂さ晴らしするってのは考えてにくいと思うけどね。ただ、あり得なくもない感じもする。特にカミラってキレると何するか分かんないタイプだし」
オーケー分かった、と俺は頷いた。
「それじゃ、セリアちゃんたちはどう? あの真面目そうな子たち」
俺が聞くと、パーリはちょっと眉間に皺を寄せた。
「あの子たちは、結構陰湿だよ。なんかさ、いつも教室の端で固まってて、ヒソヒソ私たちの文句とか悪口言ってる。ううん、直接なんか言ってくるわけじゃないんだけどね、でもほら、そう言うのって、なんか分かるじゃん、空気で。勉強もあんまりせずに遊んでる私たちを下に見てるって感じ」
どうやらあまり仲良くないようだ。
ぶっちゃけさー、とパーリは続けた。
「一番怪しいのは、あいつらだと思うんだよね。彼女たち、地方の貴族出身のアンナ先生をよく思ってなかったし。ほら、アンナ先生って、一代で築いた準貴族とかの地位向上とかやってたし、そういうのも気に入らなかったっぽい」
なるほど。
つまりセリアたちには、明確に"動機"らしきものがあるのか。
俺はふんふんと頷いた。
するとパーリは、勢い付いた様子で「大体さー」と続けた。
「あの子たち、頭良すぎて、なんか気持ち悪いとこあんのよね。いっつも冷めてるしさ。学校行事とかも全然やる気ない。何考えてるかよく分かんないし、ぶっちゃけ、なんか危ないことやりそうなんだよね」
うん、なるほど、と俺は頷いた。
要するに、カミラ派とセリア派はすこぶる仲が悪いと。
少なくとも、パーリはそのように接するようにカミラ一派に言われていると。
しかし、確かにあのセリアちゃんは一番厄介なタイプだと感じていた。
なんかめちゃくちゃ優秀そうだし。
「つうかさー」
パーリはちょっと笑いながら、俺を見た。
「なんか緊張するね、カワぴょんと話するの」
「え? なんで?」
俺は思わず顎を突き出した。
「だってさ、カワぴょんって、嘘を見抜けるんでしょ? だったら、迂闊なこと言えないじゃん。全部見透かされちゃうわけだし」
「ああ、いや、そんなに気にしないで良いよ。俺の能力は、意志的に"使おう"と意識しないと発露しないから。こうして話してるだけだと、なにも分からない」
「そうなんだ。でもさ、結局それってカワぴょん次第ってことなわけでしょ?」
「うん、まあそうだね」
「だったら、やっぱり同じことじゃない? 普段の何気ない会話でも、相手の嘘を見抜こうと思えば見抜ける」
「俺が、そんなことするような男に見える?」
俺が言うと、パーリは改めて、値踏みするように俺を見た。
それから「見えるんだけど」と言って、笑った。
「ありゃま。そいつはちょっとショックだな」
俺は苦笑した。
するとパーリは俺の隣に腰かけて、ごめーん、と言って、自分の腕を俺の腕に絡めた。
「ていうかさ、カワぴょんって、なーんか"読めない"んだよね。飄々としてて何も考えてなさそうなんだけど、けど、なんか雰囲気があって奥が深そうっていうかさ、なんかミステリアスな感じ? がすんのよね」
「はは。なんだい、そりゃあ」
「とにかく、私は嫌いじゃないよ、そんなカワぴょんのこと。上手く言えないけど、カワぴょんってイケてるもん」
「そりゃあ、ありがたいね。けど、別に俺は特別なことは何にも考えてないよ。パーリちゃんの第一印象の通り、ほとんどの時間はボーッとしてる」
「ホントにぃ?」
パーリは俺を見上げ、胸の辺りをツンツンと突っついた。
俺は彼女の視線から逃れるように、空を見た。
腕を絡めた右腕に、強烈な2つの感触があった。
「パーリ、何してんのー」
と、その時。
廊下から、クラスの女子が俺たちの方に声をかけてきた。
「あー、今行くー」
パーリは絡めた腕を離して立ち上がった。
それから、ウィンクをしながら、「んじゃ、これからヨロシクね」と言い、死ぬほど短いスカートを翻して走り去った。
俺はまたぞろ空を見上げながら、
「ああ見えて、パンツは白なんだなぁ」
と呟いた。




